白血病に打ち勝った妹がくれる力 主将として誓う「強い健大高崎」
■夏に輝く 健大高崎・石田雄星外野手 「自分たちは弱い」 石田雄星が主将になった健大高崎(群馬)は、そう自覚するところから始まった。 【写真】手術で「生まれ変わった」佐藤龍月 オリックス3位、背中を押した母 2024年、入学直前の選抜大会で学校史上初の優勝。昨年は最速155キロのエース石垣元気(ロッテ)らを擁し、甲子園に春夏連続で出場した。 石田は1年生の夏から3度甲子園を経験した。昨年は不動の1番・中堅手として活躍した。 だが秋、いざ自分の代になると、けが人が続出。「何をしたらいいかわからない」という状況で、県大会準々決勝で敗れた。県内で負けるのは入学してから初めてだった。 夏に勝つ、がチームの大目標になった。自身は「追い込まれた後の打撃」を冬の課題にした。すべての球を打ちにいきながら、「仕留める」「ファウルで粘る」「見送る」を瞬時に選択できるように練習を重ねた。 4月、高校日本代表候補に選ばれ、合宿に参加した。中堅手としての守備範囲は、高校トップレベルの選手たちの中でも「負ける感じはしなかった」。走、攻、守、肩。その落ち着いたプレーは合宿の中でも際立っていた。 常に心を奮い立たせてくれる存在がいる。七つ下の妹・惺来(さら)さんだ。 石田が小学6年生のとき、惺来さんは急性リンパ性白血病にかかった。抗がん剤治療など2年以上の闘病生活。話せなくなった時期もある。 「自分は中学時代、練習がきつくてずっと弱音を吐いていたんですけど、妹は自分よりずっときつい思いをしていた。その姿を見るたび、妹のためにも頑張ろうって思えた」 治療のかいあって、惺来さんは現在、元気に小学校に通っている。寮生活の石田と頻繁に会えるわけではないが、いつも試合の応援に来てくれる。「家族で食事に行くときも自分のそばに来てくれて、本当にかわいいんです」 春は県大会決勝を17―4で圧勝。手応えをつかんだ。「自分たちの代で甲子園に出場するというのを、ずっと目標にしていた。秋の敗戦でさらにその意欲が高まった。夏の甲子園に絶対出たい」。もう、弱くない。主将として、兄として、「強い健大高崎」を見せる。(山口史朗)
朝日新聞社