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お金をかけずに、人の心を動かす方法。人は「行動」ではなく「体験」を記憶する。あなたの事業に足りないのは、商品じゃない。体験の設計だ。

── 人口4万人の港町で、毎日5件以上、年間1,200件の経営の相談を受けている、荒川健生です。

今朝、環水公園のランニングイベントに参加した。
無料で、走っただけだ。
でも、そこで感じたことが、経営相談で毎日話していることと、全部つながった。

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富山県の美しい公園:環水公園

今回は少し長くなるけれど、「体験価値」の正体を、今朝の出来事から解きほぐしてみたい。

■ なぜ「みんなで走る」と、同じ距離が短く感じるのか

朝8時前。環水公園。格好もレベルもバラバラな人たちが集まっていた。
少し緊張しながら走り出した。

気付いたことがある。

いつもの5キロが、短い。
体感で3キロくらいに感じる。
ペースは同じ。コースも平坦。なのに、短い。

理由は明確だった。
「注意が分散している」からだ。

一人で走ると、意識は自分の体に集中する。
足の重さ、呼吸の乱れ、残りの距離。
つまり「つらさ」に注意が向く。

でも、隣に人がいると、意識が外に向く。
前を走る人のフォーム。
横にいる人の呼吸。
すれ違うときの「ナイスラン」の声。
景色が目に入る。
風が気持ちいいと気づく。

これは「注意資源の再配分」と呼ばれる現象だ。
人の脳が処理できる情報量には限りがある。

「つらい」に使われていた注意が、外の情報に分散されると、苦痛の知覚が薄まる。

同じ5キロなのに、体感が変わる。
同じ行動なのに、体験が変わる。

ここに、体験価値の本質がある。

「何をするか」は同じでも、「注意がどこに向くか」を変えるだけで、人の感じ方は変わる。

歯医者で考えてみる。
天井にテレビがある歯医者と、ない歯医者。
やっている治療は同じだ。
でも、天井にテレビがあるだけで「思ったより痛くなかった」と感じる人が増える。
注意が「口の中の痛み」から「画面」に分散されるからだ。

美容院もそうだ。
施術中に雑誌を渡される。
あれは暇つぶしじゃない。
「待ち時間が長い」という苦痛の注意を、別のものに分散させている。

つまり、お客さんの「注意の向き先」を変えてあげるだけで、同じサービスの満足度は上がる。
商品を変えなくていい。
値段を下げなくていい。

注意を設計すればいい。

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参加者100名の記念撮影、時間が短く感じた。

■ 「また来たい」の正体─ピーク・エンド

走り終わった瞬間のことを、よく覚えている。

ゴールしたら、スタッフが拍手してくれた。
周りの参加者も、自然に「お疲れさまです」と声をかけ合った。

隣の人と「きょう気持ちよかったですね」と話した。

自分はこのとき、「また来よう」と思った。
でも、走っている途中は、正直「しんどいな」と思った瞬間もあった。

なのに、全体の印象は「すごくよかった」になっている。

これが「ピーク・エンドの法則」だ。

人は体験の全体を平均して記憶しない。

「一番感情が動いた瞬間(ピーク)」と「最後の瞬間(エンド)」で、体験全体の印象を判断する。
途中がどれだけ平坦でも、しんどくても、ピークとエンドさえよければ「いい体験だった」と記憶する。

登山を思い出してほしい。
登っている最中は、足が重い。息が切れる。
「なんで来たんだろう」と思う。

でも、山頂に立った瞬間の景色。
あの一瞬が、全部を「来てよかった」に塗り替える。
下山後の温泉で「最高だったね」と話す。
あれがエンドだ。
途中の苦しさは、もう忘れている。

ディズニーランドもそうだ。
1時間並ぶ。足が痛い。暑い。
でも、アトラクションの瞬間(ピーク)と、夜のパレードを見て帰る瞬間(エンド)で、「すごく楽しかった」になる。
待ち時間の苦痛は、記憶から消える。

逆に聞きたい。
あなたの事業で、お客さんの「ピーク」と「エンド」は、どこに設計されているだろうか。

レジで「ありがとうございました」と言うだけ。
会計が最後の接点。
それだけで終わっていないだろうか。

ピーク・エンドの法則が教えてくれるのは、こういうことだ。
すべての瞬間を良くする必要はない。
でも、「一番感情が動く瞬間」と「最後の瞬間」だけは、絶対に外してはいけない。

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■ Onの試し履きが仕掛けていた「3つの心理トリガー」

イベントの最初に、面白い仕掛けがあった。
Onのランニングシューズを、走る前に試し履きできる。
そして、そのままそのシューズで走る。

参加者は100名。うち30人以上が、借りたOnを履いて、一緒に環水公園を走った。

これは、あまり見たことがない。

普通、試し履きは「走った後」だ。
ブースに寄って、少し履いて、返す。
でもこのイベントは違った。
「試す」と「走る」を一体化させていた。

自分はOnが好きだ。今履いているのが3足目。
だから余計に気になった。
他の人が、自分の好きなシューズを履いて、同じコースを走っている。

あの光景だけで、なんだか嬉しかった。

でも、この仕掛けを冷静に分解してみると、3つの心理トリガーが同時に動いている。

【1つ目:身体的興奮の結びつき】

走ることで心拍数が上がる。
体は「興奮状態」になる。
その興奮の中で履いているシューズが、「快感」と結びつく。

そして、走った爽快感なのに、脳はそれを「このシューズを履いた爽快感」として記憶する。

店舗で冷静に履くのと、走って心拍が上がった状態で履くのでは、印象がまるで違う。
このイベントは、走る「前」に履かせることで、5キロ分の興奮をまるごとシューズに紐づけている。

【2つ目:保有効果】

5キロ走ったら、もうそれは「試した」レベルじゃない。
「自分の足に馴染んだシューズ」になっている。

いわゆる「保有効果」だ。
人は一度「自分のもの」と感じたものを手放すことに、実際の価値以上の痛みを感じる。

店舗で30秒履いて返すのと、5キロ走って返すのでは、「手放す痛み」がまるで違う。

30人以上が、同じシューズで走っている。
その光景自体が、強烈な「社会的証明」になる。

「みんなが履いている」は、広告の100倍効く。
しかもそれが、自分と同じイベントに参加した、同じ朝に起きた、同じ体験を共有した人たちだ。
赤の他人のレビューとは、信頼の重みが違う。

Onがこの3つを全部狙って設計したのかはわからない。

でも、
「走る前に履かせる」
「そのまま5キロ走らせる」
「30人以上で同時に」という仕組みが、
結果として3つの心理トリガーを同時に発動させていた。

自分は新しいOnを履いていたから履かなかったけど、初めて履いた人は、たぶん他のデザインがあるか検索だろう。

体験が、勝手に購買行動を生んでいた。

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試し履きシューズたち


■ 体験価値の設計図──「感情の高低差」を作る

ここまでの話を整理する。

今朝のランニングイベントで起きていたことは、こうだ。

緊張(知らない人もいる、朝の空気)  
 ↓  
没入(走ることに集中、注意が分散して苦痛が薄まる)  
 ↓  
高揚(ゴールの拍手、達成感)  
 ↓  
接続(参加者同士の会話、「また来よう」の共有)

感情が、動いている。
「緊張→没入→高揚→つながり」と、段階的に変化している。

これが、体験価値の正体だ。
「感情の高低差」が、体験を記憶に刻む。

平坦な感情のままでは、記憶に残らない。
「少し不安だったけど、最後に嬉しかった」
この落差が、人を「また来たい」に導く。

ジェットコースターが楽しいのは、速いからじゃない。
「落ちる前に、登る」からだ。
あの登りの時間が怖さを生み、怖さが落下の快感を増幅する。

あなたの事業で、お客さんの感情は「動いて」いるだろうか。
それとも、最初から最後まで、ずっと平坦だろうか。

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体験価値の設計:感情の高低差

■ 明日から使える「体験の仕掛け」──気軽編

まずは、お金も準備もいらない。今日の営業から変えられるものを。

【①お客さんが来た瞬間の「表情」を変える】
言葉の前に、表情が伝わる。
「いらっしゃいませ」を言う0.5秒前に、目が合った瞬間の顔。
そこが笑っているかどうかで、お客さんの緊張が溶けるか固まるかが決まる。
スキルじゃない。
意識するだけでいい。

【②「最後の接点」を会計にしない】
会計は事務処理だ。感情が動かない。
最後の接点を、もう一つ後ろにずらす。
「ありがとうございました」のあとに、一言添える。
「次回、〇〇が入荷しますよ」
「今日の〇〇、お似合いでしたよ」
最後の記憶を、事務ではなく感情にする。
ピーク・エンドの法則の「エンド」を、意図的に書き換える。

【③「同じ体験をした人同士」をつなげる】
あのランニングイベントで、走り終わったあとに隣の人と「気持ちよかったですね」と話した。
あの瞬間が「また来たい」を決定づけた。
同じ体験を共有した他者との一言が、場への帰属意識を生む。
「この方も同じメニュー選ばれてましたよ」。
それだけで十分だ。

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■ 明日から使える「体験の仕掛け」──応用編

ここからは少し設計が必要だけれど、効果が大きいもの。

【④「体験の中に、次の体験を埋め込む」】
On(販売店のシューズショップ)がやっていたことだ。
お客さんの感情が高まっている瞬間に、次の体験を差し出す。
食事の最後、「おいしかった」と言われたタイミングで「来月、新メニューの試食会をやるんです」と伝える。
「いい体験」の記憶に、「次の体験への期待」が紐づく。
感情が高まっている瞬間は、次の行動への閾値が下がる。
ここを逃さない。

【⑤「緊張→安心」の落差を、意図的に設計する】
新規のお客さんは、必ず緊張している。
これを「早く解消してあげよう」と考えるのは、実はもったいない。
少しだけ、緊張の時間を残す。
そして、それを解消する「瞬間」を演出する。
初めてのお客さんに「緊張しますよね。大丈夫です、みなさん最初はそうなので」と声をかける。
緊張を一度言葉にして認めてから、安心を提供する。
この「落差」が記憶に残る。
感情の高低差は、自然に生まれるものじゃない。
設計するものだ。

【⑥「試す」と「使う」の境界線を消す】
Onの試し履きは、「試着」と「使用」の境界を消していた。
普通は「試す→判断する→買う→使う」だ。
でも、あのイベントでは「試す=使う」になっていた。
5キロ走った時点で、もう「試した」じゃない。
「使った」だ。
保有効果が最大化される。
あなたの事業で、お客さんが「試す」と「使う」の間にある壁を、どこかで壊せないだろうか。
サンプルを「持ち帰り」じゃなく「その場で使い切り」にする。
体験レッスンを「見学」じゃなく「本番と同じ内容」にする。

境界線が消えた瞬間に、保有効果が動き出す。

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■ 日常を特別にするのは、「仕組み」ではなく「気づき」

最後に、一つだけ。

あのランニングイベントで、自分が一番心に残っているのは、実はゴールの拍手でも、Onの試し履きでもない。

走っている途中、ふと顔を上げたら、環水公園の水面に朝日が反射していた。

いつも走っているコースなのに、その景色に初めて気づいた。
一人で走っているとき、自分は下を向いていたんだと思う。
イヤホンで耳を塞いで、距離と時間だけを見て走っていた。

隣に人がいたから、ペースを気にしなくなった。
イヤホンを外していたから、鳥の声が聞こえた。
顔を上げたから、雲一つない、そして水面の光が見えた。

日常を特別にするのに、新しい何かを足す必要はないのかもしれない。
今まで見えていなかったものに、気づくだけでいい。

あなたの事業にも、あなた自身にも、たぶんまだ「見えていない朝日」がある。
顔を上げれば、もう、そこに光っている。

追伸
高校時代、甲子園ベスト8、足も速かった。
今朝、ピンクのウェアのおばちゃんたちに軽やかに抜かれた。
「ナイスラン」って言われた。
人の感情を動かす前に、自分の足を動かしたい。

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コメント

7
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くうはく

とても面白い記事でした。 ピーク・エンドの手法 活用させて頂きます。

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荒川健生|年間1200件の経営相談|富山・氷見 いいね
荒川健生|年間1200件の経営相談|富山・氷見のプロフィールへのリンク

コメント、ありがとうございます。 ピーク・エンド、知ると日常の見え方が変わりますよね。 ぜひ使ってみてください。 「最後の印象」を少し変えるだけで、相手の記憶が変わる。小さいけど、強力です。

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清水啓明のプロフィールへのリンク
清水啓明

なるほど、と思う所が沢山ありました。ありがとうございます。

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荒川健生|年間1200件の経営相談|富山・氷見 いいね
荒川健生|年間1200件の経営相談|富山・氷見のプロフィールへのリンク

コメント、ありがとうございます。 「なるほど」が沢山あったとのこと、嬉しいです。 ひとつでも、明日の仕事で「あ、これか」と思い出す瞬間があれば、書いた甲斐があります。

CoCo(ゆきざくら🌊)のプロフィールへのリンク

「体験価値」についての分析、とても参考になりました。日常のちょっとした工夫が大きな影響を与えることに気づかされます。企業の中で、最も見落とされがちだけれど顧客体験を大きく向上させる可能性がある部分はどこだと思われますか?

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荒川健生|年間1200件の経営相談|富山・氷見 いいね
荒川健生|年間1200件の経営相談|富山・氷見のプロフィールへのリンク

ありがとうございます。とても良い問いですね。 自分が相談の現場でよく感じるのは、「終わり方」です。 商品を買った後、サービスを受けた後、店を出る瞬間。 そこに意識を向けている企業は、実は少ない。 でも、お客さんの記憶に一番残るのは、まさにその「最後の数秒」だったりします。 日常の…

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