ウクライナ優勢は続くか、小泉悠氏に聞く 「軍事屋」がみるシナリオ
ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、戦況に変化が表れている。ロシア軍がウクライナ国内で占領地を拡大するペースが落ちる一方、ウクライナによるロシア領内の奥地への遠距離攻撃が目立つ。今後もウクライナ側に有利な状況で進むのか。小泉悠・東京大先端科学技術研究センター准教授に考えを聞いた。
――ウクライナが前線でロシア軍を押し返しています。要因は何でしょうか。
断言はできませんが、ロシアの戦争継続に無理が出てきている可能性はあります。
ロシア軍はもともと、構造的な問題を抱えていました。兵士を多数集められても、囚人や、貧しくて教育水準が高くない人が多く含まれています。訓練も時間をかけたものではなく、お粗末なものしかできていないでしょう。
加えて、彼らを率いるべき現場の下士官や将校たちが、この戦争の中で大勢死亡している。予備役の将校の招集は、国民の反発が予想されて政治的に難しい。2023年以降、基本的に優勢に進めてきたロシアの「モデル」に、何らかの無理が生じているのだと思います。
ウクライナ側が、ドローン(無人機)を大量生産できるようになったことや、攻勢にさらされ続けて戦い慣れたことも影響しているでしょう。
また、増え続けてきたロシアの国防費は、26年の予算案で(22年の全面侵攻後で初めて)純減しています。かつインフレが進んでいるので、実質的な購買力はさらに減るはず。そのしわ寄せもどこかに出ているのかもしれません。
テクニカルな変化としては、ロシア軍が(衛星通信網の)「スターリンク」の使用を遮断された影響も大きいです。指揮通信からドローン運用に至るまで、かなり広範に影響が及びます。
――ウクライナが有利な状況は続くのでしょうか。
そう言い切る材料はまだ見当たりません。いまウクライナがロシア軍に対して局所的に逆襲できていますが、ロシア軍の戦争遂行能力を大きく弱体化させたり、ロシア軍を大幅に領土からたたき出したりしているわけではありません。
ウクライナ側は自信を示しています。欧米のメディアでも潮目がついに変わったという報じ方がありますが、私は軍事屋の性(さが)としてそうならない時のことを考えるタイプなので、ベースラインとしては長い消耗戦がまだ続くだろうと、現段階では思います。
――この先に大きな転換点があるとしたら、どんなシナリオでしょうか。
ひとつは、ロシアが戦術核を使う可能性です。もうひとつは、ウクライナが今注力している中南部ザポリージャ州の幹線道路に対する攻撃によって、特に(ロシアが支配を強める)南部ヘルソン州に展開しているロシア兵を孤立させる可能性。この二つが、いま考えうる中では大きなゲームチェンジになりますが、どちらも実現する可能性は高くありません。
ロシアの奥深くへの攻撃、効果は
――ウクライナは国境から離れたロシア領内への攻撃を増やしていますが、どんな影響がありますか。
ロシア国民の身近なところで戦争を実感させて、プーチン大統領への支持が低下することを期待しているとみられます。
実利的に見れば、エネルギー関連施設への攻撃は効果を上げています。ロシアとしては、ホルムズ海峡の事実上の閉鎖などでせっかく資源価格が上がっているので、なるべく多くのガスや石油を売りたいところですが、得られる売却収入は攻撃によって目減りすると思います。ただ、それでロシアを戦争継続不可能にするのは難しい。
――ウクライナは、ロシアの重要イベントである国際経済フォーラムが開幕する6月3日に、開催地サンクトペテルブルクの石油関連施設を攻撃しました。
あれは心理作戦の最たるもので、プーチン氏のメンツをつぶす効果を狙ったのでしょう。ウクライナ側にとって長距離攻撃ができるようになったのはいいことですが、実際にロシア人がどうみるかは分かりません。
戦争に嫌気がさす人がいる一方、かえってウクライナへの敵対心を燃やす人もいると思います。最近はウクライナの攻撃による民間人の死亡事案も増えており、ウクライナが狙うような効果になるかは分かりません。
一方、今回のサンクトペテルブルクへの攻撃では、ドックに入っていた軍艦「ボイキー」が攻撃を受けたと指摘されています。軍艦の損害は(ウクライナに面する)黒海では過去にありましたが、(ウクライナから離れた)バルト海の艦隊まで攻撃対象になってきたのなら、新しい動きと考えられます。
――前線から離れたウクライナ各地に対する、ロシアの攻撃も激しいです。ウクライナは一貫して防空体制への支援を求めています。
圧倒的に足りないのは対弾道ミサイル防衛能力だと思います。首都キーウや北東部ハルキウなどの都市部を除く国土の大部分は、弾道ミサイルに対して対処する手段がほとんどないと考えられます。おそらく発射機も弾も両方足りない。ドローンについても、ロシアはイラン製の自爆型ドローン「シャヘド」をベースにした国産ドローンを、月産6千機つくっていると言われています。500機のドローンを使う空襲を月に12回できる。これはウクライナにとって、やはり防空で厳しい状況です。
――プーチン氏は最近、侵攻が終結に近づきつつあると発言しています。真意をどうみますか。
プーチン氏は、意図的に物事をよくわからなくさせる発言をします。15年に軍事介入したシリアでも、「任務を完了したので撤退する」と言いながら、ロシア軍は引かなかった。だから今回の発言も、攪乱(かくらん)のための目くらましであることが一番目の可能性。二つ目は、プーチン氏に都合のいい情報ばかりが集まるなどして、主観的に本当に勝ちつつあるとみている可能性。第三に、戦争継続が厳しいと認識している可能性。第三なら望ましいですが、それはウクライナにとってラッキーだった場合のオプションです。
東野篤子教授による【超・基本をいまさら解説】
ウクライナ情勢については、東野篤子教授も執筆プラットフォーム「theLetter」で発信中です。
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