現場から

行方不明の吉川友梨さんが歩いた道 同年代の記者が見た地元の願い

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マハール有仁州
【動画】行方不明から23年、吉川友梨さんの足取りを同世代の記者がたどる=徳永猛城、伊藤進之介、マハール有仁州撮影
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 大阪府熊取町で23年前の5月20日、小学4年生だった吉川友梨さん(32)が下校途中に行方不明になった。

 大阪府警の専従班が事件として捜査を続けているが、居場所は今もわからない。

 姿が消える直前、友梨さんはどんな道を歩いていたのか。事件は地域にどう影響したのか。

 記者(29)がたどると、四半世紀近く経っても変わらずに、帰りを待つ人たちがいた。

 友梨さんが最後に目撃された地点や、連れ去られた可能性がある場所を同じ時間帯に歩き、現場の今を伝えます。記事後半にある動画本編では、同じ関西出身で同年代でもある記者が、事件に関する思いも語ります。

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《2003年5月20日午後2時40分ごろ、社会科見学の遠足を終えた友梨さんは、同級生の女児4人と一緒に熊取町立北小学校を出て、約1.8キロ離れた自宅に向かった》

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小学校に残るメッセージ

 「友梨がんばれ‼」

 小学校では、23年前に同級生らが無事を願い折り鶴を連ねてつくった「鶴文字」が今も書庫で大切に保管されている。

 玄関にはその写真が掲示され、児童らに受け継がれている。事件を風化させないためだ。

 放課後、校門から児童が次々と帰宅する光景は当時と変わらない。

 異なるのは、事件をきっかけに地域住民らで発足した「子ども見まもり隊」のボランティアが、登下校を見守っていることだ。

 「同じような事件を二度と起こさせない」。近くに住む野口正治さん(77)はそんな思いで11年前に隊員になった。

 近年は隊員の減少や高齢化が進むが、児童の安全と笑顔のため「体が動く間は続けたい」。黄色いビブスを着て、旗を持ち、通学路に立つ。

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 《学校を出た友梨さんは同級生らとともに住宅街を抜け、竹林や田畑が広がる道を通り、約1キロ離れた交差点まで歩いた。黄色のリュックに白いブラウスと紺のスカートの制服を着ていた》

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「希望は捨ててない」

 学校を出て700メートルほどは閑静な住宅街が続く。

 いくつかの家の前には「こども110番」と書かれた旗がある。不審者に遭遇した際の「駆け込み場所」の印だ。

 通学路沿いの地区で自治会長を務める梅田康雄さん(73)は、事件をきっかけに自宅前に旗を掲げ始めた。

 「この旗も、6代目か7代目でしょうね」。色あせた旗が、歳月を物語る。

 事件を経て、「町を挙げて子どもを第一に考える意識は確実に高まった」という。

 地域の祭りで、友梨さんの顔写真入りのティッシュ配りに取り組んだこともある。「無事に見つかってほしい。今でも希望は捨てていない」

 しばらく歩くと住宅街が途切れ、雑木林や田畑の中に家が点在する道に出る。その後、丘状の土地に家が集まる「七山地区」にさしかかった。

 友梨さんが住んでいた地区だ。

     ◇

「バイバイ」 途絶えた足取り

 《午後3時ごろ、友梨さんは…

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この記事を書いた人
マハール有仁州
大阪社会部|大阪府警担当
専門・関心分野
ナショナリズム、近代アジアの歴史・思想
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    西岡研介
    ノンフィクションライター
    視点

    行方不明になった女の子と同年代の記者たちが23年前の現場を歩く。こういった形の事件の掘り起こし方もある。そして一本の記事が、過去の事件を動かすこともある。この記事と特集が、そうなることを祈っている。

    2026年5月20日 17:06

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