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〇解レ詞ヲ扱息(イキ)は神の御灵(ミタマ)なり。言(モノイフ)は吾なり。故に、吾(ワカ)詞を天(アメ)の御灵に反(カヘシ)て、詞に教(ヲシヘ)有(ある)ことを知なり。茲(ここ)に解所(トクトコロ)は、御灵に占相(ウラヘ)て雅俗(ガゾク)を撰(エラ)はす。朔日二日及西東のことまてもいふは、其日数のこと、方角(ハウカク)のことを云には非(あらず)。ツイタチ、フツカと云音(コヱ)に、教有(アル)ことをいふなり。総て、巻中にいはすしても知るゝことやらの事まても解分(トキワクル)といふは、文字を離(ハナレ)て仮名(カナ)に教有ことを専(モハラ)とするの故なり。日数方角等のことは、人として知らさるはなし。是を通俗(ツウソク)といふ。仮名もて詞の原(モト)を知る、是を学者(モノシリ)といふ。後世は雅俗混雑(ガソクコンサツ)にして、既に学者(モノシリ)といはるゝ人まても、日数のみ知(しり)、方角のみを知り、譬(タトヘ)は月を見て月とのみ知、雪を見て雪とのみ覚(おぼゆ)。是にても事は足(たる)と心得、吾既に俗なることを知らす。仮名は何の為に正す。詞の原(モト)を知るの為なり。今の人は何(ナン)の為(タメ)に正(タタス)といふ訣(ワケ)も知らす、只(ただ)古書を穿鑿(センサク)して、違(タカハ)さるをよしとするのみ。故に、家国を治(をさむる)の教は、遠(トホキ)漢国(カラクニ)の書籍(フミ)にのみ有と覚て、近(チカク)吾言音(モノイフコヱ)に教有ことを知らす。吾竊(ヒソカ)に思。今の国学といふものは俗学にして、只徒(イタツラ)に弄(モテアソフ)ことのみにて、家国の治の用をなさす。𪫧憐神国の大道、人に絶たり。上(アカレルヨ)の神の御心と、下代(タタレルヨ)の人間(ヒト)の心と、其位を隔(ヘタツ)の故なるへし。吾茲(ここ)に詞を詳(ツマヒラカニ)す。若(モン)百に一も法則(ノリ)に違(タカフ)ことあらは、未(マタ)花に一輪の莟(ツホミ)ありと免されを蒙らむ。
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記事更新日:2026/02/28