ほら またきたじゃん詩人の毎度おなじみ、他人の死や他人の不幸を自分の不憫エピソードとして利用するシリーズ
・最初の頃、詩人は自死した学生時代の友人のエピソードを盛んにトラウマエピソードとして利用していた
→あれ?学生時代の唯一の友達みたいに騙ってたけど学生時代の友達、後出しでめっちゃ出てくるやん?友達めっちゃおるしめっちゃ社交的やね
結局、その人は唯一の親友でも何でもなく、自死したことを詩人の不幸エピソードとして利用しただけなのでは?
・次に 父親が施設育ちなのを自身の不幸の原因として利用
・今回は空手の先生の死をあたかも何かの運命のように利用
→多動な子供だった自分を空手教室に入れた親のエピソードをあたかもじたんのエピソードとシンクロしてるかのように印象操作したい狙いと思惟(笑)
…あれ?父親が施設育ちなのを不幸アピールに利用してた割に空手教室通わせるとかめっちゃ親ふつうじゃない?あれ?父親が施設育ちのアピールの意味はそもそも何やったん?
→もしかして親が施設育ち=血筋が悪い自分、というアピールだったとしたら施設育ちの人たちへの差別でしかなくない?
めっちゃ失礼だし、そもそもそれって人としてどうなん?
施設育ちの何があかんの?
…あれ?空手の先生が亡くなったこと、それ以外にどんな関係があるの?育ちがじたんとシンクロしてる自分アピールしたいだけ??
つまりまた人の死を利用してまでヲタクの関心を引きたいと…なるほどなるほど まぁそんな手に騙されるのはアホだけですけど。。。
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