第6回14歳から性を売らざるを得なかった 当事者が望む売春防止法とは
売春防止法の見直しに向けた議論が、法務省の有識者検討会で続いている。買う側を処罰すべきかをめぐって賛否が割れる中、約10年にわたって性売買を経験した希咲(きさらぎ)未来(みらい)さん(活動名・26)が検討会に出席し、買春は「女性に対する暴力であり、搾取だ」として処罰の必要性を訴えた。
「14歳の時から性を売らざるをえない状況で生きてきました」。希咲さんは4月7日、法務省の非公開の検討会で語り始めた。
これまでの検討会では複数の関係者へのヒアリングが行われたが、当事者として自らの経験を語ったのは希咲さんだけだ。
その後の取材や議事録によると、希咲さんは父親から繰り返し性的虐待を受けた。両親の機嫌の良い時にしかご飯が食べられなかった。14歳のある雨の夜、家を抜け出して地元の繁華街に。その後、新宿・歌舞伎町に向かったが知り合いも行くあてもない。非常階段で夜を明かした。そんな時、「お金あげるよ」とSNSで男性に声をかけられた。
それが「助け」に見えた。今…
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- 藤田直哉批評家・日本映画大学准教授提案いまなら試し読み
性売買を経験した当事者、取材して書かれたルポ、買春処罰に賛成や反対の立場、それぞれの文章を読み、SNSで当事者たちの意見を見てきました。当事者たちの中には、セックスワークを肯定する者もいれば、強い怒りや被害感情を表す者もいます。そして、多くの方々は、家庭での虐待体験、性被害、障害や精神疾患などの背景を持っていました。 「合意」や「契約」と言いながら、その「合意」は本当に適切な合意なのだろうか、不幸な境遇にある人間の弱みに付け込んだ搾取や暴力になっていないかと、率直に思わざるを得ません。 理論的に言えば、その形式的で表面的な「合意」や取引を正当化する立場は、リバタリアニズム、つまり政府などの介入を否定する思想と、リベラリズム、つまり、個の自由意志や自己決定を尊重する立場に近いように思います。一方、そのような強く自己決定できるような「個」が、あくまでも理論的な存在にすぎず、現実に生きている人間は脆弱であり、様々な置かれた条件で主体性や選択の自由の幅も違うということを重視したのがケアの倫理寄りのコミュニタリアニズムでした。 具体的な現場の実態から考えるに、私たちは、この問題を、意志的で主体的なセックスワーカーの場合と、ケアの倫理寄りで対処しなければいけない主体の場合と、両方のやり方で考える必要があるかと思います。 性の領域に法や政府が介入するのは、家父長制的に「正しい性」「女性のあるべき姿」に介入する行為だ、という意見もあり、理解もできますが、それは家庭のプライベート性や、宗教の「信仰の自由」を過度に尊重したことが、DVや虐待を不可視化し介入や支援を困難にしたことと同じことを性の領域で繰り返すことにつながるのではないかと思います。セックスワークもただの「ワーク」だと考える主張の理も理解しますが、だとすると、普通のワークと同じ程度には、規制やコンプライアンス、透明性や介入による風通しのよさを確保してもいいのではないでしょうか。
2026年6月7日 15:00 - 太田啓子弁護士視点いまなら試し読み
当事者の状況は様々だが、性被害者がトラウマの再演として性産業にいくこと、性売買が居場所のない女性たちの「セーフティーネット」となってしまっているなどの実態は少なくないことを可視化する調査が必要だ。 前者は、性被害への適切な救済が足りなすぎることが背景にあるといえるし、後者は、特に虐待や貧困などで家庭にいられない若年者への適切な支援が足りなすぎることが背景にある。 当事者が抱える事情は複合的だが、「こういう支援があれば性産業にはいかなかった」という人は少なくないはずだ。外形上同意があるように見えても真の意味では性的同意があるとはいえない、ということがどれだけ起きているだろう。 あるべき政策の議論のためには、実態調査、性産業の構造を浮き彫りにする調査も必須だと思う。 「売る側」の非処罰と、性売買をやめたい人の支援の充実により、誰もが「したくない性的行為をしなくていい」という状況を少しでも増やしていくための現実的議論が重要だ。
2026年6月7日 15:00