多くの人が行き交うJR新宿駅の東南口広場に、ほぼ毎日、差別反対を訴えて立つ人がいる。鍋倉雅之さん(32)だ。日中友好や、トランプ米大統領を批判する大きな旗を地面に広げ、スピーカーで音楽を流しながら旗を振ったり、絵を描いたり、通行人と話し込んだり。「いつもいる」と話題になり、反差別・反戦の輪が広がっている。
ヘイトスピーチ解消法が2016年6月3日に施行されてから、10年がたった。在日コリアンを主な標的としたヘイトデモが全国で問題化していたための立法だったが、現在は埼玉県南部に多く住む在日クルド人や、全国各地のイスラム教徒やその礼拝所(モスク)などに攻撃が拡散。差別が広がっている。
「今が一番ひどい」と言われる中、東南口に通ってみた。そこで見たのは、自信たっぷりの男が身一つで作り上げていく新たなムーブメントだった。(共同通信ヘイト問題取材班)
▽ナベクラグチに行ってみる
5月のある日の昼、新宿駅東南口に行ってみると、やはり鍋倉さんはいた。
「差別はアカンというのを分かりやすく示し、ひたすら執念深く居続ける。ポイントは、マジでずっとここにいるということ。公共の場の在り方を提案する、実験の場でもあります。路上で哲学を対話する場だから『路哲』と名付けました」
2025年10月に在日クルド人差別が問題化している埼玉県蕨市で、1人で立ち始め、その年の12月から自分の住む東京で行動しようと、新宿駅東南口に場所を変えた。だいたい午後から夕方までに現れ、夜までいる。今では、多いと数十人の参加者が集まる。東南口を「ナベクラグチ」と呼ぶ人までいる。
▽爆発的なムーブメントを起こしてます
別の5月中旬の夕方。会社帰りのスーツ姿の男性が「初めて来ました」と鍋倉さんに声をかけた。ポスターに「ガザの人々を殺すな」とアピール文を書き、去って行った。
専門学校帰りという女性(79)が近寄ってきた。「兄ちゃん、あの曲、またかけて」。鍋倉さんがスマホを操作してスピーカーから「上を向いて歩こう」を再生する。女性は「ああ、これこれ」とニッコリした。
ひっきりなしに通行人が写真を撮ったり、鍋倉さんに話しかけたりする。鍋倉さんは自身がデザインしたポスターを「テイクフリー!」と言って配る。バラの絵と「私は差別に抗う」の文字が描かれたポスターだ。
元柔道家でごついが、人を引きつけるキャラ。
「これ、めっちゃ有効な運動だと思ってます」
「爆発的なムーブメントを起こしてますよ」
ポジティブすぎる発言がポンポン飛び出すのを聞くのも楽しい。
▽文句を言ってくるのは日本人
中にはこんな人もいた。
「日中友好?あったまわりーな」。つぶやいて通り過ぎる若い男性2人組。
「今日こそ腹割って話しましょうよ」と近寄ってくるユーチューバー。過去に「モスクに突入してみた」という差別的な動画を公開した人だ。
鍋倉さんは語る。
「外国人はみんな好意的。中国人留学生はよく感謝してくれます。文句を言ってくるのは、だいたい日本人」
右翼の街宣車が来たり、迷惑系ユーチューバーに絡まれたりもする。
「これまではヘイト街宣に対して、俺たちが抗議に駆け付けていました。でもこの場ではヘイトに先んじて反差別を啓発していて、立場が逆転しましたね」
時には妨害もあるが、仲間も続々と増えた。差別反対を訴えるプラカードを手にして立つ「1人スタンディング」をする人が周りにちらほらいる。鍋倉さんがいない時でも、誰かがこの場で活動していることも多い。
「毎日居続けることで、周囲の空気が変わっていくのを肌で感じます」
▽#推しエスニックといつまでも
鍋倉さんは、現状を「みんなが外国人への偏見にあおられ、今までになく恐ろしい状況」と分析する。高市政権が進める「外国人政策」を「官製ヘイト」と指摘する。
高市政権の外国人政策の思想は「秩序」で、在留管理の厳格化を柱としている。例えば在留手続き手数料は、上限を現行の1万円から、永住許可で30万円、期間更新などで10万円とする見込みだ。これでは外国籍の家族全員がビザを更新する場合、大きな負担増となる。
起業する場合の在留資格「経営・管理」の取得要件では、必要な資本金を500万円以上から3千万円以上に引き上げ、日本人や永住者らの常勤者を1人以上雇うことなどを義務付けた。カレー屋や町中華など、小さなエスニック料理店が廃業に追い込まれる恐れがある。そうすると経営者やその家族が在留資格を失う。
ある日の東南口では、この政策に反対する「#推しエスニックといつまでも」という合い言葉をデザインしたTシャツを路上で制作する人の姿もあった。
▽「日本人ファースト」にあらがう
鍋倉さんが「今までになく恐ろしい状況」と言うのは、高市政権の政策だけではない。
地方自治体にも排外的な外国人政策が波及している。三重県は、県職員採用の「国籍要件」を復活させ、外国人の採用取りやめを検討している。茨城県は、外国人が非正規就労する業者の情報を募り、警察の摘発につながれば1万円を払う「通報報奨金制度」を始めた。密告の奨励、差別と偏見をあおることにならないか。
外国人政策にここまで関心が集まったのは、2025年7月の参院選で、排外主義的な「日本人ファースト」を掲げた参政党が注目されてからだ。
鍋倉さんの活動費は、自らデザインしたTシャツなどの売り上げや寄付でまかなっている。
「わたしは差別に抗う」と記したバラの絵のポスターは、1万2千枚以上を刷った。「参政党の『日本人ファースト』をきっかけに作りました。バラといえば反差別のシンボルだと定着させたい」
▽東南口から反差別規範を作る
ヘイトスピーチ解消法は、日本初の反人種差別法ともいえる。しかし、日本政府は1995年に人種差別撤廃条約へ加入して以降、条約が求める包括的な差別禁止法を制定していない状況が続き、国連の委員会から不備を勧告され続けている。実効性のある新たな法律の制定は急務だ。
鍋倉さんも、差別禁止法の制定が理想だと語る。それよりも個人的な目標は、新宿駅東南口から社会に「反差別規範」を作り上げることだ。自信ありげに笑った。 「絶対、みんな俺のこと好きになると確信を持ってやってます」
(取材・角南圭祐、写真・植田千晶)