声優の「おもんなバラエティ」はなぜ量産されるのか?〜労働集約型ビジネスの限界とIP化の歪み〜
粗製濫造される一部の声優バラエティ番組やイベントに対して前々から思っていたことを、ちょっと構造化したので書いてみました。弊TLでも話題になってたからね。
筆者的にはすでにその手のものは見てない行かない(QED)なんですが、結論からいうとその手のビジネスは単なる制作の怠慢ではなく、声優業界が抱える「労働集約型からの脱却」という切実なビジネス上の課題から生まれた、ある種の「必要悪」とも言える構造を持っているのではないかと、そういった仮説をご披露させていただくものです。
決して特定の組織や人を非難したり攻撃したりする意図はありません。
また、かなり抽象度を高めているので個別具体で見ると当てはまらないケースは多々あるかと思いますが、ご了承ください。
ここでいう「粗製濫造される声優バラエティやイベント」というのは、ファンを舐めきったような低質な朗読劇や“声優”がやるのにふさわしくないパーティゲームなどを、番組やイベントとしてパッケージ化して売りつけるもの全般を指します。今後も出てくるワードなので「声優おもんなバラエティ」、そこでの企画を「キモ企画」と呼称することにします。
ではそのビジネス上の課題と必要悪とはなんなのか、具体的に記していきます。
1. 声優は本質的に「一次IP」にはなり得ない
かなり冷めた表現ですが、声優という職業は前提として、漫画、ゲーム、イラスト、楽曲といった一次コンテンツがメディアミックス展開される際、「それに声を当てる」というイチ媒体(二次的コンテンツ)に過ぎません。
ここの認識がズレると一生この先すれ違うので丁寧に書きますが、「作曲家の作った楽譜」が一次コンテンツだとしたら、「演奏家の演奏」は二次的コンテンツです。「何かの情報」が一次コンテンツだとしたら、「新聞や情報番組」は二次的コンテンツです。
(声優含め二次的コンテンツにも付加価値が存在するという論点は一旦無視してください)
ごく一部の、ラジオのフリートークなどで絶大な人気を誇るような特異な才能を持つ層を除けば、声優それ自体の「ゼロから価値を生み出すコンテンツ力」は本質的に乏しいと思われます。(ここではステゴロのトーク1本で戦う「ラジオ」と、「キモ企画」ありきの「声優バラエティ」は明確に区別して扱います。)
「誰が」と言いたいわけではありません、職業としての役割ではないということです。“クリエイターではない”と言ったほうがわかりやすいかもしれません。
もちろん本人自身がクリエイティビティをお持ちの方はたくさんいらっしゃいますが、デビューと同時にそのコンテンツ力を活かして稼ぐこともまた難しい状況にあると言いたいわけです。
基本的には声優は、強固な一次IPコンテンツに依存する存在として定義できると思います。
叩かれそうな要素なのでもっと補足すると、世間一般で見ても特定の業界に依存した業界が存在したりしますが、そういう話をしています。部品なくして車は作れませんし、車を作ろうとしなければ部品に需要はありません。
2. 役者業の限界「労働集約型」のジレンマ
前項のような事情もあり、声優は「労働集約型ビジネス」と言えます。(声優に限らず、役者という職業は原則としてそうだと思いますが、面倒なので声優1本で行きます)
現場に行き、マイクの前に立ち、稼働した分しか稼ぎは生まれない。どんなに人気が出ても、物理的な時間は1日24時間しかないため、稼働量による収益アップには必ず限界が訪れる。そういう職業です。(稼働当たりの単価を上げるという方法がありますが、制作の予算のキャップが存在する以上、上限は存在します)
この構造から転換し、ビジネスをスケールさせる(継続的かつ飛躍的な収益を得る)ためには、演者自身を擬似的にでもコンテンツ化(=IP化)し、グッズ販売やファンクラブ等のサブスクリプションで稼ぐモデルへの移行が必要不可欠となります。
3. 擬似的なコンテンツ化と「アーティスト化」の壁
一番手っ取り早く、かつ理想的なIP化の手段は「アーティスト(歌手)デビュー」なんじゃないかなと思います。声を活かした仕事でもあり、自身の思想を曲やライブのMCで発信できるからです。
全員がアーティストになり、楽曲の版権や印税を得られる仕組みを作れればそれが一番美しいと思います。
(※ラジオもポテンシャルはありますが、現状の仕組み的には労働集約型のフロービジネスだと言えると思います。)
しかし、当然ながら全員に音楽的才能があるわけではなく、音楽市場自体もレッドオーシャンであるため、全員がそのルートを辿るのは現実的ではないのは言うまでもないと思います。
写真集の出版なども、声優を一次IPコンテンツ化するための代替手段の一つと言えますが、長期的な収益は望めず、それだけでビジネスを回し続けるのは困難だと思われます。
4. 「おもんなバラエティ」という名のパッケージ商法
「本質的に一次IPになり得ない」という構造を抱えながらも、どうにかして自身をコンテンツ化し、労働集約型から抜け出さなければならない。
このジレンマと焦りが生み出した歪みこそが、「声優おもんなバラエティ」です。
ファンを舐めきった低質な朗読
職業声優がやるのにふさわしくない中身のないパーティゲーム
制作側からすれば、緻密な脚本や大掛かりなセットを用意せずとも、演者を一堂に集めてゲームをさせたり雑談させたりするだけで、安価にコンテンツが作れる。事務所側も、それを「番組」や「イベント」としてパッケージ化してしまえば、チケット代やグッズ代、配信のサブスク費用としてファンから効率よく集金できる。
つまり、「声優おもんなバラエティ」は、労働集約から抜け出したい事務所側のニーズと、安価に集金装置を作りたい制作側の思惑が一致した結果であり、声優のIPとしての弱さにうまくつけ込んだビジネスモデルなのだと言えます。悲しいね。
まとめ
私たちが時折目にする、声優の無駄遣いとも言える「おもんなバラエティ」や「キモ企画」。それは演者自身に問題があるというより、声優という職業の構造的限界が生み出した産物と捉えることができるんじゃないかな〜と。(夢がない)
個人的には好きじゃないのでどうにかなって欲しいんですが、声優目線で考えたときに収入源となることは確かなのでガチもどかしい。
我々にできることとしては「無知蒙昧なそこらのオタクとは違う」という矜持を持って、「金を落とさない」という一票を投じ続けるしかないのかなと。
声優がどうやって「声の芝居」以外の付加価値をつけてサステナブルな営業活動をしていくのか。この至上命題はアニメ・声優文化を愛する1人のオタクとして憂えざるを得ません。
余談
大前提としてこの議論、「職業」≒「金を稼ぐ目的」を出発点にスタートさせていますが、その目的をずらすという解決策も存在します。
そうすることで、ビジネス的なスケールを考える必要がなく、キャラクターに声を当て、それを届けることだけを目的に活動することができます。
その解決策とはなにか。
それはパトロンについてもらうことです!!!
といっても現代において特定の誰かにダイレクト課金をするのはそこそこハードルが高いので、もっとも近しい手段としては稼ぎが十二分な配偶者と結ばれることを願うということになってしまうかもしれません!!
次回!ガチ恋のジレンマ!!(書きません)



労働集約型ってどういう意味ですか?
ミリシタ生配信の大喜利コーナーなどについてはどうお考えでしょうか?
下世話なこと言えば皮肉になると考えてそうな人間の「面白」もかなりチープなローソサエティだと思う。 「声優単体だと儲からないから副業的にやってるからつまらない」っていう浅い主張で誤魔化して、「お前ら本当は金稼ぎ向いてないのに必死のぱっちで金稼ごうとすんなよ(冷笑)。お前らはマイクに…
おもんなバラエティ批判をしたいがために全く別の話をくっつけたようにしか見えないんですがAIで文章作成したのでしょうか 声優のバラエティは役がない時間を当てたもので労働集約型でありIP化ではないでしょう 声優目当てにバラエティが成立してるという主張ならそれはアニメにも言えます