お気に入りだったワンピースの話

お気に入りのワンピースを持っていた。

 

20代前半の頃、頑張って働いたバイト代で買った、3〜4万円近くした気がする、sunaokuwaharaというブランドの、春服のワンピース。

 

当時sunaokuwaharaはわたしの憧れで、時々ショップに通っては、10,000円ちょっと、なるべく20,000円を超えないというルールを課して、買い物をしていた。

でも一目惚れしたそのワンピースはどうしても欲しくて、予約して買ったのだった。

 

どんなワンピースかというと

ふわっふわのウール素材だけど薄手で、真夏以外は着れるような素材で、でもぜんぜんチクチクしないし着心地はばつぐんによくて

そして北欧のいろんな人や自然や動物のデッサンのようなイラストがプリントされていて

ちいさめの襟や、そでの裾にラインが施されていたり

わたしの貧相な語彙力なんかじゃ説明できないくらい

かわいくて、でも媚びないかっこよさもあって、そのワンピースを着てる時はなんだか違う自分になれたみたいで、嬉しかった。

 

ずっと大切にして着ていた。汚してしまった時もあったけどその都度クリーニングに出して、大切にしていた。毎年毎年、しょっちゅう着ていた。

 

2016年9月の雨の日、あの日もわたしはそれを着ていた。

 

9月の雨の日、わたしは、むりやりラブホテルに連れ込まれて、同意を得ずに性加害をされた。

 

わたしはそれ以来、そのワンピースを見ると辛くなるようになってしまい

しばらくしてから、処分してしまった。

 

ワンピースは何も悪くないのだからと思って

着てみた日もあったけれど

着ると、なんだか、あの日、呆然としながら電車に乗って家に帰って、その後何日もずっと天井ばかりみていたことを思い出してしまって

手元に置いておかなかった。

 

処分する時、心にぽっかりと穴が空いた。

 

その穴は、いまでも、いまでも、ブラックホールのように、埋まらない穴のままとして

心の奥底に存在している。

 

先日、そのワンピースと全く同じものを、中古でメルカリで見かけた。

 

買おうかな、と一瞬思って「いいね」をおしたけど、悩んでいたら売り切れてしまった。

 

もし、また手に入れられたとしても、辛くなることもあるだろうから、悩んでいた。

買えなくてよかったのかもしれない。

 

ワンピースは何も悪くないのに

わたしは辛くなるので処分してしまったので

時々、ワンピースのことを思い出しては

ごめんね、ごめんねと思ってしんどくなっている。

 

最近は、海外輸入の古着屋の古着を選んで身につけることが多い。

 

どんな、物語がその古着にあったのかは知らないけれど、こんどこそは、大切にしたいと思う

 

去年や、今年に買った古着たち。

どんな未来を見せてあげられるだろうか。

あのワンピースには見せてあげられなかったもの。

それらを見せてあげられるだろうか。

 

そんなことを考えている。

 

 

 

 

 

 

 

春ねむりと大森靖子のツーマンライブに対して思った事

先日、春ねむりさんと大森靖子さんがツーマンライブを行う告知のポストを見て、胸がざわつきました。

春ねむりさんの音楽は、搾取や加害の構造に抗い、自らの痛みを糧に声を上げていく姿勢にあふれていて、

私はその音楽に何度も救われてきた夜がありました。

 


今年8月、春ねむりさんのリリースパーティで、私はオープンマイク枠としてステージに立たせていただきました。

その場で感じた嬉しい気持ちは、今も忘れられません。

 


だからこそ、大森靖子さんとのツーマンを知ったとき、深い悲しみがこみ上げました。

 


大森靖子さんは、これまで「無力無善寺」というライブハウスを肯定的に取り上げ、

MVやインタビューでもその場所を語ってきた方です。

 

 

わたしにとってその「無力無善寺」は単なるライブハウスではなく、

搾取と加害の象徴的な場所です。

私が、「無力無善寺」のオーナーから性加害を受けたこと、

そしてその人物が私を名誉毀損刑事告訴までしたこと。

それらを春ねむりさんが知っているかどうかは分かりません。

もしかしたら知らないのかもしれません。

 

無力無善寺には、大森靖子さんのファンがよく訪れます。

大森靖子さんという影響力のあるミュージシャンが無力無善寺を肯定的に語ることは、

結果的に搾取と加害を温存することになっていると私は捉えています。

 


もちろん、アーティスト同士が交流し、音楽を通して表現を交わすことは自由です。

それを否定するつもりはありません。

ただ、加害と搾取の構造に抗う姿勢を掲げてきた人が、

その構造の一端に加担してしまうかもしれない場に立つ――

その現実を前に、私は言葉を失いました。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

私は来月、無善寺出演者との対バンを控えています。

だから、私自身も矛盾を抱えています。

 

その意味で、あれこれ言える立場ではないのかもしれません。

 


ただ、私と春ねむりさんとでは立場がちがいます。

彼女は出演者を選べる立場にあり、

それだけに、どのような場に立つかという選択には、重みがあると感じています。

 

それでも、私自身の矛盾や限界を否定することなく、

この小さな声を残しておきたいと思いました。

 

 

このブログの文章は

個人への非難ではなく、

構造への問いとして残します。

そして、わたし自身の尊厳を守るための記録でもあります。

 

上申書

 


上申書

 

 

 

2025年10月9日

(原本提出先:東京地方検察庁東京高等検察庁法務省人権擁護局)

 

 

 

 


私は性暴力の被害を受けた当事者です。

しかし、被害届を受理してもらえませんでした。

被害を訴える過程で、警察および検察から深刻な二次被害を受けました。

その結果、私は深い絶望に陥り、自殺未遂をするほどに追い詰められました。

被害者を守るはずの制度によって追い詰められたという現実を、どうしても伝えたく、ここに上申いたしました。

 


一方で、私は性被害を訴えたことを理由に、名誉毀損で起訴され、略式罰金刑の処分を受けました。

加害行為を訴えた側が処罰されるという現実は、法の公正さを著しく損なうものだと感じています。

 

 

 

 

 

 

【1.警察での二次被害

 

 

 

被害を説明した際、担当警察官から

「あなたの事実と相手の事実は違うから」と言われ、

真剣に話を聞いてもらえませんでした。

 


相手側からの聴取も行われていない段階でそのように断定されたことに、

深い絶望と不信を感じました。

この言葉により、私は被害届を出す勇気を完全に奪われました。

 

 

 

 

 

 

【2.検察での二次被害

 

 

 

検察で被害の状況を説明した際、

「あなたはその相手のことを好きだったのか」と何度もしつこく尋ねられました。

その質問は被害の本質とは無関係であり、私の尊厳を深く傷つけるものでした。

 


そのやり取りのあと、私は強い屈辱と無力感に襲われ、

夜も眠れず、心身ともに限界を迎え、自殺未遂に至りました。

司法の場でここまで追い詰められるとは思ってもみませんでした。

 

 

 

 

 

 

【3.要望】

 

 

 

すべての警察官・検察官に対し、性暴力被害者の心理やトラウマ、二次被害防止に関する研修を義務化すること。
被害者が安心して被害届を提出できるよう、被害者支援員や心理専門職の同席を制度化すること。
性加害を訴えた者が、逆に名誉毀損などで処罰される構造(スラップ訴訟)を是正すること。

 

 

 

 

 


私は、被害を語ったことで人生を破壊されました。

声を上げたことで処罰される現実に、深い悲しみと怒りを感じています。

 


被害を繰り返し語ることで、被害者は回復につながります。

しかし、私は声を奪われました。

この国の司法と制度は、被害を訴えた者を守るどころか、踏み躙る存在なのだと感じています。

 

 

 

 


担当検察官には、証拠の音声を提示しましたが、途中で「もういいです」と言われ、

最後まで聞いてもらえませんでした。

その結果、証拠をすべて提出できず、私の側の説明は十分に受け入れられませんでした。

 


起訴の理由を尋ねた際、「投稿が拡散されて多くの人を傷つけたから」と説明を受けました。

しかし、その「多くの人を傷つけた」という根拠は示されませんでした。

それは検察側の推測に過ぎないのではないでしょうか。

 


私が受けた傷には見向きもせず、

「加害を訴えた側」を処罰する判断がなされたことに、深い不信を抱いています。

 

 

 

 


この国の警察や司法は、性被害を受けた者の傷には目を向けず、

加害行為を訴えた側を排除する構造の中にあるのではないか。

そう感じざるを得ません。

 


私はこれまで、制度を信頼しようとしてきましたが、

その信頼は裏切られました。

正直に申し上げますと、現状の司法制度は、弱者を傷つけ、加害者を守り、

被害者の尊厳を奪う構造を内包していると感じています。

 

 

 

 


私は、性加害を受けた側として数々の嫌がらせ・侮辱・個人情報の暴露を受けてきました。

しかし警察はまともに取り合ってくれず、

私は告発のために声を上げるしかありませんでした。

 


それでも、声を上げたこと自体は間違いではなかったと思いたいです。

どうか、私と同じような苦しみを誰も繰り返さないよう、

現場の対応を根本から見直していただきたいと切に願っています。

 

 

 

 


以上

2025年10月9日

(提出者:匿名)

 

 

 

 

 

 

補記

 

 

 

この上申書は、制度改善と人権擁護の観点から公開しています。

内容は私個人の体験と感情に基づくものであり、

特定の人物・機関を中傷する目的ではありません。

同様の被害に苦しむ方々に、少しでも声を上げる勇気を届けたいと思っています。

性被害を告発した私が、司法の対応に傷つけられた話

 

私は性暴力の被害を受けました。

しかし、警察署での対応により被害届を出せず、

その後、被害を訴えたことが名誉毀損として扱われ、罰金刑を受けることになりました。

 


被害を訴える過程で、警察や検察の対応により深く傷つけられました。

警察では、被害を説明しても「あなたの事実と相手の事実は違う」と言われ、

まだ相手側への聴取も行われていない段階で、まるで私の話が信じられていないように感じました。

そのため、被害届を出すことを断念せざるを得ませんでした。

 


検察では、被害の説明をした際に「あなたはその相手のことを好きだったのか」と繰り返し尋ねられました。

また、提出した証拠に対しても十分に聞いてもらえず、

後日その点を伝えたところ、「その時言えばいいじゃないか」と言われ、

強い絶望を感じました。

 


これらの出来事が重なり、私は深い無力感と絶望に陥り、

自ら命を絶とうとするほど追い詰められました。

被害者が声を上げても守られず、逆に傷つけられてしまう現実を、

私は身をもって経験しました。

 


それでも、声を上げたこと自体は間違いではなかったと思っています。

性被害者が自分の体験を語ることは、回復の大切な一歩です。

しかし、現行の制度や対応のあり方が、

その声を奪い、被害者をさらに孤立させることがあるという現実は、

見過ごされてはならないと感じています。

 


私にとって、当時の警察や検察の対応は、

加害者を守るように見え、被害者の痛みに寄り添うものではありませんでした。

私の傷に向き合ってもらえなかったこと、

そして「名誉」という言葉のもとで被害者の尊厳が軽んじられる構造に、

深い疑問と悲しみを感じています。

 


私は、同じような思いをする人を一人でも減らしたいと願っています。

声を上げること、助けを求めることは恥ずかしいことではなく、

人としての権利です。

どうか、この現実を知り、支え合う力に変えてください。

戦っていた彼女たちのこと

性被害をSNS上で告発し続けて、アカウントを消してしまった2人の方のことを時々ふっと思い出す。

 

1人の方は、あるとき私のライブに来てくれた。きれいで立派なお花を渡してくれた。

「私のツイートで傷つく人はミュートやブロックして」ある時わたしがそうSNSに記したら、毅然と、「だれも、目を逸らしてはいけないと思います」というような言葉をかけてくださって、それがとても心に残っている。

 

もう1人の方とは、個人的なやりとりはなかったけれど、希死念慮を記すツイートに「いいね」をするしかできなかった。毎日、毎日、もう耐えられない、死ぬ。そう書いていた。彼女は毎日フラッシュバックと戦っていた。彼女のツイートにいいねをすることしか私にはできなかった。

 

 

2人とも、ふと気がついたらアカウントが消えていた。

 

彼女たちのことを時々考える。

もしかしたら、希死念慮を毎日綴っていた女性は、考えたくもないけど、死んでしまったのかもしれない

2人とも、どうか安全な場所で少しでも安心して過ごせていたら、どんなにかいいだろう

 

彼女たちの被害については、プライバシーを守るために書かないが

告発をつづける彼女たちにたいして、加害をした者は、ほんとうに卑劣な嫌がらせをしていた。

あの手この手をつかって黙らせようとしていた。

 

わたしは、それらをiPhoneの画面越しに見ていた

見るしかできなかった。

 

今となっては、ライブに来てくれた彼女には、ライブ会場で、もっとたくさん話せばよかったな、と思ってしまうし

希死念慮を毎日綴っていた彼女には、ひとことでも、DMすればよかったな、と思ってしまう。

 

たら、れば、の話をしても仕方ない。

でも、眠れない夜は、どうしても考えてしまう。

 

 

 

 

好きな音楽に対して素直になれない謎の心理について

中学生の頃、BUMP OF CHICKENモンゴル800が流行っていた。

周りの同級生がよく話題にしていたが、私は興味ないふりをしていた。

 

しかし、塾の帰りのコンビニとかで流れてるのを聞くと、いいなぁと思っていた。

いいなぁと思っているくせに、同時に、「こんなので感動するなんて、恥ずかしい。」と思っていた。

周りで流行ってる音楽なんて、聞いてたら幼稚な人と思われる。真剣にそう考えていた。

 

高校生になると 同級生の間ではオレンジレンジが流行っていた。

中学生の頃の、BUMP OF CHICKENモンゴル800同様、

わたしは、実はいいなと思ってるくせに、興味ないふりを心がけていた。

 

大学生の頃、所属していたサークルの一個下の後輩の間では、東京事変が流行っていた。

BUMP OF CHICKENモンゴル800オレンジレンジ同様、興味ないふりをしていたのだが、

 

東京事変にかんして述べると

じつは、高校生のころ、何枚か CDを買って、オレンジレンジが好きな友だちに、東京事変の方がいいよと言っていた。

 

高校生の頃は、周りに東京事変を聞く人がいなかったので、安心(?)して聞けていたし、好きなことを言えていたのだが

大学生になると、周りで流行ってることが判明したので、今度は興味ないふりをしていた...というか流行ってるんだと思ったら新譜を聞く気がなくなってしまった。

 

この中二病的謎現象は一体何だったんだろう。

 

 

大学生の頃、わたしはナンバーガールを好んで聞いていた。ほんとうに大好きで、自分にとっては神のような存在で、 CDやDVDを飽きもせず繰り返し試聴していた。

 

そして、サークルの後輩が東京事変の話をすると

ナンバーガールのほうがいいよとか言っていた。

 

これも、東京事変に対する態度の変化と同じで

大学生当時、ナンバーガールを聴いてる人が周りにいなかったので安心して聞いて安心して好きと言っていたんだと思う。

 

不思議現象だなと思う。

わたしは一体何を恥ずかしがって、周りの目を気にして自意識過剰になってたんだろう。

 

 

時を経て、数年前にナンバーガールが再結成したとき、

ファンの盛り上がりについていけなかった。

あんなに大好きだったのに。

なんか積極的に聞くこともできなくなってしまった。

 

神のような存在(ナンバーガールを知って、聞いてたらころ既に解散してたから余計に、)

と現実の再結成したナンバーガール

私にとって全く違うんだと思ってしまった。

思い出の中のナンバーガール

現実のナンバーガール

少しでも違う部分があったら、ショックを受けてしまいそうだし、ライブを心から楽しめなさそうだから

新曲もすごい気になるけどそれは私にとってナンバーガールの曲ではないから聴きたくない。

 

という謎の理由で

再結成のライブ、気になってチェックしてたけど

一度もチケット申し込めなかった。

申し込めたとしても、すごい人気だったから、観にいけたかは、わからんが...

 

 

 

大学生の頃は、ナンバーガールのボーカル、向井秀徳のソロライブやzazen boysのライブをよく観に行っていた。

 

あるとき、ソロライブを見に行ったら、ライブ終了後、向井秀徳が、いまからオークションをやる。と告げ

スタッフと一緒に机を用意し始めて

そこに私物やTシャツなどならべて

オークションが唐突に始まったのだが

その時も周りの盛り上がりについていけず、わたしは引いていた。

わたしの神が商売人になっていたから。

 

いまになって思えば、

ミュージシャンとして生計を立てることの大変さはほんのちょっとだけ、わかるし、お金がないと生きていけないしそもそも音楽なんか作れないこともわかっているけれど、

当時の私は神が商売人になった姿に衝撃を受けて、そのライブ以降、だんだんと見に行かなくなってしまった。

 

この体験も、流行ってるものを聞くのは恥ずかしい現象と同じで

自分の心の中に強烈に残ってる謎の心理現象です

 

なんか、もっと、素直に

好きなものを好き!って楽しんで、

好きなものには神と思うほどのめり込みすぎず、

あまり理想化せず、

おおらかに楽しめたらよかったのになぁって

後悔しています。

 

いまでは積極的に音楽は聴く回数は減ったけど、人間として向井秀徳が好きだと思います。

 

ちなみにBUMP OF CHICKENで好きな曲は

タイトル忘れたが

「鼻が詰まると 呼吸してたのがわかるんだ」みたいな歌詞の曲。

わたしは、鼻炎アレルギー持ちなので

なんか、わかるわぁ...とおもって、2〜3年に一度くらい聴きたくなります。

ミャンマーの料理をたべた

知人とミャンマーの料理を食べました。

なかなか面白かったので、ブログを書きます

 

 

①「カシスミャンマー

 

飲み物まず選ぼう、となり、「カシスミャンマー」という飲み物を頼む。

カシスミャンマーはいったい何の味なのかよくわからないけど、甘酸っぱい果物のジュース?(アルコール入ってたかもしれないけどアルコールの味はほぼしなかった)

お茶っ葉のような物体が紛れ込んでたので紅茶と割ってるのかな?

飲みやすくておいしかった。

 

②「謎のサクサクしたお通し」

 

お通しは、ピーナッツと、謎の揚げ物。

形は三角形。

硬めだけどサクサクしてる。そして中にはなにかをすりつぶしたようなものがはいっていてもったりしている。コロッケを凝縮したような、揚げ物のような何か。

味はよくわからないけど薄味でちょっとピリ辛でおいしい。

ソースと一緒に出てきたが、ソースはけっこう辛かったのでつけずにたべた。

どうやら調べるとサモサというスナックらしい。

インドの食べ物らしいけどミャンマーにもあるようだ

 

③「お茶の葉サラダ(ラペットゥ)」

 

発酵させたお茶の葉、サクサクしたアラレみたいなお煎餅みたいな食感の丸い小さな物体、そしてなんとも形容できないスパイシーなドレッシング?がかかってる。

サラダなんだけど、サクサクした物体がほぼお菓子みたいな食感なので

サラダを食べてるようでお菓子を食べてるような不思議な感覚。

味も結構しっかりしている。

調べたら、ミャンマーではサラダは副菜というよりは立派なおかずの一品らしい。

日本でサラダというと、生野菜にドレッシングがすぐ浮かぶけど

味も食感も、全然、ちがってて衝撃を受けました

 

④「チキンのビリヤニ

ビリヤニも食べるの初めてだったけど、メニュー写真で見たのと、想像した味がだいたい一致していた。

おいしかった。

レーズンが入ってたのが、おもしろかった。

日本のお米では味付け合わなさそうな気がした。やっぱり、細長くてパサパサしたお米はあのような味付けがあうのかも。

ぎゃくに、日本食の味付けはあのお米には合わなさそう。納豆とか、

 

⑤鶏肉と野菜のスープ

めっちゃ辛かったけど味が染みてておいしかった。

そして、野菜は煮崩れしてない、しっかり硬さを感じられる程度に煮込まれてて私の好みでした。

野菜うまいーと思い野菜ばかり食べたら最後の方鶏肉ばかり残ってたから 鶏肉がメインなのかも。

 

タマリンドジュース

物珍しいものをどうせなら頼んでみようと思い

タマリンドジュース。

タマリンドってなんだろうと飲んでみたら、甘酸っぱいジュースで飲みやすい。

Googleタマリンドを調べたら、さやえんどうみたいな形の殻の中に入ってる、果実だった。

知らない果物、世界中にいっぱいあるんだろうな。

 

 

ミャンマー料理は味付けが日本とは全然違っていて、正直、毎日は食べれないかも。でも美味しかったから、たまに食べるといいかも。

 

ちなみに、ミャンマー料理店では

日本の音楽がかかってて TVもクレヨンしんちゃんを流していたのがなんか面白かったです

ミャンマーの音楽や ミャンマーのテレビ番組じゃないんだと(笑)