第五節 統治王と祭祀王
途中の宿場で一泊し、あくる朝、四人は仁嵯城の城下にたどり着いた。
楠姫を町において、三人は大手門をくぐる。
城兵らは「あいつら、のこのこ帰ってきたぞ」といきり立ったが、朽梨が杖を手に、がつん、と石突を鳴らすと、皆渋々引き下がった。
天嵐神社を含む幾ばくかの宗教国家における神使は、祭祀王の権威の象徴である。
ここを説明するのは少々手間だが、惜しむまい。
まず、
政教分離という概念が存在しない和魅大陸では、このやり方が一般だ。
男性統治王は武断政治に近い政治的権威と実効性を持つ。すなわち、軍事力とその統帥権を持ち、国家防衛の防人としての「力」を担う。
一方女性祭祀王は、神事や祀り事すなわち祭事・祭祀を取り仕切り、神の「権威」を担う。
二つの「政治」と「祭祀」をもって、主祭神は「まつりごと」として認可、その行いを保証するのだ。
つまり、「政治」と「祭祀」はほんらい同じ「おまつり」なのだ。
そして、本来的には同じものだからこそ、実世界には「政教分離」ということばが存在する。同じものだから、わざわざことばで定義し、「分けて離せ」と言っているのだ。
事実、古代日本には卑弥呼に代表されるように女性祭祀王が存在し、大きな権勢を振るった。天照大神という女性最高神の存在も、ある意味ではそうした流れをくむのかもしれない。
男性王としての権威を象徴すべく、天照大神男性説も唱えられた時期もあったそうだが、実際に、古代では女性が「神憑り」として力を持っていたのは揺るがない。
特に和魅大陸、ここでは神仏が実在であり、人々の生活と地続きだ。
男性統治王の軍事力も、女性祭祀王の権威力も、必須の国家運営技能である。
そこで出てくるのが、大名と姫巫女の力関係である。
まずこの二つは対等ではない。それは、法典にも記されている。
要約・意訳すれば、「男は敵と戦え、女は子を守れ。男は女子供を最優先せよ。女は男の戦いを支えよ。状況に応じ、両者は互いを立てよ」。
つまり、両者の力量差は「状況によって常に変わる」ものだった。「常に一定」という意味での対等は存在しない。
そこがややこしいのだが、戦の時代は男のほうが力を持ち、太平の世ではかかあ天下と考えればよい。
すなわち、平時における神使は、一般に、騎馬武者なみの扱いである。
神使は一人ひとりが明瞭に禄を持つことからも、それがうかがえる。
たとえば中堅格の神使の知行は三百石前後。馬廻並みである。立派な上士だ。
新米神使でも、百石ほど。つまり、神使という身分は、武士で言えば直参のお侍である。神様の直参、その使いというわけだ。
ちなみに、ざっくりと一石を一両、そして一両を十六万円とすると、百石は千六百万円の年収だ。
とはいえ、実際にはここから税金や、奉公人、家来の給料を払うわけだから、手元にはだいたい四割、六百四十万円が残る。
神様の家来と、大名の家来の間で火花が散ることも間々ある。それが、ひとの世の常なのだろう。嫉みや妬みからは逃れられない。
さても、ここ
神使が絶対的な力を持つのは、むしろ自然であろう。
侍たちは、神使を遠巻きに見つつ、どこか遠慮がちに距離を取っていた。
三人は場内の土壇場に連れて行かれた。
周囲は竹矢来で囲まれている。
(刑罰って流れではねえな)
愁慈郎はそう思った。
普通、罰は見せしめも兼ねる。一罰百戒。一を罰し、百を戒める。一人をこっぴどく罰して、百人に「お前らも阿呆な真似をすればこうなるのだ」と見せつけるわけだ。
多分、朽梨は事前に文を送ったものと思われる。伝書鳩を飛ばしたか、しれっと飛脚を走らせたか。
いずれにせよ、愁慈郎と銀夜は即座に首を落とされるわけではないらしい。
斬首ならば、見物人がいるはずなのだ。
二人は土壇場に跪かされる。土壇場とは、文字通り土を壇上に盛り上げた場所である。土壇に上げられた絶体絶命みたいな意味で用いる土壇場も、この場所に由来する。
罪状を述べられる罪人は、ここに引っ立てられるのだろうか。
本来は縄を打たれるのだが、愁慈郎らは自由がきいていた。
とはいえ周囲には刀を差した侍が複数おり、神使が、朽梨含め二人いる。
とても勝てる状態ではない。ねずみ一匹通さん、と殺気立つ足軽らが、脱走を許すまい。下手したら「逃げ出したら手足をもいでも構わん」くらいは言われていそうだ。
太平の百五十年。されど、一揆や謀反は度々起こる。それに藩が改易となれば、そこに囲われていた大量の藩士が浪人、野武士となる。それらが山賊悪漢に身をやつすことも多い。
「
声がかかった。御簾の向こう、影が揺れている。
男の声なのに、つややかだ。
「銀夜。お前の両親は稲葉朔夜、それから霧島銀乃で相違ないな」
愁慈郎の隣で、銀夜がうめき、「はい」と応じた。
「俺は二人を知っている。戦ばかりの、
御簾の脇にいる二人の男女が、それをゆるりとかきあげた。
奥に座って、扇子を手に胸元へ風を送る麗人を見た瞬間、愁慈郎と銀夜の背筋を、冷たいものがすーっと走った。
気づけば慌てて平伏していた。
「よう。俺はわかるか」
そのひとは、まさしく天嵐様――
あるいは樹洞の神――
神恵戸の時代を作った、張本人であった。
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