『今の俺たちは、何の後ろ盾もない異邦のルグニカ人……帝国で歓迎される立場じゃないってことは、空気の読めなさに定評のある俺でもわかるぜ』
『どうするんです? ただ列に並んでもダメ、なんですよね』
『分かってる、何も無策でボケっと行列を眺めてるわけじゃない。ちゃんと考えがあるんだ』
『平然と嘘をついて、人として恥ずかしくないんですか?』
『少しは信じる姿勢を見せよう!? ノータイムで嘘判断は早計だよ!?』
『ナツキ・スバル、百八の特技――『他力本願』の本領発揮だ』
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「──ここの会話は覚えがあります。だから、スバルくんが傷つけられることはない……はず、です」
「やけに自信なさげやね」
「この空間では、記憶が朧気なんです。レムとしたことが、スバルくんと過ごした時間を忘れるなんて、一生の不覚ですが……」
レムの言葉に軽く返答をしてくるハリベルに、レムは悔しそうにそう返す。
「これ以上スバルくんに酷いことをしていたら、レムは私を許せそうにありません……」
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『どうだ、驚いたか?』
『それは……はい、驚きました。行列でもそうでしたが……こんなに人がいるのも、ちゃんとした街を見るのも初めてですから』
『あ、それもそうか。レムにとっちゃ、まともな人里は初めてなんだよな。あれなら、ちょっと見て回ったりするか?』
『――。いいえ、結構です。余計な時間を取らせたくありませんから』
『お前のためなら、余計なことなんて特にないんだが……レムがいなきゃ、フロップさんたちとうまくやれなかったんだ。少しぐらい、わがまま言ってくれてもいいんだぜ』
『……そのフロップさんたちをお待たせするのがよくないと言っているんです。ただでさえ甘えすぎているのに、これ以上の借りを作るんですか?』
『う……そう言われると、それは、はい、すみません……』
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「フロップ……ああ、あの男かしら」
ベアトリスが、思い出したように頷く。
「ベアトリスちゃん、フロップさんってだあれ?」
菜穂子がベアトリスの顔を覗き込み、首を傾げて聞く。
「──多分、今までの流れ的に、すぐ会うことになると思う……のよ」
「流れ……?」
ベアトリスの言葉に、菜穂子が余計に首を傾げる。
「バッスーのお母様! これはつまりですね、僕や閣下、あそこのお嬢さんのように、バッスーの人生に関わった人間が数多く召喚されているこの空間! そして、今から出てくるであろう兄妹も、バッスーの人生に深く関わっています! つまり! 彼らもこの空間に召喚されることは必然とも言えます!」
「なるほど、そういう事なのねぇ」
「うだうだと話が長いやつかしら……スバルの母とはベティーが話すからお前は黙っているかしら」
「え! 嫌です! 僕もバッスーのお母様と話したいので!」
「あらあら、ふたりとも元気いっぱいねぇ」
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『やあやあやあ、お待たせしたね。積み荷の確認に時間を取られてしまってねえ。まったく、お役人の仕事には困ったものだよ』
『すみません、フロップさん。ついでの俺たちの方が先に通してもらって』
『いいや、構いはしないとも。積み荷の検品なんて退屈な仕事さ。わざわざ付き合うほど見応えのあるものじゃぁないからね』
『それにしても、本当に見返りはこの背負子でよかったのか? 確かに多少工夫しちゃいるけど、手作り感半端ないぜ?』
『素朴さは否めないがね。しかし、組み立て式であることと、持ち運びのために工夫された仕組みが興味をそそった。重い荷物の運搬にも役立つだろう?』
『……まぁ、フロップさんがそれでいいならいいんだけども』
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「──ここまで平穏だと、逆に酷いことが起きそうね」
ラムが、顔色を変えず、しかし嫌な予感がすると言いたげに眉をひそめてそう呟いた。
「そうですわね。思い違いならいいですけれど……」
「──どうであれ、起こったことは変わらないわ。ラムたちがするべきなのは、それを見届けることよ」
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『そのですね、レムさん? 怒ってらっしゃいます?』
『は? どうして私が怒ると? 心当たりでもあるんですか?』
『いや、設定上とはいえ、俺と夫婦という話は不本意なのではないかと……』
『俺とレムが夫婦で、こいつはレムの姉さんの子どもを預かってるって話……』
『私に姉がいると、そう教えたのはあなたでしょう。双子という話でしたから、こんなに大きな子がいるとは思えませんが……そこは目をつぶります』
『どうして、あんなところで返事に困ったんですか? 普段から、もっと適当なことをあれこれとまくし立てているじゃないですか』
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「ほんとに仲悪いですね!」
「──好きでこうなわけじゃありません」
セシルスの歯に衣着せぬ言い方に、レムが苛立ちながら短く言葉を切る。
「まあ仕方ありませんよ、バッスーって僕に似て結構好き嫌いが分かれる性格してますから!」
「あの人とあなたを一緒にしないでください。スバルくんはあなたのように苛立つことばかりは言いません」
「それにしては画面の中のお嬢さんはイライラしてますけどね!」
「─────アベルさん、この方を少し黙らせてくれませんか」
「無理だ」
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『自分でも驚いたんだけど、嘘って見抜かれた瞬間、ものすごい体が緊張したんだよ。もしかしたら、野営地で迂闊なこと言ったせいで肩をグサッとやられたのがトラウマになってんのかもしれない』
『あ……』
『下手な受け答えしたら、フロップさんたちが豹変するんじゃないかって思ってさ。情けない話だけど、それで思考が止まっちまった。悪い』
『――。事情はわかりました。仕方ないと思います』
『……本当に? あんなヘマしたのに?』
『誰でも、痛い思いをすれば体は強張るものです。少なくとも、私はそう思いますから』
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「──良かった、レムが分かってくれて」
「──先程までのレムを思えば仕方がありませんが、私はそこまで厳しくないですよ。トラウマを抱える人に辛く当たるほど、酷い性格じゃないです」
「そうよね、それは分かってるんだけど……これ以上言われたら、スバル、すごーく傷つきそうだったから……その前に、レムが優しくしてくれてよかったなって」
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『おやおや、旦那くん。ずいぶんとふやけているじゃないかね。結構、結構!』
『あー、すみません。何から何まで世話になって……』
『いいってことさぁ。君は知恵によって自らを守った。『帝国民は精強たれ』の教えは、武に依って立つものばかりじゃぁない』
『……そう言ってもらえると、気が楽になりますよ』
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「そうよ、スバルはすごーく悪知恵が回るじゃない。それってすごいことだと思うわ」
「──それって褒めてらっしゃいますの?」
「ええ、もちろん! スバルはスバルのやり方で私たちを助けてくれてる。……今は、それだけじゃなかったんだってこともわかってるけど」
エミリアが、そう、言葉を切って俯く。
「エミリア様……」
「──別にへこんではないのよ? でも、スバルの苦しみに気づいてあげられなかったことが、やっぱり、悔しいの」
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『いくら『他力本願』が俺の百八の特技でも、限度ってもんがあるぜ』
『なに、おんぶにだっこにならなければ、他者を頼るのは誤りではないと思うがね。僕と妹は二人旅だが、お互いに足りないところを補い合っている。そうでなければ、僕も妹もそれぞれの弱点が理由であっさり死にかねない。それも帝国流だ』
『帝国流……』
『皆が皆、武張った生き方や在り方に適応できるわけじゃない。重要なのは、与えられた枠組みの中、自分の折り合いをつけることだとも』
『折り合いをつける、ですか』
『さっきも言ったが、僕と妹は一個人として見た場合、なかなか弱点の多い存在だ。だが、二人で力を合わせたら、弱点を隠してちょっとしたものとなる。事実、今日まで僕や妹が生きてこられたのは、それが勝因と言えるだろう。覚えておきたまえ、旦那くん。僕や妹、君や奥さんが今日まで生きてこられたのは、挑まれた戦いに全勝してきたためだ。――どうだね、僕も帝国の男だろう?』
『そんな絶望的なことばっかりじゃない、ってことか』
『そうは言っても、大抵の人の帝国流は腕力のことを語る場合が多いがね! 僕のこの考えも、弱虫の羽音と笑われるものだ。決して一般的ではないとも。だからこそ、その腕前に値段を付けるという考えも成り立つ。僕が旦那くんに紹介するようにね』
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「──弱点を補う……そう、それは大切な事ね」
「──姉様……」
「ラムはレムの弱点を補うわ。だって、ラムはレムの姉様なのだから」
「──レムも、姉様の弱点を補ってみせます」
「──そう、ありがたいわ。ありがとう、レム」
ラムとレムが手を結び、和やかに微笑む。
「ラムとレム、すごーく仲良しね!」
「仲がいいのはいいことなのよ」
「そうねえ、イライラしてるよりはよっぽど良いわあ」
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『なんにせよ、道中は少しでも安全策を取った方がいい。……ここだけの話、帝都の方が色々と騒がしいようでね。それが飛び火しないとも限らない』
『……ちなみに、それって皇帝となんか関係あったり?』
『火種で済んでいたのが、皇帝閣下の手腕だとも。今代の閣下が皇帝に即位されたのは七年か八年前だが、それ以前はもっと帝国は荒れていた。今回の騒動も、閣下が直々に指揮を執っておられる。またすぐに、火種の燻る我らが故郷が戻ってくることになるだろう』
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「──そうですね。最も、危ないのは皇帝ではなく、末端の方だったようですが」
そう、レムが言葉を切り、そして、
「──セシルスさん、先程の言葉を覚えていますか?」
「え? えーっと……僕や閣下、あそこのお嬢さんのように、バッスーの人生に関わった人間が数多く召喚されているこの空間。そして、今から出てくるであろう兄妹も、バッスーの人生に深く関わっている。つまり、彼らもこの空間に召喚されることは必然とも言える……ですか?」
「はい、それです。それに照らし合わせれば……」
レムが、嫌そうに顔を顰め、
「──彼……トッドさんがここに来るということは、ありませんよね?」
レムの言葉に、エミリアが瞳を見開き、菜穂子が顔を青くする。
「そんなことになったら大変ですね!」
「そうですね、ここでは魔法も……」
「手加減できるかどうか……」
「攻撃するつもりですか?」
「相手が攻撃してきたら、そうなりますね!」
「──本当に、あなたと話すのは疲れますね」
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『アベルの奴が本当に皇帝なら、声明を発表したのはあいつ……? アベルがただのイカレ野郎って線も、一応気に留めとくとしよう』
『――旦那くん、しかめっ面はいけないよ。笑顔と余裕のないものの下には、幸運は訪れない。これから、旦那くんは自分たちの旅の同行者を探すんだろう? だったら、良縁を探さなくては』
『それは……』
『だったら、眉間の皺は消して、口の端を緩めて余裕を演出する。それが、できる男の嗜みというものだよ』
『ああ、忘れてたぜ。ただでさえ、俺は目つきが悪いんだから、せめて雰囲気だけでも柔らかくしとかなくちゃだよな』
『すまない! 僕の力では君の目つきまではどうしようもないんだ!』
『そんな本気に受け取らないで大丈夫だよ! 親からもらったもんだから、実は言うほど気にしてないし!』
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「閣下がただのイカレ野郎とは! バッスー、面白いことを言いますね!」
「昴……そんなふうに言ってくれてお母さん嬉しい……」
セシルスと菜穂子が、別方向で感情を膨らませているところに、レムが口を挟む。
「スバルくんのお母様、万が一トッドさんがこの部屋に来た場合、レムの後ろに隠れてくださいね。何があっても守ってみせますので」
「でも、レムちゃんも危ないんじゃない? 足、大丈夫なの?」
「──この部屋では、足が普通に動くんです。恐らく、この時とは肉体が違うのかと」
「そう……でも、子供に危ないことはさせられないわ。大丈夫、ハリベルさんに守ってもらうから」
「ああ、僕? ええよ、面白そうやし」
「軽いですね……スバルくんのお母様がそれでいいなら、レムからは何も言いませんが……」
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『これが大人数なら、護衛もドンと数を雇うべきだが、旦那くんと奥さん、それに姪っ子ちゃんの三人だけとなると、大所帯というわけにもいかないだろう。さすがに、グァラルの外までは僕と妹もついていけないのでね!』
『おおい、旦那くん? 大丈夫かい?』
『なぁ、フロップさん、ちょっとミディアムさんと二人に頼みたいことが――』
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──そこで、だった。
「──あ、」
スクリーンが不意に消え、スピーカーから、音の予兆が鳴り出していた。
「──なに、」
『────』
スピーカーは、何も喋らなかった。
ただ、何か言いたげな吐息だけが微かに聞こえて、
「──! 後ろ、誰かいるわ!」
エミリアがそう叫んだのと同時に、レムの体には、
「────万が一」
警戒心が、迸っていた。