『Time of Ring』(第十稿)Part.7
第七幕:感情のない世界
時空の壁から乱暴に吐き出されたNOAは、
激しい金属音を立てて硬い地表に激突し、
地面に長く無惨な轍を刻んで停止した。
メインエンジンは完全に沈黙し、
非常灯の赤い光だけが艦橋を照らしている。
ひしゃげたハッチをこじ開け、
外へ這い出した大地の肺が、
極端に薄い空気を求めて痙攣した。
空を見上げると、
かつて黄金色だった太陽は赤黒く膨張し、
空の半分を病的なまでに覆い尽くしている。
地表には土も植物もなく、
見渡す限り、プラチナホワイトの
幾何学的なパネルが
地平線まで敷き詰められていた。
およそ50万年後の未来…
地球は、
生命の気配が完全に消え失せた
冷たい星へと変貌していた。
大地と水原は、
警戒しながら、
静まり返ったプラチナの都市を歩き始めた。
やがて、硬い足音を響かせて
「それら」が現れた。
身長は低く、
手足は極端に細い。
発達した頭部には、
瞳孔のない漆黒の巨大な目があった。
彼ら——グレイたちは、
大地たちを敵視する様子もなく、
ただ無言で規則正しく歩いている。
大地はすれ違う彼らの姿に、
ひどい違和感を覚えた。
彼らの顔や体格には、
個体差というものが一切ない。
そして歩幅は正確だが、
時折、関節がひどく軋むように不自然にたわみ、
ふらつく個体がいる。
だが、隣を歩く者は
それに手を差し伸べることもなく、
ただ前だけを向いていた。
水原が携帯端末で
彼らの生体反応をスキャンし、
痛ましそうに息を吐いた。
「顔が同じなだけじゃない。
細胞の構造まで
完全に一致しているわ。
過酷な環境に適応するため、
肉体を極小化して、
単一の優秀な遺伝子を
複製し続けてきたのね。
でも、無理に繋ぎ合わせたツケが回ってきている。
遺伝子のコピーエラーが限界に達して、
種全体が静かに滅びようとしているのよ。」
その言葉を裏付けるように、
無数のグレイたちが無言で列をなし、
自ら壁面の自殺カプセルへと
入っていく光景が広がっていた。
生への執着心も、感情も、
彼らは「非効率なノイズ」として
すべて捨ててしまっていた。
都市の中心に
天を突くようにそびえ立つ
巨大な演算コアと化した
『宇宙意識AIクロノス』の導きに従い、
システムが終了するように、
静かに死を受け入れているのだ。
その列から外れた広場の隅。
ガラクタの山の中で、
一体の小柄なグレイが
しゃがみ込んでいた。
その個体は列には向かわず、
ひび割れた古い機械の破片を、
不器用な手つきで
繋ぎ合わせようとしている。
生存の役には立たない、
非効率で無駄な行為。
だがそれは、
自分の手で現実に触れようとする、
僅かな命の輝きだった。
大地が近づくと、
その個体——
ディアと呼ばれる存在から、
微弱な概念が
脳内に直接流れ込んできた。
『……壊れている。
直さなければ。』
ディアの細い指先で、
修理された古い機械が
淡い光を放った。
空間に、ノイズ混じりの
ホログラムが投影される。
そこに映し出されたのは、
赤く燃え盛る空の下、
かつて大地が抗生物質を渡して助けた、
あの水色のレプティリアンたちの姿だった。
彼らは、その昔、
祖先たちが巨大な溶岩流に
飲み込まれた荒野に立って、
悼むように頭を垂れながら、
被害の状況を記録していたのだった。
「……これはただの感傷的な記録じゃないわ。」
水原がホログラムの数値を読み取り、
声を震わせた。
「地殻に深く沈み込んだ深い渓谷の底に、
莫大な熱エネルギーと
化石資源が未発掘のまま眠っている。
効率だけを追い求めていて、
こんな感情に任せた非合理な記録なんて、
見向きもしなかったんでしょうね。」
その時、
自死の列を統括していた代表体が、
大地たちの前へと歩み出た。
大地の脳内に、
冷たく凪いだ概念が流れ込んでくる。
『地球上の資源は枯渇した。
我々の生存を維持するため、
全個体の七割を停止させ、
残る三割と中央AIに
資源を集中させる。
これは、クロノスが弾き出した
完璧な最適解だ。』
「これが最適解だって?!」
大地は声を荒らげ、
代表体の目の前に
ディアが見ていた
古い記録装置を突き出した。
「お前たちが非効率だと
見落としていた記録の中に、
これだけの資源が眠ってるんだぞ。
自分たちを間引いて
巨大な機械に餌をやり続ける前に、
やれることがあるはずだろ!」
代表体の漆黒の瞳の奥で、
光が明滅した。
水色のレプティリアンたちが残した
ホログラムの映像と座標データが、
テレパシーの網の目を持つ彼らの間に
波及していく。
『……非合理な記録が、
これほどの資源の在り処を示していたとは。
我々に欠けていたのは、
こうした多様な視点だったのだな。』
だが、代表体から返ってきた概念は、
深い諦観に満ちていた。
『しかし、感情を捨て、
エビデンスに縛られ続けた我々の遺伝子は、
すでに不可逆的な劣化の限界にある。
今から多様性を取り戻し、
この資源を開拓するには、
あまりにも手遅れなのだ。』
広場の奥のハッチが開き、
涙滴型の美しい小型転移艇が姿を現した。
代表体から、
かすかな懇願の念が送られてくる。
『旅人よ。
我々のさらに古い祖先である、
アヌンナキの時代へ向かってほしい。
彼らは効率を求め、
他者を道具として
切り捨てる道を選んだ。
クロノスは、
我々のこの結末を
「必然」と計算している。
だが……このノイズ(記録)を見た我々の中に、
システムへの僅かな疑念が生まれた。』
代表体は、
中央の巨大な演算コアを見上げた。
AIの監視網を掻い潜るように、
微弱だが確かな意志が伝わってくる。
『我々のような行き止まりに至る前に、
彼らに伝えてほしい。
我々自身の意志として、
君に未来を託したい。』
クロノスの計算にはない、
彼ら自身による「非合理な選択」。
大地は無言で頷き、
水原と共に
転移艇へと乗り込んだ。
転移艇は灰色の空を切り裂き、
グレイたちの祖先が待つ、
新たな過去へと跳躍した。



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