『Time of Ring』(第九稿)Part.4
第四幕:感情のない世界
時空の壁から吐き出されたNOAは、
激しい金属音を立てて硬い地表に激突し、
地面に無惨な轍を刻んで停止した。
メインエンジンは完全に沈黙し、
非常灯の赤い光だけが艦橋を照らしている。
ハッチをこじ開け、
外へ這い出した大地の肺が、
薄い空気を求めて痙攣した。
見上げると、
かつて黄金色だった太陽は赤黒く膨張し、
空の半分を病的なまでに覆い尽くしている。
地表には土も植物もなく、
見渡す限り、プラチナホワイトの
幾何学的なパネルが
地平線まで敷き詰められていた。
二人は警戒しながら、
静まり返ったプラチナの都市を歩き始めた。
やがて、硬い足音を響かせて
「それら」が現れた。
身長は低く、手足は極端に細い。
発達した頭部には、
瞳孔のない漆黒の巨大な目があった。
彼ら——グレイたちは、
大地たちを敵視する様子もなく、
ただ無言で規則正しく歩いている。
大地はすれ違う彼らの姿に、
ある違和感を覚えた。
彼らの顔や体格には、
個体差というものが一切ない。
そして歩幅は正確だが、
時折、関節がひどく軋むように不自然にたわみ、
ふらつく個体がいる。
だが、隣を歩く者は
それに手を差し伸べることもなく、
ただ前だけを向いていた。
水原が携帯端末で
彼らの生体反応をスキャンし、
痛ましそうに息を吐いた。
「顔が同じなだけじゃない。
細胞の構造まで完全に一致している……。
過酷な環境に適応するため、
肉体を極小化して、
単一の優秀な遺伝子を
複製し続けてきたのね。
でも、無理に繋ぎ合わせたツケが回ってきている。
遺伝子のコピーエラーが限界に達して、
種全体が静かに滅びようとしているんだわ。」
その言葉を裏付けるように、
無数のグレイたちが無言で列をなし、
自ら壁面のカプセルに入っていく光景が広がっていた。
生き汚く足掻く執着心も、泥臭い感情も、
彼らは「非効率なノイズ」として捨ててしまった。
だから、この状況を克服しようとするような
野生の生命力すら湧いてこないんだろう。
システムが終了するように、
静かに死を受け入れているのだ。
列から外れた広場の隅。
ガラクタの山の中で、
一体の小柄なグレイが
しゃがみ込んでいるのを見つけた。
その個体は、列には向かわず、
ひび割れた古い機械の破片を
不器用な手つきで
繋ぎ合わせようとしている。
大地が近づくと、
その個体——ディアと呼ばれる存在から、
微弱な概念が脳内に流れ込んできた。
『……壊れている。直さなければ。』
生存の役には立たない、
非効率で無駄な行為。
だがそれは、
自分の手で現実に触れようとする
僅かな命の姿だった。
都市の中心には、
天を突くような巨大な演算コアが鎮座している。
ディアは、その塔を見上げて
微弱な概念を送ってきた。
『あれは、すべてを決めるもの。
迷いも間違いもない、完璧な導き。
私たちはみな、あの声に従って生き、そして終わる。』
ディアの送ってくる「声」という概念には、
どこか盲目的な信仰に近い響きがあった。
彼らは自ら考えることを完全にやめ、
あの塔の決定にすべてを委ねているのだ。
水原は、塔の周囲から
陽炎のように立ち上る 異常な排熱を見つめ、
険しい顔をした。
「あれほどのものを動かし続けるには、
私たちの時代とは比べものにならないないくらい
天文学的な資源が必要なはずよ。
グレイの目撃情報は昔からあって、
中東で多いみたいなんだけど、
もしかしたら彼らは資源を探すために、
タイムマシンで過去に戻って
地質調査をしているかも知れないわね。
でもそまためにもエネルギーが必要でしょうし、
いろいろと積んでるのはコイツのせいなのかもね。」
確実なデータと効率を重視しすぎた結果、
彼らは莫大なエネルギーを消費する
単一の「完璧な導き」に縛り付けられ、
非効率だが新しい道を開くかもしれない
「多様な発想」に
一切手が出せなくなっていたのだ。
ディアの細い指先で、
修理された古い機械が淡い光を放った。
空間に、ノイズ混じりのホログラムが投影される。
そこに映し出されたのは、
赤く燃え盛る空の下、
防護服のようなものを着た
「古代レプティリアン」たちの姿だった。
彼らは、強者が弱者を切り捨てる
あの冷酷な指導者たちではなかった。
大地たちがかつて地下のコンテナに押し込み、
生き延びた「優しい幼体たち」の末裔なのだろう。
彼らは、かつて自分たちの先祖が
巨大な溶岩流に飲み込まれた荒野に立ち、
悼むように頭を垂れながら、
その地帯の地質を記録して回っていた。
「……ただの感傷的な記録じゃないわ。」
水原がホログラムの数値を読み取り、 声を震わせた。
「先祖を悼んで記録されたこの地帯……
地殻の奥深くに、莫大な熱エネルギーと
化石資源が未発掘のまま眠っている座標よ。
効率だけを追い求める今の彼らは、
こんな『感情に任せた非合理な記録』なんて、
ノイズとして見向きもしなかったのね。」
その時、自死の列を統括していた代表体が、
大地たちの前へと歩み出た。
大地の脳内に直接、
冷たく凪いだ概念が流れ込んでくる。
『地球の資源は枯渇した。
我々の生存を維持するため、
全個体の七割を停止させ、
残る三割と中央AIに資源を集中させる。
これは、完璧な最適解だ。』
「最適解だと?」
大地は声を荒らげ、
代表体の目の前に
ディアの古い記録装置を突きつけた。
「お前たちが非効率だと見落としていた記録の中に、
これだけの資源が眠ってる。
自分たちを間引いて
巨大な機械に餌をやる前に、
やれることがあるはずだ!」
代表体の漆黒の瞳の奥で、光が明滅した。
ホログラムの映像と座標データが、
テレパシーの網の目を持つ
彼らの間に波及していく。
『……先祖の非合理な記録が、
これほどの資源の在り処を示していたとは。
我々に欠けていたのは、
こうした多様な視点だったのだな。』
だが、代表体から返ってきた概念は、
深い諦観に満ちていた。
『しかし、感情を捨て、
エビデンスに縛られ続けた我々の遺伝子は、
すでに不可逆的な劣化の限界にある。
今から多様性を取り戻し、
この資源を開拓するには、
あまりにも手遅れなのだ。』
彼らの瞳に絶望はなかった。
あるのは、
すべての苦悩から 解放されたような
安らかな光だった。
広場の奥のハッチが開き、
涙滴型の美しい小型転移艇が姿を現した。
代表体から、
かすかな懇願の念が送られてくる。
『旅人よ。
我々の祖先である
アヌンナキの時代へ向かってほしい。
彼らは効率を求め、
他者を道具として切り捨てる道を選んだ。
どうか過去へ戻り、
我々のような行き止まりに至る前に、
彼らを諭してはくれないか。』
大地は訝しげに眉をひそめた。
滅びを受け入れている彼らが、
なぜ急に「過去の祖先を諭す」などという
不確かな方法を思いついたのか。
代表体は、中央の巨大な演算コアを見上げた。
『すべてを統括するAIクロノスから、
啓示が下されたのだ。
君たちの今の話が、痛く気に入ったらしい。』
「……分かった。引き受けよう。」
大地は無言で頷き、
水原と共に転移艇へと乗り込んだ。
転移艇は灰色の空を切り裂き、
新たな過去へと跳躍した。



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