「才能ねえんじゃねえかな」後塵の芸人たちをバッサリ斬ったビートたけしが、人生の最期近くで直面している最大の危機
ボソッと「才能ねえんじゃねえかな」
たけしを語る上で欠かせない2大事件。ひとつ目は「フライデー」編集部襲撃。巻き添えを喰らわせた軍団に向かって、手錠に繋がれたまま、「おまえらの面倒は見るからな」と約束した。その後の記者会見の不貞腐れた表情。背筋が凍るほどの色気が忘れられない。 深作欣二降板から『その男、凶暴につき』で映画監督デビュー(留意しておきたいのは、北野武もビートたけしから派生した一部に過ぎないということ)。評論家絶賛。テレビの視聴率は高値安定。しかし本人は「目の前に拳銃があったら迷うことなく撃ってた」というほどのノイローゼだった。 毎晩酒を飲みながら軍団に宴会芸をやらせることで乗り切ろうとした。しかし最高傑作『ソナチネ』の興行失敗。心のひずみが高まり、ふたつ目の大事件、バイク事故。 もはや誰もが終わったと思った後に『HANA-BI』によりヴェネチア国際映画祭金獅子賞。足立区のたけしは世界の北野になった。こんな人はいなかったし、今後も現れないだろう。 そしてビートたけしに最大限の畏怖を感じるのは、このカッコ良さを維持し続けていることだ。 多くの芸人が世に出てきた。お笑い番組も増えた。かつては王の座を脅かしそうな者もいたが、たけしと同じ道は歩めなかった。 どの芸人もたけしほど本を読み、映画を観て、キャンパスに向かうなど、勉強をしない。たけしにとっては北野さきさんの教えを実行しているだけ。だから他の芸人との差は開くばかりだ。 僕はたけしさんにインタビューさせてもらったことがある。「メガホンを取る芸人が増えましたが、どうして誰もたけしさんの後に続かないのでしょう?」 たけしさんはボソッと返した。 「才能ねえんじゃねえかな」 カッコ良すぎて痺れた。
みんな、死ぬのが怖い
しかしいま、ビートたけしに最大の危機が訪れている。老いらくの恋、殿ご乱心だ。 森社長を攻撃し出した頃は手遅れだった。あれほど面倒見が良かった親分が、軍団に対して一方的に親離れを宣言。その軍団もバラバラになった。自分の事務所を辞め、長年の夫人と離婚し、子と孫と別れた。 「男が背負った重さが、そのまま男の重さになる」と思っている僕からすると、余剰身内を斬り捨てた真意がわからない。金を貸しても誰ひとり返済を求めずに許してきた人が。「もうオイラ勃たないから」「あの人(噂になっているビジネスパートナー)は凄い人なんだよ」。 それがいつの間にか「兄貴とか姉ちゃんにさんざん怒られまして」と結婚報告。現夫人は新しいミューズか。心の間隙を突かれたのか。たけしに何が起こったのか。今なお信じられない思いがする。 晩節を汚しているのはたけしだけではない。一本筋が通った生き方を実践してきた憧れの男たちは、どうして人生の最期に来て自らの名誉を失墜させるのか。 もったいぶらずに結論を言います。みんな、死ぬのが怖いのだ。 とはいえ、30年間連載が続いている週刊ポストの「21世紀毒談」は何人も寄せ付けない切れ味だし、五輪批判も最高に痛烈だった。文筆業も精力的。東宝スタジオで新作を撮影中と聞く。玉座はしばらく安泰だ。 たけしは既成のたけしを脱ぎ捨て、最終進化の段階に入ったと信じたい。ビートたけしから生き様を含めて多くのものを与えられた我々は、王の往生際を見届ける義務がある。その骨を拾い、語り継ぐ責務がある。そしてその日は思っているほど遠くない。 追記:たけしさん、『Broken Rage』観ました。今までお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。 #3に続く 文/樋口毅宏
---------- 樋口毅宏(ひぐち たけひろ) 1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社に勤務したのち、2009年『さらば雑司ヶ谷』で小説家デビュー。11年、『民宿雪国』が山本周五郎賞・山田風太郎賞候補になる。2013年の『タモリ論』が10万部を超えるベストセラーに。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『ドルフィン・ソングを救え!』『さよなら小沢健二』『無法の世界 Dear Mom,Fuck You』『凡夫 寺島知裕。「BUBKA」を作った男』『中野正彦の昭和九十二年 新版』などがある。 ----------
樋口毅宏