南井三鷹

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南井三鷹
@minaimitaka
「今ここ」から離脱する竹林のドン・キホーテ │ 文学・西洋+東洋思想・メディア論 │ スポーツ国籍コロンビア🇨🇴

南井三鷹’s posts

「絶対的な居場所」に「依存」した物言いをする人は、ナショナリストもリベラルも同じだ、というのが星野の問題意識。 リベラルがダメという話ではなく、「正しさ」への「依存」がダメという話。 批判されたと思うと、アレルギー的に反応して読解レベルが下がるのは、自分の「正しさ」への固執だよ。
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平野啓一郎 Keiichiro Hirano
@hiranok
僕は星野さんは友人だと思っていますが、敢えて書きます。星野さん自身の言動はその通りだったとして、だからと言って、「リベラルな思想は疑う余地のない正しさを備えていて、そのような考え方をする自分には否定されない尊厳がある、とリベラル層は思いたいのだ」云々の雑な話をどうして出来るんです
幻冬社plusの千葉雅也と國分功一郎との対談が【再掲】されているが、千葉が小説を侮辱した例の箇所が密かに【一部削除】されている。【再掲】と書いてあるが、これは嘘ではないのか。川端康成文学賞作家(笑)は不都合な事実を暗々裏に書き換える。 (オリジナルの対談が写真左、【再掲】が写真右)
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それは『メダリスト』主人公の内面モデルが、オタク前提で造形されていることが原因。 内面ベースが「セカイ系」だから、自己承認と世界一(金メダル)が直結するんだよ。
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杉田俊介@エフェメーレ
@sssugita
Replying to @sssugita
なんだろう、主人公の「動機」(の小ささ)と「目標」(の巨大さ)の解離に目眩がするというか…。オリンピックで金メダルを取らぬば埋められない自己信頼の低さや空虚っていささかツラすぎないか。人間関係や勉学は苦手なのかもしれないが裕福だし問題家庭でもないしトラウマがあるわけでもないし…
なぜか本棚映像に需要があるようなので、我が家の岩波文庫の本棚を見せてみる。ここはまだ整理されている方なので、ギリギリ見せられる。青の扱いが雑なのはどうにかしたいが、もう棚に空きがない。画龍点睛を欠く左上部は伊藤整『日本文壇史』で、講談社文芸文庫。
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西洋は自分たちでアラブに火種を作っておいて、こういう時にすぐイスラエル支持とか表明するのにはウンザリする。 イスラエルとパレスチナ国家の共存について語る中国の方が、この問題については中立的な意見だと思う。
娘にハラスメントした教師を「詰める」というポストに、娘への愛情はわかるがやりすぎだ、というポストに同意。 教師に抗議をするのは当然だが、 相手を「排除」することを目的とし、それが「正義の戦い」であるかのようにSNSで殊更に宣伝する人はどこか歪んでいる。 千葉や西川を思い出す。
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きーす
@keith00096
過去に小学生の娘の担任と校長を2人辞めさせていて、今度は中学生3年の新卒2年目の運動部顧問を激詰めすると。東大出身だかで正式な手続きなんかも得意で、多分、優秀な弁護士とかも友達で、動機は親の愛情なんだろうし、恐らく正義の行いなんだろうけど、お前、それ、戦う相手を間違ってないか? x.com/yamato_trombon…
僕は自分の完読主義が不自由で嫌なのだが、どうにも読みたい箇所だけを読む読書ができない。最近読破したこれらの本も、前半の記憶が薄れてきても読み続けた。ただ、完読によって「根気強く人の話に耳を傾ける力」や「軽薄な予断を慎む理性」は育まれると思う。
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ちなみに『メダリスト』の主人公の世界一への執着は、 原作漫画を見る限り、自己承認のショボい内面的動機より、作者の描画に現れる迫力によって説得力を与えられているように思う。 僕はアニメ版を見ていないが、そこを再現できなかったことが杉田のような感想を抱かせたのではないか。
千葉雅也の炎上などどうでもいいが、自分はAmazonレビュアーに対して抗議しろなどとフォロワーに呼びかけ、寄ってたかって暴力的な弾圧を行なった過去がありながら、こういう時だけ被害者ヅラをしているのは許せない。この自己愛モンスターを甘やかす大学というシステムの腐敗が問題だ。
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狙撃犯が右か左か知らんが、最近の東浩紀って、自分が左派と思われないように、左派言説の攻撃をしているんだね。 右左を超えた「メタに立ちたい」オタク的願望はわかるが、東の出自からして脱左派には無理がある。 「メタに立ちたい」動機しかなかったゼロ年代以降のフランス現代思想オタクの末路。
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安倍シンゾー🏺語録集
@RyMfegzBUFNoZ8k
東浩紀「左派による犯行だった!」 ↓ 犯人が筋金入りの右翼だと判明 ↓ 東浩紀「市民を怪物にしてしまうSNSと左派の言説が悪い」 とんでもねぇ話だなぁ!?これぇ!?
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自分が不注意な右折車を避けたことから、園児の列に突っ込んでしまったドライバー。自分だったら回避と減速をとっさに両方できるだろうか。自らが意図してやったわけでなくても、自分が引き起こした事態に何も感じないというわけにはいかない。人生は恐ろしい。
好きな作品が批判されることに耐えられない人は、その作品が好きなこと以上に、その作品が好きな他の人とつながっている気分に幸福を感じている。こういう人が本当にその作品を愛していると僕は思わない。誰が批判しようと、自分しか良さがわからなくても、その作品を好きでいるのが本当の愛だろう。
「嫌われたくない」から多数派と異なる自分の考えは言えない。そんな人がなぜ表現者になりたがるのか不思議だ。自分の考えをあらわにすれば、合わない人から嫌がられたり嫌われたりすることもある。それを引き受けてでも言うべきことだから表現する。それが本当だろう。
人は「絶望」が深いほど社会と折り合えない。 だから、「絶望」したくない人は中途半端に社会で「居場所」を求める。 「絶望」し、「居場所」がなくても、生きていく「強さ」を僕は求める。 (もちろん、それは権力に依存した強さの対極にある)
ポストモダン以降のオタク化のせいで、文学が「大人になれない自己愛病のシェルター」になってしまった。 苦闘して大人になっていく人は、日本「現代」文学に読む価値を認めないだろう。 海外の作品か、昔の日本文学を読むべきで、80年代以降の新刊文学などに手を出したら人生観が狭くなってしまう。
ガザ空爆後に村上春樹がエルサレム賞をもらいに行ってもだーれも批判しなかった国の人たちが、 大々的にマスコミが批判した昨年になって、反シオニスト活動に精を出しているのも僕は冷ややかに見ている。 たかがネットで「目覚めた」人が、その活動に無関心な人をバカにしたがるのは感心しない。
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福田裕彦 9歳720ヵ月
@YasuhikoFK
世界ではスタバもマックもボイコットされてがんがん収益が下がってる。日本?なーんも変わんない。スタバの外向きの席でコーヒー飲んでる人たちが冷血漢かバカに見えるし、マックのCM出てるタレントはただの守銭奴に見えるんだ、最近。
文学は社会と戦えるものでなくてはならない。安全なところ(メタ)に逃げて、自己満足的に書いたものを互いに承認し合う集団的慰安など、文学と呼ぶには弱すぎる。個として社会と対峙するのが文学の理想であって、その究極の形は自分自身の「聖書」だと僕は思っている。
真剣に価値のある文学作品を作ろうとする人と、社会に圧殺された自尊感情を既存メディアで名を売って取り戻そうとする人の住み分けが行われた方がいい。 もう既存メディアは後者の場でしかないので、前者の場が必要になる。 作者に奉仕する場ではなく、作品のための場がないと文学は窒息する。
文学を志すなら、誰もが他人が読みたがるものではなく、自分の内的な真実に基づく作品を発表するべきだ。この思いを込めて僕は次の原稿を書いている。
日本社会は、「都合の悪い現実」を圧力で否定するチキンレースに突入した。 問題を指摘する人々の言論は否定できても、「現実」そのものは否定できないので、最終的に崖から転落するのは目に見えている。 合理性に耐えられない精神の弱い人に社会の舵取りをさせるから、こういう巨大な無駄が生じる。
前も書いたが、日本人は本当にシステム批判ができない。 手段が何であれ勝てばいい、という強者依存の価値観があるのだろうが、 戦後は武力の国ではなくなったのだから、システムについての議論ができなければダメだ。 小選挙区制度や年金システムなど議論されるべきものが問題にもされていない。
アングロサクソンとカトリック国家は、ユダヤ=キリスト教の聖地エルサレムをイスラム教徒の手に渡さない、という現代の十字軍精神でイスラエルを支持している。 昔の十字軍も実際にはイスラム虐殺をしていたらしいし、あの野蛮宗教の連中は、異教徒の虐殺行為(原爆含む)をちっとも反省しない。
江口敬さんの写真展「二つの部屋」を妻と見てきた。 単なる写真の展示ではなく、空間全体で体験するスタイルになっていて、 写真を見ることで内省的な感覚が喚起されたのは新鮮だった。
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作品基盤をすでに共有している相手にしか表現が届かない、と思っているなら、それは表現者に力がないからだ。 というより、出版社が力不足の表現者で手っ取り早く稼ごうと思うからそうなる。 日本は非能力主義が大好きだが、幼稚園が最上の世界だと思っているんじゃないか。
「ジャンルにおいて」とか関係なく、ダメな作品はダメだという話。自分で「稚拙な俳句」だと思ってるならTwitterで味方をつけるようなセコいマネをしないでほしいものだ。しかし批判の可視化に耐えられない精神でも最近は詩人になれるんだね。
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最果タヒ(Tahi Saihate)
@tt_ss
Replying to @tt_ss
面白くないと思う人はそりゃいるだろうしすみません、と思う。私は書きたくて書いてそれを楽しいと思っており、しかし稚拙な俳句が世に大きめの声で出てしまうことがそのジャンルにおいてよくないことだと考える人ももちろんいるしそういう人にとっては一言直接言わなければならないと感じるんだろうな
自分のやりたいことをやって、みんなから賞賛される、 そんな欲望しかない人に文学が占拠されているので、文学は社会と戦うものではなくなってしまった。 もはや「ジャンル」としての文学というものは存在していない。 「戦える個人」の手に文学は託されている。
前田勉『江戸思想史の再構築』(2023年)がものすごい良書だったので、 その後に平凡社ライブラリーが『江戸の読書会』(2024年)『近世日本の支配思想』(2025年)を復刊したのは、目配りのきいた非常にいい仕事だと思う。
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