野口茂樹さんは“営業マン”…ナゴヤを沸かせた元ドラゴンズ戦士たちのイマ 福祉施設の運営から経営者まで
中日ドラゴンズは創設90周年を迎えました。名古屋を沸かせた名選手たちは、今どんな人生を歩んでいるのか。電気設備会社の営業マン、福祉施設の運営者、わらび餅店の経営者…。現役引退後も、それぞれの舞台で第二の人生を送る元ドラ戦士たちを追いました。 【動画で見る】野口茂樹さんは“営業マン”…ナゴヤを沸かせた元ドラゴンズ戦士たちのイマ 福祉施設の運営から経営者まで
■電気設備会社営業マン…野口茂樹さん
一人目は、1993年から2005年までドラゴンズに在籍した野口茂樹さん。キレのあるスライダーを武器に、1999年のリーグ優勝に貢献するなど、90年代から2000年代初頭の黄金期を支えたレジェンドです。 野口さんは現在、西尾市にある電気設備の設計や照明工事などを手がける「カミヤ電機」で営業マンとして活躍しています。
野口さん: 「親世代の方には認識されますが、子どもたちには『誰?』って言われます」 神谷社長: 「謙虚な方です。MVPを取って、ノーヒットノーランを達成した選手が、上から目線ではなく同じ目線で話をして仕事を取ってくる。素晴らしいと思います」 同僚: 「プロ野球選手だったとは思えないほど親しみがあります」 この日、愛知県あま市にある取引先への営業に同行しました。
野口さん: 「普段は野球の話をしているだけです。ここでキャッチボールをしたり」 野口さんは、工場内で取引先の職員20人を相手に、1人10球、合計200球投げたこともあるといいます。 取引先の社長: 「忘年会も2年連続で参加していただいて、“心のキャッチボール”をやっていただきました」 現役時代、バッターの懐に食い込むスライダーを武器に一時代を築いた野口さん。現在は、顧客の懐に飛び込む営業スタイルで、次々と受注を獲得しているといいます。
現在は営業マンに加え、スポーツ配信サービス「DAZN」の野球解説や、野球指導者としても活動しています。
■わらび餅店経営…山田喜久夫さん
続いては、1990年から1998年までドラゴンズに在籍した山田喜久夫さん。1989年、東邦高校のエースとして春のセンバツ優勝を果たし、ドラゴンズでは中継ぎとして90年代のチームを支えました。 1999年に現役を引退後、一念発起して、バンテリンドーム近くにわらび餅店「喜来もち ろまん亭」をオープンしました。