『でも、ベアトリスちゃんの察しが悪くて助かったわよねえ。おかげで、動かぬ証拠だった手の傷は消えてくれるんだものお』
『……これも、お前の狙い通りなのかよ、『ナツキ・スバル』』
───────────────────
「スバル……」
眠るレムを見つめる視線に殺意が篭もる。
「──スバルが、そんなこと出来るわけないわ。だって、スバルは優しいもの。記憶を失っても、どうなっても……それだけは、変わるわけない」
そう、思いたい。
「この世界の私は、スバルの苦しみに気づいてあげられた……?ちゃんと、慰めてあげられたの?」
それだけが不安だ。
この世界のエミリアがスバルを不用意に傷つけていないといいのだが。
───────────────────
『この塔にきてから、空振りが続くわね』
『……思ってても言わなかったことをはっきりと』
『――一ついいかな?冷酷と、そう罵られることを覚悟で提案したい。あの少女、メィリィの捜索だが……今日を区切りに打ち切って、明日からはまた塔の攻略のために行動すべきだとボクは考える。どうだろうか?』
『ボクは、ボクがこうしているだけで、アナの潤沢とは言えないオドを消耗する状況を良しと思っていない。できるなら一秒でも早く、アナに体を返してあげたいのさ』
───────────────────
「……見ているだけで、こんなに腹の底が冷える思いをしたのは初めてなのよ」
スバルが、メィリィのことについて露呈するのではないかと冷や汗をかきながらそこにいる。
それに、エミリアやベアトリス以外は、スバルに優しくする余裕が既にない。
それも、ベアトリスの顔を顰める要因であった。
「……嫌な気持ちかしら」
───────────────────
『アナの肉体を自由にできても、ボク自身の心は不自由に縛られている。こんなことを言って、どこまで信用してもらえるかはわからないが……本来、あるべき器にはあるべき存在が収まっているべきなのさ。外身だけ借りても、中身が伴わなければボロが出る。不自然になる。――それは、ひどくおぞましいことだ』
『……わかった。エキドナと、アナスタシアさんの大変な事情はわかりました。急いで、塔の上に登らなくちゃいけないってことも』
『スバルも、それでいい?』
───────────────────
エキドナの言葉に、エミリアが案を飲む。
そして、スバルに確認を取るように視線を向ける。
エミリアの視線が向かうのに刹那の怯えに似た感情を覗かせるスバルを見て、ラムは静かに息を吐く。
「エキドナの言葉が無意識に刺さったのね。ラムは、記憶の有無で本人の器が伸び縮みするとは思わないけど」
エミリアはラムの言葉を聞いて、安堵したように頬から力を抜く。
ラムがスバルを悪し様に罵らなかったことが、今のエミリアには酷く安心できたからだ。
「……スバル……」
───────────────────
『そ、れは、いいと思う。その方が、メィリィも浮かばれる……いや、俺たちが前進するのを望んでくれるっていうか……でもなくて、なんで俺に確認を?』
『だって、スバルはメィリィの本を読んだでしょう?あの、読んですぐの反応を見たら……メィリィのこと、一番心配なのはスバルのはずだから』
『――心配はしてるよ。でも、メィリィも、俺たちが足踏みするのを望まないと思う』
───────────────────
「……なーぁるほど、これはまた……」
ロズワールが口を噤む。
スバルがやり直して上手くまとめたことは疑いようもないが、ここからどう挽回する精神状態まで回復したのだろうか。
「ここから出たなら、本当に、長期休暇を与えなければいけないねーぇ」
この後に帝国に飛ばされ、その後も──
「……おや、ここはまだ思い出せないようだーぁね。残念だ」
───────────────────
『メィリィも、俺たちが足踏みするのを望まないと思う。――役者よねえ』
『――わたしの死体、どうにかしてくれるのお?』
───────────────────
「ナツキさん……」
オットーが顔を顰める。
ガーフィールは隣で辛そうに瞳を伏せたままだ。
「──クソ……」
全てが嫌な方に行きそうな気がしてしまう。
スバルがやり直すことは確定しているが、その過程の記憶が消えるとは思えない。
それはつまり──
「……最悪」
───────────────────
『──は?なん、で……ここに、確かに……』
『――こんな夜更けにこそこそと、探し物でもしているの、バルス。それとも偽物というべきかしら。バルスの――ナツキ・スバルの出来損ない』
───────────────────
「昴……」
菜穂子が、泣きそうな顔で顔を震わせる。
偽物などではない。
優しくて、必要以上に期待に答えようと頑張ってしまう、不器用でお人好しの昴のままだ。
「どうして……どうして、昴ばっかりこんな目に……」
泣き伏せる。
彼女たちの望むスバルでなくなってしまったなら、昴を返して欲しい。
それだけで良かったというのに。