『聞けば、森を彷徨っていたところを罠にかかったらしいぞ。獣を獲るための罠に人間がかかったと、集落の連中が騒ぎ立てていた』
『――『シュドラクの民』?』
『ほう、知っていたか。まぁ、貴様のその見苦しい在り様を見れば、たったの一日でさぞかし苦難を背負い込んだのだろうよ。はぐれた女は見つかったのか?』
『……あぁ、おかげさまでな』
────────────────────
「スバルくん……! ご無事でよかったです!」
レムが、なんとか命を繋いだスバルを見て、安心したように頬を緩める。
そしてそれを見て、
「安心するのはまだ早いと思いますわ。この森の中……先程の頭の螺が外れた方から狙われているという事実は変わりませんもの」
そう、フレデリカに諌められる。
「──そうですね。スバルくんなら大丈夫だと思いたいですが……トッドさんは、きっと、これからもスバルくんを狙うでしょうから」
レムが、青髪の後ろから薄青色の瞳を決意に光らせ、拳を握る。
「──スバルくん……」
────────────────────
『──これ、肩とか背中の傷、手当てしてくれてるのか?』
『ふん、手当てがなければそのまま死にかねん有様だったからな。連中も、貴様の扱いには困ったのだろうよ。俺同様、どうするのが正解なのかとな』
『しま……俺がここに連れてこられて、どのぐらい経った!?』
『――。そうさな、二時間といったところか。言っておくが、俺からくれてやる十分な温情だぞ。思うところがなければ、もっと早くに起こして――』
『なんで、もっと早く起こしてくれなかったんだ!』
『────』
────────────────────
「──スバル、アベルはスバルの怪我を心配して寝かせてくれてたのよ。なのに、そんな言い方したらダメ。でも、レムのことは、本当に早く助けに行かなきゃ……レムは強いけど、足があんまり動かないんだものね」
「誤解をするな、心配して寝かせたわけではない」
「うん、でも、スバルの怪我を見て寝かせてくれてたのよね。ありがとう、アベル」
エミリアが、絵画も顔負けの美しさでにこりと微笑むものだから、流石のアベルも不満そうな顔をしながら口を閉ざしていた。
ヴォラキア的精神を持っていながらも、常識人寄りの彼は、本当に苦労をする気質だ。
────────────────────
『帝国の陣地に、レムを置いてきちまった……森で魔獣とぶつけた帝国兵たちが陣地に戻る前に、俺も戻らねぇとレムが……』
『――あ、ウーに気付いタ』
『な……』
『ミーに教えなキャ』
『今のは……』
『『シュドラクの民』の娘だ。好奇心が強いのだろうよ。俺が一人でいたときも、何度かやってきては中を覗いていた。やれ顔を見せろ、覆面を剥げとうるさいことこの上なくてな……』
『掴みどころのない男だ。いずれにせよ、喚き散らすのはよすがいい。ここでは黙らせるにも面倒が多い。無駄に体力も浪費する。いちいち叫ばずとも――』
『叫ばなくても……?』
『――向こうから、話を聞きにやってくる。そら』
『目覚めたようだナ。――お前たちは、いったい何者なのダ?』
────────────────────
「──真っ先にレムを心配したわね。いいことよ。でも、まずは自分の心配をした方がいいんじゃないの? ラムから見ても、今のバルスは絶体絶命よ」
ラムが、一切の贔屓もなしにそう言い放つ。
レムとルイがあんなに近くで敵陣に置かれているのは、ラムとしても眉を顰めるべき事態だが、レムはラムに似て、聡明で戦闘力が高い。
スバルが想定しているような最悪の事態は、そう簡単には起きないだろう。
「──バルスも、もう少し身の置き方を考えなさい。レムが悲しむわ」
────────────────────
『お前じゃなく、お前たち……?』
『つまらぬところに引っかかるな。貴様と俺とは見知った仲だと、そう奴らに告げたのは俺だ。問いかけも、それが理由に過ぎん』
『おま……っ! 見知った仲って……そこまでじゃねぇだろ!?』
『嘘はついていない。俺も貴様も、互いを見れば知った相手とわかる。見知った相手と呼ぶのに、それ以上の何がいる?』
『め、めちゃくちゃな論調……』
────────────────────
「──顔見知りって、ことなのよね? それなら、昴とアベルくんは顔見知りね。アベルくんは昴を助けてくれたし……」
「──顔見知りって呼ぶには、殺伐としすぎてる気もするけどネ……」
菜穂子がアベルの論調に頷くのを尻目に、フェリスは呆れたような顔で笑った。
────────────────────
『おい、こそこそと何を話していル。質問に答えロ』
『あー、あー、俺の名前はナツキ・スバルだ。見ての通り、哀れで惨めなボロボロの迷子! それから、後ろの奴は……ええと?』
『――アベルだ』
『そう、アベル! 覆面被ってて顔も隠してる上に性格も傲岸不遜の嫌な奴だが、道に迷ってる相手にナイフをプレゼントしてくれるところもある、その意外性がもたらすギャップで何人も女の子を泣かせてきたプレイボーイ、そんなところで自己紹介どうぞ!』
『お、おお……? 私はミゼルダだガ……』
────────────────────
「あはは、さすがバッスーです! 閣下をプレイボーイと形容するとは! いえ、閣下はどちらかと言うと真逆ですがね!」
「なぜそんなに楽しそうなんだ貴様」
「いやあ、バッスーのこういう思いもよらない言動は本当に見ていて飽きません!」
聞いているのは厳密にはそこではないのだが、詰めてもセシルスから答えは引き出せないだろう。
アベルはそうそうに諦め、スクリーンに目を戻した。
────────────────────
『聞いてくれ、ミゼルダさん、それにシュドラクのみんな! 知ってるかもしれないが、この森の外に帝国の兵隊が陣地を作ってる。そこには俺の大事な女の子が捕まってて、今すぐ戻らないと危ないんだ! だから、俺を解放してくれ! それから、兵隊は『シュドラクの民』を目的にしてる。話し合えればいいって言ってるが、最悪、戦いになるのも覚悟の上って構えだ。もしあれなら、俺が……悪い、今の発言は訂正する。兵隊がシュドラクのみんなを狙ってるのは本当だ。かなりの人数で陣を張ってるから、戦っても……』
『――我らが負けるというのカ?』
『あ……』
『ヴォラキアの兵隊がきているのは知っていル。だが、奴らと我らとの間には古き約定があるのダ。争いになどならなイ』
────────────────────
「──スバル……」
ベアトリスが、スバルを心配そうな目で見つめる。
ベアトリスは、いつだって心の底からスバルの味方だが、この交渉では、彼女の心は動かせない。
それは、何となくわかってしまっていた。
「でも、スバルは悪くないのよ。悪いのは全部、スバルを帝国になんて飛ばしたやつかしら」
そうでなければ、スバルがレムに首を絞められ、指を折られることもなかった。
「だから、自分を責めたりしないで欲しいのよ。スバル」
────────────────────
『ずいぶんと、無様な交渉があったものよな』
『俺が無様なら、あんたの方は無だったじゃねぇか。そもそも、俺はあんたに言ったはずだよな? 危ない奴がいるから森に入るなって』
『そうであったな。あの意見は指針になった。礼を言っておこう』
『言われても捕まってるじゃねぇか。俺は無力感でいっぱいだよ。……クソ、どっか緩んでるところとかねぇのか』
────────────────────
「──無力感、ねえ……この状況で良心の呵責を起こすなんて、お兄さんは本当にどうしようもない人だわあ」
メィリィが手厳しく評価する。
が、言い草とは裏腹に、表情には心配の色が色濃く映っていた。
「全くだッぜ。大将がそんッな風に思うことねェのによォ……」
「生まれついての気質ですかね……お人好しにも程がありますよ」
────────────────────
『無駄だとわからぬのか? 貴様の力で、ましてや負傷した身で抜ける余地を残すほど間抜けな連中ではない。たかだか女のために、どうしてそこまでする?』
『あの子が、俺にとってたかだかなんて言葉じゃ片付かねぇ女の子だからだよ。代わりなんてどこにもいねぇ。レムは、レムだけなんだ。あんたこそ、そこで俺のやることにケチつけてるばっかりでいいのかよ。なんでこんなとこにいるのか知らねぇけど、捕まってはい終わりってだけなのか? そんなとこで冷たい土の上に座って、あんたは何がしてぇんだよ』
『──機を待っていただけだ』
『心して答えるがいい、ナツキ・スバル。――貴様は、自分が救いたいもののために、全てを犠牲にする覚悟はあるか?』
『――そんな覚悟はない。俺が差し出せるのは、俺だけだ。――それだけなら、全部賭けられる』
────────────────────
「──それだけでも、差し出せるのがすごいんやけどねえ。全く、自己評価が低い子や。……いや、他者への評価が高いんかな?」
ハリベルが、やや楽しそうにそう口にする。
それを、斜め前から身を乗り出してきたセシルスが、
「そこがバッスーの面白いところですよね! こう、心に刺さることをピンポイントで言ってくるというか……詐欺師みたいな感じが!」
「その例え方はどうなん?」
────────────────────
『猪口才な答えをする。業腹な道化め。だが、貴様は嘘偽りを述べなかった。ならば、焼かずにおくとしよう。ならば、話は早い。――そこな娘』
『うきゃんっ!?』
『逃げれば機を損なうぞ、娘。それは貴様の本意ではなかろう』
『う……ミーは、男の話は聞くなっテ。でも、ウーは気になル。お前、気になル』
『……俺?』
『さっき、お前、一生懸命だっタ。ウーたち、危なイ。でも、ミーは聞かなイ』
『あ……』
『どうしテ、あんなに一生懸命だっタ? お前、ウーたちと関係なイ』
『……君に、あの顔をしてほしくないんだと思う』
『──?』
『あんな、憎悪で濁った、敵を睨まなきゃいけない思いをしてほしくないんだよ。俺が、一生懸命頑張る意味は、そこにあると思うんだ』
『……ウー、わからなイ』
『――気は済んだか? 長話をする余裕がないのは、俺も貴様も同じはずだな』
『……あ、ああ、悪い』
『娘、だらだらと貴様と話すつもりはない。先ほどの、ミゼルダといったか。あのものを連れてくるがいい。あれが族長であろう』
『ミー? ミーと、何を話ス?』
『大したことはない。ただ、提案したいことがあるだけだ』
『提案?』
『――『血命の儀』を受けると伝えよ。奴らを説得するのに、最も手っ取り早い方法だ』
────────────────────
「私も、そう思うわ。誰かを殺すのは、すごーく良くないことだもの。そうしなくて済むなら、しない方がいいから」
エミリアが、紫紺の瞳に睫毛の影を落とし、儚げな表情を浮かべる。
そして、桃色に染まる唇を軽く噛み、視線をスクリーンへともどした。
◇◇◇
「──さすが、スバルくんですね」
レムが、愛おしそうに微笑む。
自分に殺意を向けた少女を、命を奪ってきた相手を、スバルはそんな風になって欲しくないと願い、その祈りのために行動する。
それはきっと、レムに対しても幾度となく向けられた祈りだったのだろう。
「──レムは、信じています。今度こそ、あの人を守り切れる自分になると」
薄青色の瞳が、強い意志を反射していた。
◇◇◇
「いやー、バッスーの自己犠牲は根強いものですね! 僕個人としては、バッスーのそういうところは長所でもあり短所でもあると考えますが、そういう所に惹かれたのもまた事実……とすれば、バッスーの行く末を見守りたいところです! まあ、正直閣下とバッスーじゃ分が悪いですけど、何とかなりますよね! バッスーなら! 閣下はどう思いますか?」
「──話が長い」
────────────────────
『――『血命の儀』ってのは、なんなんだ?』
『誇りや約定の価値を高く見積もるシュドラクの民にとって、決して無視できぬ習わしの一つだ。詳しくは奴らの方から話してくれよう。それよりも、聞かせてもらおう。森の外の陣地で捕虜になったと話していたな。待遇は?』
『……肩と背中の傷がその功績だよ。あとは、雑用もさせられた』
『ふむ、指のことに触れぬところを見るに、それは別件か。さては追っていた女にやられたな』
『うぐ……それが、何の関係があんだよ』
『貴様が、指を折るような女に懸想する馬鹿だという証にはなる』
『ウタカタから聞いタ。お前たちが『血命の儀』を受けると言ったト』
────────────────────
「──あの人は馬鹿ではありません。あの人の指を折ってしまった、レムが馬鹿だったんです」
レムが、スバルの痛ましい指を見て、悔しそうに顔を顰める。
そして、アベルの方へと顔を向け、
「──スバルくんは素敵な人です」
「────」
そう、圧をかけるように言うものだから、アベルは面倒くさそうに眉を顰め、
「──そうか」
そう、短く呟いた。
────────────────────
『いったい、どこで『血命の儀』のことを知っタ? それは我々、シュドラクの間にだけ伝わっている儀式のはずダ』
『笑わせるな、シュドラクの若き長よ。今の世で、貴様らの言い伝えが誰にも知られていないなどと本気で思っているのか? 人間が二人いれば秘密は漏れる。自分たちの結束が一枚岩だなどと、絵空事を望むのはやめるがいい』
『盛り上がってるところ悪いんだけど、『血命の儀』について教えてもらえないか? たぶんそれ、俺にも無関係じゃないんだよな?』
『……何故、お前はそう思ウ?』
『いや、さっきこっちの覆面野郎に脅されたんだよ。何もかも犠牲にできるかどうかみたいな感じで。できるわけねぇだろってのが俺の答えだったんだけど』
『ならバ……』
『俺が賭けられるのは俺だけだよ。ちょっと自分の影響力をでかく見積もりすぎだろ』
────────────────────
「バッスー、いいですね! 僕の好きなバッスーに戻ってきた感じがあります!」
「──影響力、ね……」
セシルスがハイテンションで騒ぐ斜め後ろから、フェリスが小さく零す。
「──要は、自分の命だけは賭けるってことでしょ。命を無駄にするのとは、また違うみたいだけど」
だが、フェリスに言わせてみれば、スバルのそれは生き急いでいると言わざるを得ない。
それ以外に方法がないのだから、それを責めるのも酷だと理解はしているが。
「──ほんと、見てて嫌になっちゃう」
フェリスが短く言葉を切るのを知ってか知らずか、セシルスはその間も囂しい喋りを披露していた。
「閣下のことを覆面野郎と形容するとは! いえ、確かにこの姿は僕としても例え死んでもなりたくないほどにセンスを疑うものなのですが、それにしても、真正面からそれを指摘できるバッスーの肝の座り具合は凄いですね! いえ、この姿にセンスがないのは本当なんですが!」
────────────────────
『でも、アベルの言う通り、俺もミゼルダさんたちに話を聞いてもらわなくちゃ困る。さっきの話の繰り返しになっちまうが、何度でも言わせてもらう。最悪、俺は俺の大事なモノを守るために、せめて出してもらわなきゃ困るんだよ』
『……なるほどナ。どうやら、『血命の儀』を受ける資格はあるようダ』
『姉上! 本気なのですカ? こんな男たちの話を真に受けテ……』
『真に受けたわけじゃないサ、タリッタ。ただ、打ち捨てるには惜しいと思っただけダ』
『姉上……』
────────────────────
「でもお、お兄さんは怪我だらけなわけでしょお? ちょっと分が悪いんじゃないかしらあ」
「そうね。多分、戦う儀式だと思うけど、アベルもスバルも戦う人じゃないもの。考える……軍師? ってやつよね」
「まあ、お兄さんなら何とかするんでしょうけどお」
メィリィが深く腰掛け、スクリーンを下目に見ると、
「──大変な人よねえ、お兄さん」
────────────────────
『『血命の儀』について聞いたナ。それは我らシュドラクに古くから伝わル、一族へと己を認めさせるための儀式ダ。成人の儀と言ってもいイ』
『……やるよ。他に方法がないんなら、その儀式を受けて話を聞いてもらう。ただし、何日もかかるような儀式じゃ困るんだが』
『そうだナ。我々もそれは望まなイ。それならバ……』
『姉上、だったラ、エルギーナがよいのでハ?』
『それがいイ。『血命の儀』ハ、それが行われるときに最も大きな困難が選ばれル』
『最も大きな困難……それが』
『──エルギーナ』
『俺も貴様も、後戻りすることはできん。覚悟はよいな?』
『勝手に話を進めたくせに、偉そうじゃねぇか。お前、俺に貸しを作ってるからって、やりたい放題が過ぎるだろ……』
『アベルとナツキ・スバル、お前たち二人ヲ、エルギーナの下へ連れてゆク。見事、『血命の儀』を遂げられるカ、証明してみヨ!』
────────────────────
「おーっ! 頑張ってくださいバッスーと閣下ー!」
セシルスが握った拳を宙へと浮かせ、楽しそうにはしゃぐ。
「囂しいぞセシルス」
「いやー、面白くなってきましたよね! 先程までは退屈だったので半分寝てたんですが!」
セシルスの言い様にアベルは顔を顰めるが、仕方ないと受け流し前を向く。
「今のは聞き捨てなりませんねセシルスさん。スバルくんの頑張りを見逃さないでください」
「えー、だってずっと座ってるとしんどいんですよー。僕がこれだけ大人しくしてるのは奇跡ですよ? バッスーが出てるからギリギリ耐えてあげてるだけで、本当は走り回りたいんです」
「子供ですかあなたは」
レムが、セシルスの言葉に眉を顰め、頭が痛そうに瞑目する。
そして、
「──頑張ってください、スバルくん」
────────────────────
『時に、だ。貴様は今のうちに逃げ出そうとは思わないのか?』
『そういう、妙な誘惑かけるのやめてくれねぇか。考えなくはないけど、やらねぇよ』
『ほう、何故だ? 今ならば、あの牢の中にいたときよりも逃げ場はあろう。うまく隙を作れば、シュドラクの目を掻い潜れるやもしれんぞ』
『そりゃ、頭がカッとなってたときはそんな無謀にも走りかけたけど……』
『俺が逃げたら、あんたはいったいどうなるんだよ』
『――。なるほどな。つまり、貴様はそういう輩か。唾棄すべき、くだらぬ英雄願望』
『ここダ』
『見たとこ、穴の底ってわけじゃなさそうだが……ここが儀式の?』
────────────────────
「──両手を怪我しているスバルくんと、万全の状態のあの人たちとでは、分が悪いとわかっているでしょうに……変な誘導をするんですから」
レムが、呆れたようにそう口にする。
そして、
「英雄願望……それは、私にも原因がありますから。あの人のそれは、私が最後まで付き合います」
青髪の奥から、確かな決意を感じさせる瞳をのぞかせ、レムは短く言葉を切る。
「──どうかお怪我をなさらないでください。無理をしないでくださいね、スバルくん」
────────────────────
『ナツキ・スバル、両手はどれほど動く?』
『あ? 両手……見ての通りだよ。右手は上がらねぇし、左手も強くは握れない。もちろん、細かい作業も無理で……うお!?』
『マシな方の指に嵌めておけ! 時間がないぞ』
『こいつは?』
『魔を封じた指輪だ。使う前に口付けしておけ。限度はあるが、火を吐き出す』
『は? 魔? 口付け? いったい何を……』
『──くるぞ』
────────────────────
「便利な道具があるのね! でも、利き腕を怪我しちゃってたら、ムチも使えないわよね……すごーく大変じゃない?」
エミリアが、顎に細い指を当てながら、心配そうに眉を下げる。
そして、
「火を吐くって、どうやるのかしら?」
◇◇◇
「──スバル……」
ラインハルトが、短く言葉を切り、青い双眸に映るスバルの姿に心配そうな顔をする。
「──怪我をしないといいけれど……」
────────────────────
『さあ、戦うがいイ、戦士の証を立てヨ! シュドラクの、狩りの眼が見届けル!』
『接近できても、あの鱗を貫けるかは危ういな。鱗のない部位……目か口、あるいは鱗の薄い部位を狙わなくては攻撃が通らぬだろう』
『そのための隙を作らなくちゃ無理だろ。どうにかして……』
『その隙を貴様が作れ。何のために、俺と貴様の二人がかりだ?』
『言おうと思ってたけど、人に囮になれって言われんのムカつくなぁ……!』
『現状、魔獣はこちらを見失っている。指輪の炎で奴の注意を引け。その隙をつく』
────────────────────
「バッスーなら行けますって! それに、これくらいの相手ならちょっと殴れば行けますよ!」
自分基準の発言に、それを聞いていたフレデリカが呆れたように頭を押さえ、ため息を吐く。
それをさして気にもとめずにセシルスは続け、
「バッスー指輪似合いませんね!」
「セシルス、ちょっと黙っといてな?」
ハリベルに文句を言われていた。
────────────────────
『──ゴーア』
『胴体の鱗は抜けん。心の臓を貫くのが無理なら、目や口から脳を狙うか?』
『弱点は脳、ってのは生物共通の弱点だが……たぶん、それも難しい。なら、俺たちの狙う勝利条件は、もうちょぴっと上だ』
『──上』
『角を折れば、魔獣は折られた相手に服従する。――そこしかない』
『策は』
『さっきの提案通り。俺が囮、攻撃役は怪しい覆面男』
『怪しい? ここにいるのは高貴な覆面男だけだな』
────────────────────
「角……」
菜穂子が呟き、スクリーン内のエルギーナに目を凝らす。
「難しそうだけど、魔獣ならそれが一番みたいだもんね」
アベルの身体能力は分からないが、頑張って折ってもらうしかない。
「頑張ってね、アベルくん」
────────────────────
『かふっ……く、ぬかった……ッ。あの戯けもののようにはいかんか……』
『――ナツキ・スバル! おい、ナツキ・スバル! 立て! 今すぐ、立て! 立って、言うべきことがあろう! 女を、レムという女をどうする!』
『──ぁ』
『貴様の口から語れ! 貴様の望みを、俺の口が語ることはできん! 聞け、シュドラクの民よ! 見ての通りだ! 『血命の儀』を果たし、俺たちは戦士の証を立てた! ならば、同胞たる貴様らにはすべきことがあろう!』
『――あア、シュドラクの族長、ミゼルダが見届けタ! 戦士ヨ、我が同胞ヨ! 何を望ム! 何をしろと叫ブ!』
────────────────────
「ちょっと待ってください閣下! 僕を戯けものと言いましたか!」
「お前以外にいるはずがないのよ」
セシルスが叫ぶのをベアトリスが一蹴する。
「まあ、褒め言葉として受け取っておきますよ! 花形役者たるもの、登場しない場面でも回想されるものですから!」
「──本当にうるさくて辟易するかしら……」
「バッスーには負けますよ」
「スバルとお前を一緒にするんじゃないのよ!」
────────────────────
『答えろ、ナツキ・スバル。貴様の望みを語れ。貴様の全てを、絞り尽くせ』
『──ぉ』
『その閉じた瞼の裏に、己が欲するものを描け。己が望みを語れぬものに与えられるものなどない。――怠惰な豚に、くれてやる餌などないのだ!』
『れむ、を……』
『なんだ!!』
『た、すけて……』
『ああ、聞いたか、シュドラクの民よ。これが新たな同胞の願いだ。これは、己の命を賭けて証明したはずだ。己の望みを、見たものを、ならば!』
『皆まで言うナ。――我らには誇りモ、勇気もあル』
『――貴様は己の務めを果たした。女は任せるがいい』
────────────────────
「──よくやったわ。褒めてあげる」
ラムが短く言葉を切り、満足そうに微笑む。
「おォッ! 流石だッぜ大将!」
ガーフィールも興奮交じりに立ち上がり、スバルへの賛辞を送る。
「──レム」
ラムが、確かめるように口にする。
どんな意味が込められているのかは、本人にしか分からないが。
────────────────────
『おオ、スー、起きタ。元気になっテ、ウーも安心』
『――む。貴様、その右腕はどうした。あのおぞましい見た目はやめたのか?』
『洋ゲーのキャラクリ画面じゃねぇんだから、そんな自由度ねぇよ。……黒い部分は、引っ掻いたら綺麗に剥がれたんだよ。なぁ、ウタカタ』
『そうそウ。スーの右手、ボロボロ剥がれタ! 気持ち悪イ!』
『わかるけども!』
────────────────────
「──! スバルくん、腕が」
レムが瞳を見開き、驚きに表情を変える。
「奇跡的に噛み合わさった……? いえ、それよりも、怪我が酷い……あれを倒したのですから、当たり前ですけど」
両腕が使い物にならない状態で、スバルはレムを助けるために奮闘したのだ。
その事実を噛み締めるだけで、レムは頬が緩む。
「──にも関わらず、この時の私は……もう少し考えて動いて欲しいです」
レムが、自分への文句を口にする。
────────────────────
『いずれにせよ、元通りになったのなら構わぬ。まさか魔封石の指輪ごと殴りつけるとは思わなんだ。手首から先がなくなって、助からぬと思ったがな』
『ま、またまた、そんなこと言って。なくなったんなら、この右手はなんだよ』
『それがおぞましくも奇妙な事象よ。腕がなくなり、瀕死の貴様の言葉を吐き出させた。その後は死ぬものと思っていたが……貴様の手から、黒い澱みが溢れたのだ』
『よ、澱み……?』
『それが瞬く間に腕の形を取り、黒い腕となった。何があったのかと問うのであれば、貴様の方こそ何のつもりだと問い返さねばなるまいよ』
────────────────────
「──カペラの呪いが、いい感じに作用したってことなの? でも、今までだって、怪我は沢山してきたのに……」
エミリアが訝しげに顔を顰め、悩ましげな顔をする。
「──ううん、スバルが無事だったんだもの。まず喜ぶべきは、そこよね」
「うちもそう思うわ。ナツキくんが無茶を重ねてたんが、奇跡的に噛み合わさってくれたって、それくらいしか分からんもんね」
「そうよね、考えても仕方ないことは、考えない方がいいと思うもの」
────────────────────
『──レム。そうだ、レムだ! こうしちゃいられねぇ、レムを……』
『攻勢に回り、武器を奪い、薬品を焼いて、指揮官を穿つ。手指と頭を失えば、あとはなりふり構わず背を向けて逃げるしかない。――剣狼たるものが無様なものよ』
『こんな……っ』
『何を呆けている、ナツキ・スバル。貴様が望み、貴様がもたらした情報で以て、貴様の同胞たちが成し遂げた戦果だ。これを笑わず、何を笑う』
『俺が望んだだと? こんな、こんな光景をか!? 馬鹿を言うんじゃ……』
『――ならば、流血なく願いが叶うとでも思ったのか? 言い換えてやろう、ナツキ・スバル。――貴様は、自分自身以外の流血なしに願いが叶うとでも思っていたのか?』
────────────────────
「────」
ラムが、言葉を発さずに、表情だけを変える。
桃色の髪の奥から覗く、真っ直ぐな目が、その惨状を静かに見据えていた。
「──争いに巻き込まれた時点で、バルスは、レムを守るためにレム以外を切り捨てなければならなかったのよ。レム以外が血を流したところで、バルスが気にすることじゃないわ」
全てを救おうとするのは、言葉だけを聞くと綺麗なことだ。
ただ、スバルのしているそれは、自己犠牲という言葉が甘く聞こえるほどのものだ。
「──もっと上手く生きなさい、バルス」
そう、ラムが短く言葉を切る。
それを、横から聞いていたフレデリカは瞳を伏せ、
「──酷ですわ、あまりにも」
と、呟いた。
────────────────────
『ふざけた考えだ。愚かで度し難い思い込みだ。自分自身が血を流せば、争う第三者たちを止められるとでも本気で考えていたのか? それは貴様の掲げたくだらぬ英雄願望などよりなお性質の悪い、英雄幻想だ。貴様は人間だ、ナツキ・スバル。英雄でも賢者でもない。故に、貴様がいようと人は血を流し、命を落とし、奪ったり奪われたりを繰り返す。俺は英雄を望まぬ。奴らに縋り、頼り、委ねることなどない。あらゆるものを背負い、豊かな方へ進める。――英雄に、それはできん』
『――ヴィンセント・アベルクス』
『……は?』
『俺の名だ。少なくとも、再び玉座に座るまではこの名を名乗る。もっとも、今後もアベルの方で通すのが賢明だとは思うがな』
────────────────────
「僕も、バッスーを英雄だと感じたことはないですね! 特別でない凡庸なものだとも思いませんが! バッスーは非凡な星の元に生まれていると感じますから!」
うんうんと頷き、セシルスは自分の中で勝手に納得をしている。
事実、ナツキ・スバルという男は、セシルスのような美しい容姿も圧倒的な強さも持ち合わせてはいないが。
「バッスーのすごいところは、そういうのじゃないですからね! もっとこう……人を騙くらかす才能というか? 扇動する才ってやつですかね!」
「失礼な方ですね、スバルくんを詐欺師かのように言わないでください」
────────────────────
『陣の制圧は完了しタ。こちらの被害は最低限デ……おお? アベル、お前の顔を初めて見たガ、ずいぶんと色男……』
『──レム!』
『あなたは……』
『レム! よかった、お前は無事で……』
『あなたが、これをやらせたんですか! 最低です!』
『レム……』
『──っ、あなたはどこまでも』
────────────────────
「──スバルくんはレムのためにこんなに傷だらけになったというのに……いきなり張り手というのは……でも、状況が酷かったのも事実で……」
レムが、自らの矛盾に苛まれる。
スバルの気持ちを思えば、レムの行動は酷いものだ。
ただ、レムにも、レムなりの思考と気持ちがあった。
「言い訳がましいですが、決して私はあの人への悪印象だけで叩いたわけではない……です」
◇◇◇
「──怪我が酷いね。すぐに治癒しなければ、後遺症が残るかもしれない」
ラインハルトが、心配そうな顔で、そう呟く。
「──スバル……」
────────────────────
『……あなたは』
『……いや、左手はレムに折られたんだけどね?』
『そんなのわかっています! でも、それ以外にこんな傷……こんなの、死んでしまいますよ! すぐに治療しないと……』
『無駄ダ。スバルの傷は深ク、手当てしても治るものではなイ。今は精神力がもたせていたガ、それももうすぐ途切れるだろウ』
『途切れるって、そんな、急にどうして……!』
『――? 自分の女を取り戻したからに決まっていル』
『ミゼルダさん、言い方……』
『間違ったことを言ったカ? 同胞の最後の願いともなれバ、我々も全霊を尽くしタ。そうする価値がある男ダ、お前ハ』
『はは、恐悦至極……』
────────────────────
「──! スバル!!」
ベアトリスが、悲痛に声を荒らげる。
顔をあげることすら難しいスバルの姿は、ベアトリスの悲しみと怒りを誘発するのに十分だった。
「──スバル……これ以上、痛い思いをしないで欲しいかしら」
◇◇◇
「──レム女史は、今は魔法が使えないとのことだったが……それであれば、かなりまずい状況だな」
スバルの傷は、魔法を使ってもギリギリの状態だ。
魔法が使えなければ、救うことは叶わない。
「──スバル」
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『なんで、なんでなんですか……どうして、あなたはそうまでするんですか? 私を、どうして……どうしてなんですか』
『――君に、幸せになってほしいんだよ。笑って、ほしい。……それだけで、俺はいいんだ』
『――え? ちょっと、待って、待ってください……っ』
『――同胞ヲ、戦士の御霊の安らぎヲ』
『待って、ください。そんなの、だって、私はこの人が……っお願い、こんなところで、死なないで死なないで死なないで……』
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「──スバルくん」
どこまでも優しい、慈しむような少年に、レムは胸を打たれる。
あれだけ暴挙に出て、足を引っ張ってばかりのレムに、それでも彼はああなのだ。
「──スバルくんは、やっぱりスバルくんですね」
「あァ! 大将はすげェッからなァ!」
「さすがスバルくんです」
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『――なるほど、治癒の魔法か。これは俺も想定せなんだ』
『え……?』
『口を閉じていろ、女。貴様にも無意識のそれは、条件が整ったが故に発動している一種の奇跡だ。気を抜けば、発動が途切れて効果を失うぞ。疑問も怒りも、目の前のことを片付けてからにせよ。機会をふいにするな』
『……今は、まだ、あなたが何なのか私にはわかりません。でも、生きていなくちゃ、私が笑うところも見られませんよ』
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「──レムちゃん、魔法が……」
奇跡的に、レムの手に癒しの光が灯る。
それを見て、菜穂子は安堵し──
「──起きたら、仲直り出来てたらいいんだけど」
そう、短く呟いた。
セッシーが鑑賞会としては邪魔だなぁ…出しゃばるし、見てもダメージ受けないし