脳の奥深くに潜み、見ないで光を感じる器官の謎
-第3の目とも言われる松果体と左右の目の関係-
研究の概要と奈良女子大学での研究
私が松果体の研究を開始したのは、自治医科大学にいた多分1985年当りであろうと思う。きっかけは、当時岡崎市、基礎生物学研究所にいた渡辺憲二さんの研究である。トリ胚の松果体に、横紋筋に分化する細胞やレンズ細胞に分化する細胞があり、その分化に必要な環境要因を調べておられた。私はその研究がきっかけで、動物の松果体の生理機能を知り、それが種によってずいぶん違うことを知った。特に、それまで網膜視細胞分化の研究をやっていたものだから、松果体の系統発生的な面白さに注目し、しばしば光受容能をもつ魚の松果体からそれをもたない哺乳類松果体に至る過程で一体どのような変化が起こったのか、文献を調べた。こうして、哺乳類以外の動物がもつ松果体の分化能の多様性と動物の脳内での分化特異性を調べることにした。また、魚類から哺乳類の進化の過程で、神経性・光受容性から内分泌性に劇的に機能が変化するのはなぜか、そこにはどのような発生のメカニズムがあるかに興味をもち、研究を始めた。
幸いなことに、研究を始めてすぐに(1986年前後)、ラット松果体細胞の分化能の発現が交感神経の神経伝達物質であるノルアドレナリンによって調節されているという観察を得て、いくつかの論文にまとめる事ができた。もともと中枢神経系として発生する器官が末梢神経の入力を受けることは他には見られないユニークな現象であり、この事が松果体の発生運命に関わったのではないかと考えたわけである。これは器官の発生運命を神経が支配していることを意味し、これらの論文は国際的にかなり注目された。その後もトリ胚の松果体細胞の多分化能性と調節について研究を進めた。この一連の研究で得られたアイデアというのは、松果体細胞は、もともと多能的であるが、入力する神経線維の支配によって、分化の方向性が決められると言う、非常にユニークな見方である。つまり、系統進化の過程で、神経支配が次第にシフトし、その結果として、光受容タイプから内分泌タイプに移行したというアイデアである。
奈良女子大では、受け入れる学生の数も限られており、このテーマを卒業研究で実施することはなかったが、外部の研究者を受入れ、また、ドイツのDarmstadt University of Technologyとの共同研究という形で松果体研究を継続した。国際的によく知られた松果体の研究者Chandana HaldarさんがインドBaranasi Hindu Universityから日本学術振興会の研究者として滞在し、ウズラ松果体細胞の分化について細胞培養下で検討した。また、基礎生物学研究所、山森哲夫さんの院生畑克介は、マウス松果体でCNTFが高いレベルで発現する事を見つけ、その意味を探るために、奈良女子大学で研究をおこなった。CNTFが、ノルアドレナリンと同様に細胞分化の特異性を決めることがわかり、これもたいへん面白い結果となって、論文に公表した。ただ、CNTFの生理学的な意味はまだ他にもありそうで、未だに松果体での特異的な発現の意味はよく分からないと思う。
荒木は、2003年からドイツダルムシュタット工科大のPaul Layerラボと共同研究を始め、松果体細胞の多分化能性を細胞の再凝集培養法で検討した。解離した松果体細胞を旋回培養することにより細胞凝集塊を形成させる。これによって高次構造形成能を知ることができる。このようにして、新生子ラット松果体細胞にも一定程度の高次構造(層構造)形成が可能なことを見つけた。最終的には、松果体細胞から網膜組織をつくることを目指したが、より詳細な条件検討が必要である。
本研究室の松果体研究の意義
松果体は、圧倒的に生理学的研究、生化学研究が多く、発生学研究は非常に少ない。しかも、ほとんどすべての発生学研究は、正常発生過程の記載学的研究である。発生学者から見て、この器官はそれほど興味をもつものではない。なぜなら、構造はシンプルで、形態形成と呼べるような、組織相互作用(誘導)を伴う大きな形態変化が見られないからである。その意味で、かなりプリミティブな器官であるとも言える。同じような光受容器でありながら、目と松果体はなぜかくも異なるのか?これがいつも私たちが抱いている疑問である。私たちがおこなった初期胚の電子顕微鏡による詳細な観察(自治医大・松原さん、嶋内淑恵、京都府立医大の医大生八幡らによるもの)と器官培養・胚内培養の研究を除いて初期発生の研究はないだろうと思う。私たちの詳細な観察と、実験研究の結果から、松果体原基と表皮間の相互作用が欠如することに意味があると考えることもできる。目の場合は逆にこの相互作用が大きな意味をもつ。これともう一つ、眼胞発生の項で述べた、背と腹のシグナルの相互作用である。松果体は背側シグナルにどっぷりと浸かっている。今後これらの問題を再度調べることにより、松果体の系統進化の問題に迫れると思う。その場合も、常に目の問題を捉えておく必要があるだろう。
私たちの研究は、松果体細胞の多分化能性を通して、器官の発生に、全く別の意味を与えたと言う点で、非常にユニークであると自負している。下等な動物の松果体は、時に、第3の目と呼ばれることがあるが、これは正しい言い方ではなく、目もどきと呼ぶのが正しい。目の形成は、最初のテーマで述べたような、一連の組織相互作用の結果生まれるものである。その点、松果体の発生には、組織相互作用と呼べる現象はまだ明確でない。こういった発生学上の問題を多々残していることからも、謎の器官と言うことができよう。過去調べた限りでは、私たちのグループを除いて、松果体の発生メカニズムの研究は(ほぼ)無かったと思っている。松果体発生過程で、転写因子の遺伝子発現パターンの情報は次第に増えているので、今後は松果体発生の遺伝子レベルの理解が深まるとは思うが、それだけでは不十分であり、まだまだ細胞や組織レベルの発生学的研究が必要である。
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