幻影
時々、わたしだけが時間に取り残されていると感じる時がある。桜の葉、気温、地元の友人の髪色、人の心。色々なものが移り変わってゆく中で変わっていないのはわたしだけだ。授業にも碌に行かず、課題を溜め、ものが溢れる宿舎の自室で丸くなりながら昼過ぎまで惰眠する。
久しぶりに地元の友人に会うと。
「何も変わってなくて安心した。」
安心って何だろう。どうして変わっていなくて安心するのだろう。だって、君は変わったよね、何もかも。わたしの知っている君はもっと、純粋で、それでいて狡猾で、何の含みもない眼差しで、でも陰口を言うのは大好きで。変わっていないのは陰口が大好きなところくらいだ。他の何を見てみてもわたしの知っていた、部活後に立ち話に熱中しすぎて心配した親が様子を見に来たあの頃の、君ではないね。変わっていないのはわたしだけだ。
自分に対する他人の気持ちが変わった時に、どうしようもなく苦しくなる。だが、人の心ほど移ろいやすく脆いものであるという周知の事実をどうして受け入れない?そうしてその「周知の事実」を受け入れたわたしは「変わった」。
結局たった数ヶ月という、人生においては一瞬とも取れる、そんな一瞬で築き上げた人間関係なんて当てにならない。
今頃どうしているだろうか。元気であれば、良い。笑っていれば尚、良い。
わたしが好きだった彼は、オリエンテーション2時間前に起きて共にTOEICを受けた、共に醤油をかけた食パンを咥えながら10分前に家を出て桜から走って会場まで向かった、ぬいぐるみと誤認をして一晩中わたしを抱きしめながら眠った彼は、今頃何を思ってどう過ごしているのだろう。
すべて、変わらずに、美しい記憶となって永遠に留まり続けていてほしい。
そして、貴方。わたしの、燃え上がる心、熱を帯びた視線、眠りにつく筈だった夜、すべてを一瞬にして奪っていった貴方。貴方のことはもう好きではないと思っている。それは、わたしが「変わった」から。
けれど貴方のことを思い出す度に苦しくなるこの心は何を意味しているのですか?この感情がもう恋ではないとしたら、それは5月6日の雨上がりの駅前の匂い、ダッシュボードに置かれたワドルディの表情、煙草の匂い、行きつけの焼肉店のトック、アシカの鳴き声、コンビニの喫煙所、海沿いの湿った空気、フレーズの思い出せない洋楽、やけに五月蠅いエンジンの音、貴方の体温。すべてが美しい思い出となって、わたしを「そこ」に連れ戻す。
貴方と出会ったことが間違いだったのだろうか。わたしの気持ちは今、明確に別の人に向いている。死ぬほど欲しかった貴方へ抱いていたこの気持ちを、愛を、別の人に向けている。貴方とは違ってわたしを大切にしてくれる、世界で一番大好きな人に。
けれどわたしは貴方と過ごしたあの短くも濃厚だったあの日々を忘れられずにいる。そんな記憶がわたしを永遠に縛って、まだ貴方のことが好きなんじゃないかと錯覚させる。
思わず優しくされたあの夜、貴方の舌の温度、初めて本当の意味で感じたとてつもなく大きな快楽、充足感。貴方は強迫症だからとベッドの右側に寝転がったね。あの時交わした会話、匂い、天気、気温、奮発して注文してくれた高級タン。すべてのことを記憶していて、それが再び脳裏によぎる度に「そこ」へ戻りたくなる。
戻らない記憶を、復た望んでいる。
すべてのこと、それは幻影だったのか。はたまた、戻らない日々への未来永劫実らない片思いであるのか。
わたしのグラスに毒を盛ったのは誰なのか。それが、わたしだとすると。
Ho le macchie negli occhi, sembra un'allucinazioni.
p.s.
貴君がわたしを許して、わたしが貴君を愛すのはどうだろう。


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