お金で買えないスウェーデンの老後—日本での自分の人生を問い直す。
2024年に学研さんから『イラストでわかる 高齢者のからだ図鑑』を出版させていただいたことがきっかけで
(ありがたいことに3刷を達成しました…!)
今の日本の医療・介護や福祉の問題をもっと広い目で、かつ深く学びたくなった。
そのため、思い立ったが吉日、2024年12月に単身でスウェーデンへ。
(詳細な理由は下記へ⇩)
今回はスウェーデン視察の中でも、個人的にとびきり驚いた「日本と北欧の老後のちがい」「お金」をテーマにシェアしてみる。
お金がある人もない人も、同じ列に並ぶ?
スウェーデンの介護施設を視察して、最も驚いたのが
「お金持ちであっても施設待ちの列に平等に並ばなければならない」
という事実だ。
日本では、老後資金を貯めることが当たり前のように重要視されている。理由の一つには、年金が少なくなる現実があるが、それ以上に
「お金さえあれば、それなりの生活を送れる」
という意識が根強いからだと思う。(実際働いてみても、そうだと思う…)
しかし、スウェーデンでは事情がまるで違った。
自治体が施設入居を管理しており、どれだけお金があっても希望する施設に優先的に入れるわけではない。
実際、入りたい施設の希望を3つほど申請できるのであるが、そもそも介護施設に入るのには条件がある(後ほど紹介)。
そして何より、みんなが憧れるような人気の施設であればあるほど、競争率が高く、順番待ちがマストだ。
「老後の平等性」をまさに、目の当たりにした。
日本の老後とお金の問題
これに対して、日本では「老後資金」が重要なテーマとして語られることが多い。
たとえば、質の良い施設やサービスを選ぶためには、金銭的な余裕が必要不可欠だ。
高級高齢者マンションや有料施設のグレードも年々幅広くなっている。
「お金をしっかり貯めておけば、安心な老後が送れる」
という考え方は、日本特有のものかもしれないと、ここでハッとした。
もちろん、この仕組みにはメリットもある。
選択肢が多い分、自分の希望に合った施設を選べる自由があるからだ。
食事がレストラン星つきのもの
毎日ヨガやピラティス、麻雀やその他アクティビティができる施設
専門家が常駐する安心安全な施設・・・・など
上げればキリがない
ただし、金銭的な余裕がない場合は、選択肢が限られるという現実も存在している。
「どこでもいいから入れる施設を探してください」と懇願するような人が圧倒的に多いのも、現場経験上なんども遭遇してきた
スウェーデンで施設に入るための驚きの条件
スウェーデンの介護施設では、「お金があっても平等」という姿勢が貫かれていた。
最初は驚きだったが、視察を通じて次第にその意図を理解できるようになった。
この平等性は「お金があるかどうか」よりも「本当に必要な人が優先される」という価値観に基づいている。
たとえば、ヘルパーの訪問が1日に7〜8回必要な重度の高齢者が最優先であり施設入居の条件となる。
逆に、軽度の状態では、たとえ自分が希望しても施設入居は難しい。
だからこそ、個人一人ひとりの健康への意識が高いのかもしれない。
住み慣れた家で、好きなことをして老いていく
これが根深いところで植え付けられているのを肌で感じた。
日本から北欧へ移住した、80代男性の本音
ここで、一つ残しておきたいトピックがある。
それは、日本からスウェーデンへ移住した大瀧昌之さんとの会話のなかで発せられた言葉である。
※50年以上スウェーデンに在住する大瀧さんの興味深いプロフィールは下記⇩(個人的にコラムも合わせて読んでほしい・・・!)
今後、日本とスウェーデン、どちらで老後を送りたいかを質問してみたときのこと。
大瀧さんは迷わず「スウェーデンだね」と答えた。
その理由を聞いたところ、、、
同じような年金生活でも、スウェーデンと日本は違う。
自分の趣味を今のように楽しみながらの生活は、今の日本では難しいと思う。
ここにいれば、生活に必要な資金やサービスは国が管理してくれる。
確かに税金は高いし、とても贅沢な生活は送れない。
しかし、最低限のサービスを受けた上で、自分でどう生活していくかを決めることができる。
もちろん、どちらが「いい・わるい」の問題ではない。
日本とスウェーデン、どちらも生活したからこそわかることであろう。
スウェーデンと日本の違いを見て、私自身、自分の老後について改めて考えさせられた。
日本のように「お金があれば安心」という考え方も一つの形だが、それだけで本当に安心なのだろうか?
老後の幸せとは・・・?
スウェーデンのように、平等性や地域全体で支える仕組みもまた、老後の一つの在り方を示している。
私にとっての安心とは何だろうか。一度立ち止まって考える時間を持つのも悪くない、と思った。
この先の人生を考え直すポイント
スウェーデンの介護事情を知ることで、日本の医療や介護現場でしか働いてこなかったゆえに作り上げられてしまった
「高齢者サービスや老後に対する、偏った日本の価値観」
に新たな視点が加わった。
お金では測れない安心感や平等性の価値を、一人の理学療法士として、どう考えていくのかを見直す大きなきっかけになった。
まだ30代とはいえ、これからの自分の人生についても改めてじっくり考えたくなった。
次回は、スウェーデンの在宅ケアの事例を取り上げる予定だ。
自宅での生活を支える福祉の現場から、さらに学びを深めていきたい。
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最後まで読んでくださりありがとうございます^^!
チップはいりませんので、良いと思った記事は、ぜひシェアしていただけると大変喜びます笑
理学療法士として、体のこと、心のこと、高齢者介護のこと、はたまた趣味の海外のくらしのことなど、体験からの学びをシェアしていきますね^^



コメント
3すごいく良き問いを投げて頂きありがとうございます。
国策や企業がお金をもっている層をターゲットにしていること、家族の単位などなどこのお話を読むだけで色々な事を考えさせられました。誰のためなのか?何の為なのかを軸を持って考えたいと思います。
私は更年期になって年金を積み立てる方じゃなくて、使う側に回ったんだなと思うようになった。
もとからあまり料理は好きでなかったけど、キッチンに立つ気力なくて、鬱にならないように外で人に会う=外食ってことで毎日好きなところで好きなものが食べられるだけのお金があってよかったと思うし、つい最近はニュージーランドでは4軒目の家を買った。お金ないと出来ないことばかりだけど、私は若いうちからこういう老後のことを常に考えてうごいてたから、若い自分にはとても感謝してる。
スウェーデンの現状もどんどん変わってきているように思います。なぜスウェーデンの高齢世代が不自由なく過ごせているかという理由の一つに、家が資産となっていることが挙げられます。つまり、老後に自分たちの持ち家を売って老人ホームか安い家に移ることによって、それまで貯蓄が多くなくとも十分な蓄えを持って余生を過ごせます。ただ、若者にとっては全く違った老後が待っています。家は今が既に高いのでこれ以上価値があがって老後に高く売るのは現実的ではないし、年金も十分ではないので日本のように投資などを通して貯蓄を増やそうとしています。スウェーデンでは、確かにホームレスになるのが難しいように設計されているとは思うのでその点でのユニバ―サリティ(平等性・普遍性)はあると思いつつ、老後の生活はやはり自己責任の側面も大きいと思います。(むか~しは、スウェーデンも日本のように家族が高齢者を支えるのが当たり前でしたが、価値観のアップデートが早い国なので、今では家族に介護を頼む前に自ら老人ホームに入る方々が多いと思います。)