「教育への不当な政治介入だ」。沖縄県名護市辺野古沖の抗議船転覆事故で、同志社国際高の生徒らが死亡した問題を巡り、沖縄県教職員組合(沖教組)などが5日に記者会見し、文部科学省が同校の平和学習を教育基本法違反と認定したことに抗議する声明を発表した。
▼声明には、このほか「教職員が萎縮することが大いに危惧される」などと、典型的な左派・リベラルの主張が盛り込まれている。だが、沖教組の前身である沖縄教職員会はもともと、昭和47年の米国からの沖縄返還までは率先して日の丸掲揚運動を推進するなど、祖国復帰運動の中心的な役割を果たしていた。
▼その様相が変わっていったのはなぜか。沖縄では復帰が近くなると革マル派など極左暴力集団が流入し、反米・反基地闘争を展開した。沖縄勤務の経験がある大森義夫・元内閣情報調査室長はかつて抄子にこう語っていた。「その中で系列化が進み、穏健な地元の勢力は本土の過激な勢力と同化していった」