ウクライナは「綱渡り」、支援中断懸念 筑波大教授・東野篤子氏
ロシアによるウクライナへの全面侵攻は、5年目に入っても終わりが見えない。ウクライナの現在地と今後の展開、日本が得られる教訓について、筑波大の東野篤子教授(国際政治)に聞いた。
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ウクライナが前線でロシアを押し戻す動きが出ているが、「耐えられていること」と「勝てていること」は別だ。
前線の兵士は長期間帰れず、動員数も劇的に増えているわけではない。
ずっと「綱渡り」が続いており、「支援しなくてもいいのでは」という風潮が広がることを懸念している。
トランプ米政権が和平に向けて役割を果たしてくれるとの期待は、いまや大きく後退した。外交面で米国が関与する「余白」は、限りなく少なくなったと見ている。
どのような終戦の形であれ、「理想的な終わり」は存在しない。失われた人命は戻ってこず、破壊された街の復興にも長い年月がかかる。
被害を広げないためには、ウクライナが極限まで国防上の体力をつけて、ロシアに「これ以上の継戦は完全に無駄だ」と認識させることがポイントになる。
そこに至るための決定打はない。少なくとも、欧州などの同志国がウクライナ支援をやめることがないという現実を、ロシアに理解させる必要がある。
日本では、ロシアからエネルギーを買い続けるとウクライナ攻撃のための資金へと転用されかねないという意識が、あまりにも欠如しているように思う。
ロシアの戦費調達能力を強めると、結果的にウクライナ人の苦しみを長引かせてしまう。そのことに意識を研ぎ澄ます必要がある。
ウクライナから得られる教訓もある。「国を守ること」と「日々の暮らし」はコインの裏表で、切り離すべきものではないことだ。
また、「軍事か外交か」ではなく「軍事も外交も」強化することが重要だということ。二者択一の議論から日本は脱却する必要がある。
さらに、日本では「ウクライナを支援することは正しい。ただ、もはや現実的ではない」といったような、「正しさの追求」と「冷徹に国益を重視する現実主義」を相反するものとしてとらえる論法も散見される。
だが、日本でされるべき問いは「国際社会でまた侵略が起きたら、日本の国益になるのか」だろう。
その答えは「侵略行為が繰り返されず、安定的で平和的な世界で生き残る方が、長期的には日本にとってはるかに低コストだ」というものになるはずだ。(聞き手・藤原学思)
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