大塚瑠晏
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| 北海道日本ハムファイターズ #49 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 栃木県栃木市 |
| 生年月日 | 2003年10月26日(22歳) |
| 身長 体重 |
169 cm 74 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 遊撃手 |
| プロ入り | 2025年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 2026年4月17日 |
| 年俸 | 1000万円(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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大塚 瑠晏(おおつか るあん、2003年10月26日 - )は、栃木県栃木市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。
経歴
[編集]プロ入り前
[編集]栃木県鹿沼市生まれ[2]、栃木南小1年時から軟式野球を始め、栃木南中時代は小山ボーイズに所属。2015年、小6の時に東京ヤクルトスワローズジュニア入りを果たした[3]。
東海大学付属相模高等学校では2年夏の2020年甲子園高校野球交流試合に途中出場した[4]。同年秋から主将を務め、3年春の第93回選抜高等学校野球大会に遊撃手のレギュラーとして出場。2回戦終了後に急性胃腸炎のため入院しベンチを外れたが、チームは勝ち上がり優勝した[5]。同学年に石田隼都、小島大河、1学年上に山村崇嘉、西川僚祐、加藤響がいた。
高校卒業後は東海大学へ進学。4年春のリーグ戦で打率.390を記録し、ベストナインに選出された[6]。また、同年には日米大学野球選手権大会の日本代表に選出された[7]。
2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、北海道日本ハムファイターズから3位指名された[8]。11月5日に契約金6500万円、年俸1000万円で仮契約した[9][1]。背番号は49[10]。
人物
[編集]「瑠晏」という名前の由来は「人を魅了する人になってほしい」という願いが込められたものである[11]。
両親が鹿沼市内でそば屋を営んでいるが、自身はそばアレルギーのため食べることができない。これは日本ハムでチームメイトの宮崎一樹と同じ境遇である[9]。
詳細情報
[編集]記録
[編集]- 初記録
- 初出場・初先発出場:2026年4月17日、対埼玉西武ライオンズ1回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、「1番・二塁手」で先発出場[12]
- 初打席・初安打:同上、1回裏に渡邊勇太朗から右翼線二塁打[12]
- 初打点:2026年4月26日、対オリックス・バファローズ6回戦(京セラドーム大阪)、1回表に九里亜蓮から中前適時打[13]
- 初本塁打:2026年5月2日、対オリックス・バファローズ8回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、9回裏にアンドレス・マチャドから右越ソロ[14]
代表歴
[編集]背番号
[編集]- 49(2026年[10] - )
脚注
[編集]- 以下の位置に戻る: 1 2 山本佳央「【日本ハム】ドラフト3位東海大・大塚瑠晏が仮契約 契約金は「トレーニングに投資したい」」『日刊スポーツ』2025年11月5日。2025年11月9日閲覧。
- ↑ “ドラフト 大塚ハム3位指名 鹿沼出身 「栃木を代表する選手に」”. 2026年5月11日閲覧。
- ↑ 「スワローズジュニア」『東京ヤクルトスワローズ』。2026年4月18日閲覧。
- ↑ 「試合結果 | バーチャル高校野球 | スポーツブル」『バーチャル高校野球』。2025年11月9日閲覧。
- ↑ 「【センバツ】サヨナラVの東海大相模・門馬監督、急性胃腸炎で離脱の大塚主将に「一緒に闘ってくれた」」『スポーツ報知』2021年4月1日。2025年11月9日閲覧。
- ↑ 「コロナ禍が変えた最後の夏 東海大・大塚瑠晏が夢見る全国大会の頂点」『朝日新聞』2025年6月11日。2025年11月9日閲覧。
- ↑ 「大塚 瑠晏|大学」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』。2025年11月9日閲覧。
- ↑ 「【ドラフト】東海大・大塚瑠晏が日本ハムから3位指名 侍ジャパン井端監督も絶賛のショート」『日刊スポーツ』2025年10月23日。2025年11月9日閲覧。
- 以下の位置に戻る: 1 2 「日本ハム・ドラ3大塚が仮契約 守備力の原点は実家そば屋での「壁当て」」『スポニチ Sponichi Annex』2025年11月6日。2025年11月9日閲覧。
- 以下の位置に戻る: 1 2 「2025年新入団選手ウェルカムイベントを開催」『北海道日本ハムファイターズ』2025年11月24日。2025年11月25日閲覧。
- ↑ 「日本ハム・ドラ3大塚 世代No.1イケメン遊撃手 週刊誌「anan」表紙狙う!?「そのぐらいの活躍はしたい」」『デイリースポーツ』2025年10月31日。2026年1月5日閲覧。
- 以下の位置に戻る: 1 2 「日本ハム新庄監督、黒星もプロ初スイング初安打のドラ3に「大塚君おめでとうございます」」『スポニチ Sponichi Annex』2026年4月17日。2026年4月17日閲覧。
- ↑ 「【日本ハム】ドラ3大塚瑠晏がプロ初適時打「打点を稼ぐタイプではないですが…」」『日刊スポーツ』2026年4月26日。2026年4月26日閲覧。
- ↑ “日本ハム・3位ルーキー大塚瑠晏がプロ初アーチ 2点追う9回に代打弾「勝っていた時だともっと気持ちいいのかなと」とはにかむ:中日スポーツ・東京中日スポーツ”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ. 2026年5月2日閲覧。