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第3回時代をつなぐ「広島3兄弟」の育成哲学 人材流出を止めるヒントは

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潮智史
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 サンフレッチェ広島が念願のサッカーJ1のリーグタイトルを手にしたのは、森保一が監督に就いた2012年だ。

 1993年のプロリーグ発足から20年を要した。それまでに、2度の降格も味わった末の栄冠だった。

 一方、育成クラブとしての実績は以前から突出している。ユース出身選手は強豪クラブに次々と移籍。長崎監督の高木琢也や仙台監督の森山佳郎ら、引退後に指導者に転じて活躍する者も多い。

 興味深いのは、初代総監督の今西和男からの30年間で、チーム編成を担う強化部門のトップを務めたのは3人しかいなかったという事実だ。

 結果が伴わなければ、監督同様に強化部も首をすげ替えられ、チームの方向性がぶつ切れになるケースが多い。広島の継続性は、他のJクラブにはほぼ見られない。

Aストーリーズ「目利きの流儀」

サッカーワールドカップ北中米大会に、日本代表の森保一監督はどう挑むのか。その思考をたどると、屈指の目利きである「恩師」の故・今西和男さんに行き着きます。人と組織を成長に導いた今西さんの流儀は、サッカー界に広く影響を残し、同時に現代社会を生きるヒントも映し出します。

森保監督も意識した「育成の広島」の看板

 「その分、伸びる人材を見極めて、育てる文化が根づいた。育成を哲学にしてきた歩みです」。今西、織田(おりた)秀和(現ロアッソ熊本ゼネラルマネジャー、GM)の後を継ぎ、彼らとともに「広島の3兄弟」と呼ばれた足立修は振り返る。

 京都パープルサンガ(当時)…

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潮智史
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