第4話

嫌いと言えなくなる瞬間
838
2026/01/02 09:01 更新
 最近、リノが近い。

 物理的な話じゃない。
 距離は前と変わらないのに、視線とか、気配とか、全部が。

 教室で、廊下で、帰り道で。
 気づけば、必ず同じ場所にいる。

 ――偶然なわけ、ないよな。

 分かってるのに、何も言えない。
リノ
リノ
スンミン
 名前を呼ばれるだけで、心臓が跳ねる。
 最悪だと思う。
スンミン
スンミン
リノ
リノ
今日,真っ直ぐ帰る?
どうでもよさそうな聞き方。
 でも、答えを待つ沈黙が長い。
スンミン
スンミン
…別に,用事ないけど
リノ
リノ
じゃあ一緒
決定事項みたいに言う。
 断る隙を、最初から与えない。

 歩きながら、何度も視線を感じる。
 見られてる。
 確認されてる。
リノ
リノ
さっき誰と話してた
スンミン
スンミン
クラスのやつ
リノ
リノ
名前は
スンミン
スンミン
…なんで?
一瞬、リノの足が止まる。
リノ
リノ
知らないと,落ち着かない
あまりにも自然に言うから、
 一瞬、異常だと気づくのが遅れた。
スンミン
スンミン
それ,普通じゃないからな
リノ
リノ
知ってる
スンミン
スンミン
直す気は?
リノ
リノ
ない
即答。

 胸の奥が、ひやっと冷える。

 ――この人、本気だ。
スンミン
スンミン
なあ,リノ
リノ
リノ
スンミン
スンミン
俺がさ,もしお前から離れたら
言い終わる前に、腕を掴まれた。
リノ
リノ
言うな
スンミン
スンミン
…は?
リノ
リノ
仮定でも,言うな
力が強い。
 逃げようとしたわけじゃないのに、
 逃げ道を塞がれたみたいだった。
リノ
リノ
俺の前から消える想像,するな
低くて、静かな声。
 怒鳴らないのが、逆に怖い。
スンミン
スンミン
…重すぎ
リノ
リノ
分かってる
スンミン
スンミン
分かっててやってるの,質悪い
リノ
リノ
それでもいい
迷いがない。

 その瞬間、
 スンミンは気づいてしまった。

 この人は、
 自分を失うくらいなら、
 壊すことを選ぶ。

 ――それなのに。

 腕を振りほどけなかった。

 怖いはずなのに、
 胸の奥で、変な安心感が広がる。

 誰にも向けられない執着を、
 自分だけが向けられている。

 それが、
 嬉しいなんて。
スンミン
スンミン
…嫌いだ
リノ
リノ
俺も
いつもの言葉。
 でも、今日は少し違った。

 “嫌い”って言わないと、
 本音が零れそうで。

 リノが、ほんの一瞬だけ笑う。
リノ
リノ
じゃあ,離れんな
スンミン
スンミン
命令すんな
リノ
リノ
お願いでもいい
ずるい。

 そんな言い方されたら、
 拒めるわけがない。
スンミン
スンミン
今日だけだからな
リノ
リノ
明日も
スンミン
スンミン
知らない
でも、否定はしなかった。

 帰り道。
 肩が触れるほど近いのに、
 手は繋がない。

 繋いだら、
 全部終わる気がしたから。

 ――もう遅いのに。

 夜、布団に入っても眠れない。

 リノの声、
 掴まれた腕の感触、
 あの視線。

 頭から離れない。

 嫌いなのに。
 怖いのに。

 それ以上に、
 失うのが怖い。

 スンミンは、目を閉じて小さく息を吐いた。

 ――ああ、俺ももう、同じだ。

 依存は、
 片方だけのものじゃない。

 気づいた時には、
 もう逃げ道なんて残っていなかった。

 嫌いと言えなくなる瞬間は、
 こんなにも静かに、
 確実に訪れる。

プリ小説オーディオドラマ