「機会さえあれば沖縄人をやり込めようとする本土リベラル」との指摘は当たらない(2)

red氏のnote記事への反論 ― 6点についての整理red氏の最新記事を拝読しました。まず、私の見落とし(「肯定していない」部分)については確認不足を認め、関係者の皆様にお詫び申し上げます。以下、指摘された6点について回答します。

(1)「ダンマリ」と「放置」について。
red氏は「意図的でなくても書き換えの効果が問題」と指摘されます。しかし「ダンマリ」(沈黙・傍観)と「放置」は重なる部分が大きく、宮城氏の発言全体の危険性は変わりません。この点は(2)で詳述します。

(2)ダンマリ発言の本質と懸念宮城氏の発言
「沖縄の人がコレだよ。そりゃ沖縄差別は無くならんわ。自分が被害者じゃなければ沖縄差別にはダンマリ。」は、原文のままでも「沖縄差別が無くならないのは沖縄県民のダンマリが原因」と解釈されるリスクがあります。特に「沖縄情報」[注1]などの差別的言説に接した経験から、私はこの懸念を杞憂とは思えません。red氏には、この発言を「基地を本土が引き取るべき」という主張とどのように論理的に整合させるのか、具体的な説明をお願いします。

(3)Grokの利用について
私は質問文も含めてすべて公開しています。red氏は「AIを裁定者にする構造」と批判されますが、野村浩也氏がGrokの回答にも私の質問文にも一切触れず全否定したことについては、red氏は不問に付しているようです。
Redさんは「質問と回答を公開することは手続きの透明性ではあっても、AIを裁定者の位置に置く構造そのものを打ち消さない」および「何を、どう問うかによって出力は変わり、その問いを立てるのは小林氏である。」と書いているが、その問いをたてるのが小林であっても、問い(質問の文章)もスクショに撮って挙げており、質問の文章についても「この質問の文章は不当だ」と批判できる様にしておいたのに、野村浩也さんはgrokの回答にも私の質問の文章にも一切言及せずに私からの提案も全否定しています。ちなみに提案とは「考えの違いがあっても沖縄の基地を他の都道府県が引き取るべきという点で一致しているから共闘しませんか」という提案です(この点は(7)で詳述します)。何はともあれ、ツール利用の是非より、内容に対する具体的な反論をいただきたいと思います。

(4)「ダンマリ」のままでも危険
red氏は「危険なのは本土人の読み方」とされますが、宮城氏の発言自体が、差別的言説に利用されやすい構造を持っている点に懸念があります。この点は(2)と重なります。「沖縄情報」[注1]などの差別的サイトを読んできた私としては杞憂とは思えません。

(5)私の尋ね方と時系列
強い表現を使ったことは不適切でした。お詫びします。ただしred氏の指摘は時系列を一部飛ばしています。私は当初、論理的一貫性を丁寧に尋ね、回答が得られなかった後に表現が強くなった経緯があります。red氏は私の意図を「沖縄人をやり込めようとした」と拡大解釈していますが、それは誤りです。
redさんは以下の様に書きます。

>小林氏が実際に書いたのは「意図の確認」ではない。「ダンマリと放置って何が違うんですか?」「異論があるなら具体的な違いを書いてください」という詰問であり、それは次の言葉を伴っていた。

>稀代の偽善者であり自身で「沖縄差別はなくならんわ」と沖縄差別をしておきながら(中略)こんなヤツは一切の発言をやめない限り、沖縄県民全体の名誉を永遠に傷つけ続ける!

しかしredさんは、時系列を飛ばしています。私が「稀代の偽善者であり自身で「沖縄差別はなくならんわ」と沖縄差別をしておきながら(中略)こんなヤツは一切の発言をやめない限り、沖縄県民全体の名誉を永遠に傷つけ続ける!」とまで書いたのは、当初の質問(以下に詳述)やそれに対する宮城秋乃さんからの具体的な回答拒否と、さらにその後の私の質問を経た後です。文言をそのまま述べます。

Masahiko Kobayashi:つまり「自分が被害者にならない限り差別は放置する」という価値観の人が沖縄県民の中にいたら沖縄県民は差別されるのも無理はない、というのが貴方の考えですか?
宮城秋乃:Masahiko Kobayashiさん、なぜ私がそれを肯定しているかのように文章を書き替える必要があったんですか?似てるようで意味が違いますよね?その書き換えをおこなったあなたの心理ぐらい読めますよ。
Masahiko Kobayashi:宮城秋乃さん「そりゃ沖縄差別は無くならんわ。自分が被害者じゃなければ沖縄差別にはダンマリ」とまで書いておきながら「自分が被害者にならない限り差別は放置する」という価値観の人が沖縄県民の中にいたら沖縄県民は差別されるのも無理はない、という意味以外にどんな解釈をしてもらえると思うんですか?どんな解釈なのかを具体的に書いてくれませんか?

こうしたやり取りがあり、その後も「具体的にどんな解釈をしてもらえる」というのかについて宮城秋乃さんからは回答がありませんでした。それでも単に無視やブロックをするならともかく、私の文章に「機会さえあれば沖縄人をやり込めようとする本土人リベラル」などと、私の意図を曲解した文言を添えました。その後の私の発言の中の「稀代の偽善者」などの文言は正当化できないかもしれないから批判されるべき点があるだろうとは思いますが、私の文章に「機会さえあれば沖縄人をやり込めようとする本土人リベラル」などと、私の意図を曲解した文言を添えたことは曲解と見なさずそのまま私の意図と決めつけているのがredさんであり、「沖縄人をやり込めようとしているのではなく、単にダンマリ発言が危険だから撤回して欲しい、せめてネトウヨに喧伝されないような説明をして欲しい」という私の希望については一切触れていません。私の懸念は杞憂に過ぎないとredさんや宮城秋乃さんは思うのでしょうが、繰り返しになりますが「沖縄情報」[注1]などの差別的サイトを読んできた私としては杞憂とは思えません。

(6)「人数の問題」は信条倫理への退避か?
(red氏の核心指摘)red氏は、私の「参加者数が少ないから」という主張を「信条倫理への退避」「構造的加害の否認」と批判していますが、これは誤りです。基地が沖縄に集中している主な理由は、本土多数派が引き取りに積極的でない力関係にあります。「基地引き取り運動の参加者も押し付けている」という主張は、結果(まだ集中している事実)を参加者個人の加害にすり替える論法です。たとえ奴隷制廃止運動に参加して奴隷制廃止のために努力していた白人であっても、「まだ奴隷制が存在する以上、参加者も黒人に奴隷制を押し付けている」とは言えません。同様に、基地引き取り運動の参加者も「まだ基地が沖縄にある」という結果だけで「押し付けている」と断罪するのは、因果関係の誤りです。

(7)共闘提案の拒否について
野村浩也氏に対して私は「考えの違いがあっても、沖縄の基地を本土が引き取るべきという点で一致しているから共闘しませんか」と私は提案しました。しかし「基地引き取り運動の参加者も基地を押し付けているとは言えない」[注2]述べた私に対して、野村浩也氏は(基地引き取り運動は本土日本人は全員基地を押し付けているという前提が必須だ、という価値観によって)私の考えを「基地引き取り運動は100%デタラメ」と拡大解釈しました。しかし「基地引き取り運動とは沖縄の基地を本土に引き取らせるべき運動」なのですから「基地引き取り運動に参加している人も基地を沖縄に押し付けている」と思い込もうが思い込むまいが、沖縄の基地を本土に引き取らせようとしている限り成り立つ運動です。私(小林)が「基地引き取り運動は100%デタラメ」と考えている、という拡大解釈は、基地引き取り運動は本土日本人は全員基地を押し付けているという前提が必須だという前提に基づくものです。その前提は野村浩也氏にとっては必要なのでしょうが、その前提を受け入れようが受け入れまいが「沖縄の基地を本土が引き取るべき」とするか否かさえ共通していれば共闘できるのに、「基地引き取り運動は本土日本人は全員基地を押し付けているという前提が必須だ」という価値観を他人にも押し付けたせいで私との共闘は拒否されました。それゆえ残念ながら野村氏との建設的な対話は絶望的です。

注1:
https://www.facebook.com/groups/OkinawaInfo
注2:

https://www.facebook.com/share/p/1Cy1eraq4F/
この点について補足します。「基地引き取り運動に参加している人も基地を沖縄に押し付けている」という考え方が100%デタラメなのであって、「沖縄の基地を本土が引き取るべき」と考えておこなっている運動が100%デタラメと言うつもりは私には全くありません。野村浩也さんは「沖縄の基地を本土に引き取らせようとどれだけ努力しる人でも(基地が沖縄に集中している限り)沖縄に基地を押し付けている」と主張しますが、その主張が100%デタラメなのであって「沖縄の基地を本土が引き取るべき」と考えたりその考えを実現するために行動することはデタラメではありません。野村浩也さんの様に「いくら『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えてそのために行動しても、『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えて行動している人もふくめて沖縄に基地を押し付けている、と考えないで行う運動は基地引き取り運動ではない」と定義すれば「沖縄の基地を本土が引き取るべき」と考えたりその考えを実現するために行動することだけでは基地引き取り運動と言えない、似て異なるものになるでしょう。しかしそもそも目標は沖縄の基地集中を解消することであるはずです。ならば「いくら『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えてそのために行動しても、『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えて行動している人もふくめて沖縄に基地を押し付けている、と考えないで行う運動は基地引き取り運動ではない」という定義に固執せず、単に「『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えてそのために行動すること」を基地引き取り運動と見なして、その運動の中で「「いくら『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えてそのために行動しても、『沖縄の基地を本土が引き取るべき』と考えて行動している人もふくめて沖縄に基地を押し付けている」と考えたい人は考えれば良いだけの事です。

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小林真彦氏(FB表示名 Masahiko Kobayashi氏)から二度目の反論が出たので、応答する論考を公開しました。 反論の多くは、〈何が起き、どう機能したか〉という構造の話を、〈自分の意図・努力・受け取られ方〉という個人の話へ移し替えています。前回と同じ動きです。 今回はそこから進めて、争点…

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小林真彦

先ほど続きを書きました。以下の拙文[注]は主にあなたに対する質問です。お読みくださり、お答えくだされば幸いです。 注: https://note.com/joyous_hare792/n/nb545b3b292f9?sub_rt=share_pw

「機会さえあれば沖縄人をやり込めようとする本土リベラル」との指摘は当たらない(2)|小林真彦
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