「巨人4番・松井」が完成した瞬間
長嶋氏が監督復帰してから、初めて優勝したのは1994年だった。松井氏は3番打者として定着し、バットで優勝に貢献したが、長嶋氏は4番抜擢を急がなかった。その後も素振りの重要性を松井氏に説き、マンツーマンで素振りの指導を続けた。
当初は1000日で4番打者に育て上げる計画だったが、開幕から4番を任されるようになったのは2000年のこと。松井氏の入団から8年が経過していた。この年は長嶋氏が永久欠番の3番を背負ったシーズン。松井氏は本塁打と打点の二冠に輝き、日本シリーズでは王監督率いるダイエーとのON対決を制して日本一を手に入れた。「4番・松井」が完成した瞬間だった。
2001年オフに長嶋氏は、原辰徳氏に禅譲するかたちで監督を勇退した。松井氏は不動の4番として、2001年には首位打者、2002年には自己最多の50本塁打を放ち二冠に輝いた。
長嶋氏が松井氏を導いた8年間が、日本球界の未来を切り拓いたのだ。
取材・文/鵜飼克郎
※週刊ポスト2026年6月19日号