愛の五次元ノック(3)〜孤独って美しさのことだろ編〜
こちらの記事の続編です。
山梨在住の女性A様から「美味しいお蕎麦をご馳走させてください」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。人と会う時、私はできるだけ相手のコアに肉薄したいと思う。綺麗だねとかお洒落だねとか誰にでも言えるようなことではなく「誰にも言われたことがないようなこと」を言う。それによって揉めることも多いが、忘れられない男になることも多い。故に、危険に賭ける。
A様は綺麗でお洒落で確実にモテるタイプの女性に見えたが、孤独に見えた。だから、美しく見えた。普通であることをキープしようとしている強張りがあって、笑顔は素敵なのだが、なんだか泣きたがっているように見えた。A様の中にある美と孤独が、達成されたがっているように見えた。自分を出すことは怖い。大切な人が離れてしまうリスクもある。その恐怖が、A様の中にある美と孤独を止めているように見えた。もっと孤独になれる。もっと美しくなれる。止めている美と孤独を生かすために、必要なものは信頼だと思った。
私は「いいとか悪いとかではなく」的な言い回しが好きではない。いいも悪いもないものは悪い。いいものはいい。絶対的にいい。圧倒的にいい。いいものはいい。問答無用でいい。それを「いいとか悪いとかではなく」とか、私は理解のある物分かりのいい人間ですアピールをするなと思う。余計なことを語るな。それは要らない。お前はお前が思う最高を語れ。中庸を語るな。自分が見た光を語れ。自分が本当にいいと思うものを語れ。
けいご心理学によると、無意識に『してあげる』と言う人は、過去に『してもらえなかった』という憎しみを抱えている。満足に愛してもらえなかった。満足に話を聞いてもらえなかった。満足にお金を与えてもらえなかった。その憎しみを、自分の恋人や子供や他人を使って晴らそうとする。誰かを救うことで自分を救おうとするのは、愛ではない。エゴであり、執着である。誰かに何かを『してあげる』なんて、思い上がりも甚だしい。押し付けがましいし、恩着せがましい。相手のことを下に見ているし、信頼がない。まずは自分を救え。自分を救ったら、勝手に周囲も救われる。
私が女性の話を聞くのは、究極のエゴだと思う。女性を救いたいから話を聞くのではなく、女性を最高に美味しい状態で食べたいから、話を聞く。してあげるのではなく、したいからする。やりたいからやる。食べたいから食べる。女性の側も、私に連絡をするくらいだから、深層心理では自分から喜んで料理されたがっているように見える。自分はこんなに美しくなれるのかと、隠された美を発見した悦びに震えているように見える。だから、涙が出るのだと思う。美味しいお蕎麦も嬉しいけれど、美味しいあなたをご馳走してくれと思う。一番のメインディッシュは、あなたである。
おおまかな予定
6月6日(土)山梨県甲府市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
6月7日(日)長野県辰野町界隈
6月21日(日)LIVE@愛知県安城市@安祥閣
6月27日(土)LIVE@兵庫県神戸市@SpaceforGift
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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