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真夜中だけのエスコート/Novel by もちうさ

真夜中だけのエスコート

4,956 character(s)9 mins

ワンドロお題「深夜」で書いたカラセイSSです。

ガイに頼まれて、少し気の進まない食事会へ参加することになったセイカちゃん。
真夜中、困っていた彼女を迎えに来たのは、いつもとは少し違う顔をした恋人でした。

甘めの短いお話です。

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 料理はおいしかった。
 それはもう頬が落ちてしまいそうなほどに。
 それだけが、セイカにとって今夜の救いだった。

 磨き上げられたグラスに白いクロス。低く抑えられた照明。隣の席では、クエーサー社の若き社長となったガイが、いつもより少し背筋を伸ばして笑っている。
 その横で、セイカもまた、なるべく穏やかな笑みを浮かべていた。

 夕方、ガイから必死の連絡が来た。

 取引先との食事会で、セイカと親しいことをうっかり話してしまったらしい。ミアレの英雄と称されたセイカに、興味を示す人物は後を絶たない。ぜひ一度会ってみたいと先方に望まれ、断りきれなくなったのだという。
 座ってにこにこしてくれていればいいから。
 料理もたくさん食べていいし、バトルしたいと言われたら憂さ晴らししたっていいから。

 そんなふうに頼み込まれて、セイカは結局、折れてしまった。もちろん、何も言わずに来たわけではない。

 誰と、どこの食事会へ行くのか。
 何時頃には帰るつもりなのか。
 何かあればすぐ連絡すること。
 恋人には、きちんと告げてきた。

 少し心配そうな顔をされたけれど、「ガイの面目もありますから」と言うと、彼は短く息を吐いて、それ以上は止めなかった。

 ――早めに帰るんやで。

 そう言われたことを思い出しながら、セイカは目の前の皿に視線を落とす。けれど、早めに帰るつもりだった夜は、思っていたより長引いていた。

「セイカさんは、本当にお強いそうですね」
「いえ、そんな」
「いやいや、先ほどのバトルも見事でしたよ。あれほど鮮やかに勝たれては、こちらも笑うしかありません」

 向かいの席の男が、楽しそうに言った。
 別の企業の若い社長だと紹介された男だった。
 年齢はガイより少し上だろうか。身なりも振る舞いも洗練されていて、こうした場にも慣れているように見える。

「ガイ社長も、良いご友人をお持ちですね」
「あはは……そうですね。僕もいつも助けてもらってます」

 ガイは笑っているが、セイカにはわかる。少し緊張している。だからセイカも、なるべく波風を立てないように笑った。

「今日はお招きいただき、ありがとうございます。お料理もとてもおいしいです」
「それはよかった。では、次はぜひ私の方でも席を設けさせてください」
「……機会があれば」

 曖昧に返す。
 こういう場で、はっきり断りすぎるのは良くない。
 けれど、受ける気もない約束をするのも違う。
 その加減がバトルよりずっと難しいと思いながら、セイカがグラスに口をつけた時、ふと視線を感じた気がした。

 けれど、顔を上げても知った人はいない。
 少し離れた席に、こちらを見ていたような気がする男がいた。しかし目が合う前に、その人はもう別の誰かと話している。

 セイカはそれ以上気にせず、またガイの隣で笑みを作った。
 夜は、少しずつ深くなっていく。
 会話の声は柔らかくなり、グラスの音も増えていった。店の外ではもう、日付が変わる頃かもしれない。

「ガイ、私そろそろ」

 小声で告げると、ガイはすぐに頷いた。

「おう。本当にありがとな。ここまでいてくれただけで十分だよ」
「役に立ててよかったよ。じゃあ帰るね」

 セイカは静かに席を立とうとした。
 その時だった。

「お帰りでしたら、私がお送りしましょう」

 先ほどの若い社長が立ち上がった。
 自然な笑みに丁寧な声。
 けれど、差し出された手は迷いがなかった。

「こんな深夜に、女性を一人で帰すわけにはいきませんから」
「あ、いえ。大丈夫です」
「ご遠慮なさらず。先ほどのバトルのお礼も兼ねて。ああ、このような場で緊張されて、お酒も楽しめなかったのでは?ゆったりとくつろげる良い店もご案内できますが」

 するりと手を取られる。乱暴ではないが、離さないという圧があった。今すぐに振り解きたい。触れられたところから、さっと鳥肌が立った。
 けれど、周囲の視線がある。
 ガイの取引先で、今日の食事会の相手だ。
 ここで強く拒めば、ガイの立場に傷がつくかもしれない。

 ほんの一瞬。セイカが迷った、その時。

「失礼」

 低く、静かな声が落ちた。
 その場の会話が一拍、呼吸を止めたように途切れる。
 セイカの手を取っていた男も、自然と動きを止めた。
 声の主は、少し離れた場所から歩いてきた男だった。

 さっき、視線を感じた気がした相手だ。
 どこかの招待客だろう。
 そう思っていたはずなのに、近づいてくるだけで空気が変わる。

 仕立てのいいチャコールグレーの三つ揃い。
 足元は艶を抑えた革靴で、胸元には小さな銀のタイピンだけが光っている。
 派手さこそないが、この場にいる誰よりも場慣れして見えた。

 柔らかい物腰。
 整った微笑み。
 けれど、その奥にあるものは、薄い刃のように冷たく鋭い。

「こんな深夜にレディを無理やり足止めとは、感心しませんね」

 いつもと違う話し方だった。
 だから、すぐには結びつかなかった。
 けれどその男がセイカの前に立った瞬間、どうしようもない安心感に包まれた。

「あなたは?」

 若社長が怪訝な顔で問う。
 それでも男は名乗らず、丁寧に目を細める。

「名乗る必要が?」

 声は静かだった。
 けれど、問い返しただけで、相手に次の言葉を失わせるだけの圧があった。
 周囲の大人たちが、わずかに表情を変える。
 名を聞かなくても、踏み込むべきではない相手だと悟ったように。
 次に男は、セイカの手元に視線を落とした。

「お手を」

 命令ではないが、逆らわせないほどスマートな動作に、また一つセイカの心臓が跳ねた。

 セイカの手を取っていた若社長が、わずかに指を緩める。その隙に、男はセイカの手をそっと取った。
 その仕草が、あまりに滑らかで。
 セイカはようやく気づいた。

「……カラスバさん」

 小さく呼ぶと、彼はほんの一瞬だけ目元を緩め、そしてすぐにまた、知らない男の顔へ戻る。

「彼女は私が責任を持って送り届けますので、どうかご安心を」

 誰かが何かを言う前に、彼はセイカを促した。
 ガイが背後で息を呑む気配がする。
 たぶん、今ようやく気づいたのだろう。

 深夜の華やかな会場から、彼はセイカを連れ出していく。
 繋がれた手の温度だけが、いつもの恋人のものだった。

 ◇

 店の外へ出ると、深夜の空気が頬を撫でた。

 さっきまでの照明と笑い声が、扉一枚隔てただけで遠くなる。
 ミアレの街はまだ眠っていない。
 けれど昼間の賑わいとは違う、静かな光が石畳に落ちていた。

 セイカは隣を歩くカラスバを見る。
 会場ではあれほど自然に馴染んでいた三つ揃いが、深夜の街では妙に艶めいて見える。
 やはり、いつもと違う。
 見慣れているはずの恋人なのに、知らない男の人みたいに見える。
 それが落ち着かなくて、セイカは手を繋がれたまま、少しだけ視線を逸らした。

「……いつからいたんですか」
「最初からおったで」
「最初から?」

 セイカが目を丸くすると、カラスバは当然のように頷いた。

「心配やからに決まっとるやん」
「私、ちゃんと行き先も伝えてきましたよ」
「せやから余計に心配やったんや。場所も相手もわかっとるのに、知らん顔して待っとれるほど物分かり良うない」

 その言い方に、胸の奥がくすぐったくなる。
 セイカが笑うのも、挨拶をするのも、バトルをするのも。
 きっと全部、彼は見ていたのだ。

「オマエはその気なくても、さっきみたいに強引に連れ去ろうとする男もおるやろ。オレのもん横から掻っ攫われたら許せんから見張っとっただけや」

 カラスバはセイカを見る。
 深夜の街灯が、彼の目元を淡く照らしていた。

「オマエのことになると、紳士なだけじゃおれんときもある」
 
 滅多に揺れない瞳の奥で、嫉妬と怒りが澱んでいる。
 それをどうしようもなく嬉しいと思ってしまうくらいには、セイカももう、どうかしてしまっている。
 隠されない熱と、いつもと違う彼の装いに気恥ずかしくなり、セイカはたまらずキュッと唇を結んだ。
 カラスバはその反応を見て、ほんの少しだけ口元を緩める。

「慣れへん場所で疲れたやろ。家であったかい紅茶でも淹れたる」
 
 その言葉に、セイカは足を止めた。
 深夜のミアレ。
 人通りは少なく、店先の灯りもまばらになっている。
 さっきまで賑やかな場所にいたせいか、今の静けさが妙に甘く感じられた。

 今日のカラスバは、いつもと違う。
 見慣れているはずの恋人なのに、知らない装いに知らない顔をしている。そのことに、どうしようもなく目が離せなくなり、セイカは頬が熱くなるのを感じながら彼を見た。

「……こんな深夜に、レディを足止めするのは感心しないんじゃなかったですか?」

 でまかせばかり出てくる自分の口が嫌になる。
 素直に一緒にいたいと言えば良いのに。
 知らない顔をした恋人の隣で、深くなっていくこの夜を共にしたい。それだけなのに。

 カラスバはしばらく黙っていた。
 それから、ゆっくりと目を細める。

「そのレディがオレのものなら、問題ありませんね?」

 低い声だった。
 いつもの声なのに、さっきまでの夜の顔が少しだけ残っている。セイカの胸が、どくんと跳ねた。

「その話し方、ずるいですっ」

 カラスバは、頬を染めてたじろぐセイカの手を掴み、逃がさないと力をこめる。

「すまんすまん。ほなちょっと歩こか」
 
 カラスバは満足そうに口元を緩めた。
 石畳に、二人分の靴音が落ちる。
 ミアレの灯りは夜更けでも消えず、遠くに見えるプリズムタワーは静かに街を見下ろしていた。

 けれどセイカは、街の景色よりも隣の横顔ばかり見てしまう。

「……なんや、そないに見つめて」
「だって、今日のカラスバさん、いつもと違うから」

 会場での静かな声。
 誰にも正体を悟らせない立ち振る舞い。
 セイカの手を取り戻した時の、当たり前みたいな仕草。

 全部が知らなくて。
 でも全部が、彼だった。

「……かっこよくて、困ります」

 珍しく、素直な言葉がぽろりと溢れた。
 言った瞬間カラスバの足が止まり、二人分の靴音が途切れる。
 彼はしばらくセイカを見ていた。
 さっきまで人前で纏っていた静かな顔が、ほんの少しだけ崩れる。
 カラスバがセイカの手を引き、二人の距離が近づく。
 夜の冷たさよりも、繋いだ手の温度の方がずっと強い。

 それから彼は、さっきの社交場で聞いたような、丁寧で、酷く甘ったるい声で告げた。

「キスしていい?」

 息が止まった。
 いつもの響きとは、少しだけ違って聞こえた。
 だから余計に、知らない顔の彼に口説かれているみたいで。

 それなのに、手を握る指先はいつものカラスバだった。セイカは恥ずかしさを堪えきれないまま、小さく頷いた。

「……いいですよ」

 次の瞬間、唇が触れた。
 深夜のミアレの灯りが、瞼の向こうで少しだけ滲む。

 いつもより少し冷たい夜の空気。
 けれど触れてくる唇はあたたかくて、優しい。
 知らない顔をしていた恋人は、キスの仕方だけはいつもと同じだった。
 大事に触れて、確かめるように離れて、また少しだけ近づく。
 セイカが小さく息を吸うと、カラスバは額が触れそうな距離で笑った。

「もうちょっと歩こう思っとったけど、はよオレの家帰らへん?」
「……っ」
「いくら真夜中やからって、外ではあかん」
「な、何する気ですか……!」
「オマエが想像したことやろ」
「もうっ、そういうところ!」

 セイカは頬を赤くしたまま、繋いだ手を握り返した。
 そんな彼女を見て、カラスバは「ははっ」と声をあげて笑った。

 深夜のミアレに、二人分の靴音が落ちていく。
 さっきまで知らない顔をしていた人は、今はもう、セイカだけが知っている顔をして隣を歩いていた。

Comments

  • こめ
    Jun 4th
  • ワガママねこ

    スマート!! 甘い!! そして方言男子の標準語!! …ぐっと来ないほうがおかしい…ッ!!>< ガイのうっかりのせいですがw この後もきっといちゃいちゃされたことでしょうし、不問といたしましょうw

    May 28th
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