不同意性交罪が存在する社会で、
女性が
「この人とは身体を共有したくない」
「この人とは裸になる空間を共有したくない」
「この人とは更衣空間を共有したくない」
と言うと、
差別と呼ばれることがある。
しかし、
性的同意の原理とは、
まさに不同意の権利を守るためのものだったはずだ。
「あなたの自己理解を侮辱しない」
ことと、
「あなたと空間を共有する」
ことは別である。
前者は承認の問題。
後者は同意の問題である。
性的同意論は長年、
承認≠同意
を教えてきた。
ところが女性スペース問題では、
しばしば
承認
↓
共有義務
へ短絡される。
しかし、
誰と性交するか。
誰と身体を近接させるか。
誰と裸になる空間を共有するか。
その選択は個人に属する。
スペース共有は承認の問題ではない。
身体境界の問題である。
そして身体境界についての不同意は、
差別ではなく、
普遍的人権である。
不同意を差別と呼び始めた瞬間、
性的同意の原理そのものが崩壊する。
Quote
青谷ゆかり
@tempalayer
いやまじで承認と同意を一緒くたにする人がいて困ってます。
わたしはこの他者の認識を承認はするけど同意はしません。
女性自認の男性が女性スペースに侵入する事は拒否するし、なぜなら女性の迫害だからです。男が入ってくる事で本来そこにいるべき女性が追い出されるから。 x.com/baphomet_2525/…