男系継承主義の理由を知っていて、言わないのか? 「女性天皇・女系継承容認」のパイオニア・所功教授の論拠(2)──雑誌論攷「『皇室典範』と女帝問題の新論点」を深読みする(令和8年6月4日)
(画像は「別冊歴史読本」平成14年10月に掲載された論攷)
女性天皇・女系継承容認=「女性宮家」創設論のパイオニアで、過去20年以上にわたって、女帝論を牽引してきた、所功・京都産業大学名誉教授の論拠を検証する作業を続ける。
皇室の制度や歴史について、ほとんど生涯をかけて研究してきたはずの所氏が、男系継承主義の堅持ではなく、なぜ女帝容認論を社会的にリードすることになったのか、その論拠は何か、そこが本シリーズのテーマである。
前回は、雑誌論攷「皇位の男系継承史と女帝容認論の検証」(「歴史読本」平成17年5月号)をテキストに考えた。
驚いたことに、所氏は、この論攷において、「従来の皇位継承に貫かれてきた〝男系原則〟の由来を明らかにし」と表明し、また、「わが国で、何ゆえに長らく『男系継承』が行われてきたのか、……管見の一端を記そう」と意気込みながら、じつのところ、説明らしい説明をしていない。「皇位は父系で継承されることが早くから慣例となっていた」と認めているのに、肝心のwhyの説明が欠けている。羊頭狗肉そのもの、肩透かしにもほどがある。
人生のほとんどを皇室研究に捧げながらも、「皇家の家法」たる皇位継承の核心部分にいまだたどり着いていないということなのか? それでありながら、市井の一研究者でしかない立場で、皇室の男系継承堅持のための提言ではなく、逆にこれを否定して女系継承容認を唱える、不敬な論理の飛躍は「何ゆえ」なのだろう?
もっとも、後述する『皇位継承』(高橋紘・所功、文春新書、1998年10月)の「あとがき」によれば、所氏自身は、みずからを「〝皇室史〟を専門に研究してきたわけではなく、おもに平安時代の宮廷政治文化史を探索しているに過ぎない」と規定している。必ずしも専門ではないというわけだが、だとすれば、なおのことなのである。
皇位継承は文明の根幹に関わる一大事である。男系主義の理由が分からないなら、「分からない」と率直に認めるべきで、それが研究者の良心のはずである。もしご自身では計り知れない、深い意味があるのに、それをハナから否定すれば、もしかしたら取り返しのつかないことが起こり得る。そのように想像することはないのだろうか? いや、逆に、もしかして、答えを知っているのに、知らないふりをしているのか? まさかとは思うけど。
1 「別冊」に載せるべき論攷でない
今回は、この「歴史読本」の論攷の2年半前に書かれた「『皇室典範』と女帝問題の新論点」(「別冊歴史読本」平成14年10月)を取り上げるのだが、これまたじつにおかしな論攷である。内容以前の問題として、「別冊」掲載に相応しい論攷とは思えない。
まず、執筆の経緯である。前回、説明したように、「歴史読本」平成17年5月号に掲載された「検証」に、つぶさに書かれている。
「私は4年前(平成13年9月)、参議院法制局の部内研究会に招かれて講述した内容を、まもなく衆議院法制局の要請により論文として提出した。その後、翌14年10月発行の『別冊歴史読本 歴代皇后人物系譜総攬』に執筆を求められたので、その論文に手を加えて『皇室典範と女帝問題の新論点』を寄稿した」
つまり、平成13(2001)年9月ごろ、ちょうど宮内庁や内閣官房、内閣法制局での研究会、懇話会で非公式研究が進み、女帝容認=「女性宮家」創設の議論が既成事実化していたころ、所氏は衆参の法制局の官僚たちからお声がかかり、そして、官僚たちに乗せられ、踊らされ、アウンの呼吸で暗黙の要請に従い、一般読者向けに資料をまとめ直したのが、この『別冊』に載る「新論点」だということらしい。少なくとも私にはそのように読める。
だとしたら、本来、「別冊」に載るべき論攷ではなかったと思う。
「歴史読本」の論考「検証」では、所氏は、「別冊」の論攷「新論点」を踏まえたうえで、「新論点」では説明されていない3点、すなわち、①わが国で、何ゆえに長らく「男系継承」が行われてきたのか、②皇族女子の宮家創立に伴い、増える皇族の範囲をどう定めるのか、③女性宮家に生まれる子孫が即位する場合の「女系継承」の在り方をどう考えるのか、を中心に書くことを宣言している。
ということは、「何ゆえに長らく『男系継承』が行われてきたか」については、「別冊」には書かれていないことになる。「別冊」をいくら読んでも、私の目下の目的は達成できないということになる。
2 論攷掲載の経緯を邪推する
何よりもおかしいのは、所氏の論攷が、この「別冊歴史読本」のなかで、完全に浮いていることである。
「別冊歴史読本」は不定期刊行のムック形式で、いずれの号も特定のテーマを立て、それぞれのテーマを体系的、網羅的に深く掘り下げるのが大きな特徴となっている。この号の総タイトルは「歴代皇后人物系譜総攬」で、以下のような構成となっている。
巻頭史論 「皇后」をめぐる諸制度の変遷 橋本義彦
特別研究 后妃になった斎王 所京子
特別企画 歴代天皇配偶者系譜総覧 寺西貞弘ほか
特別評伝 近代皇后の肖像 高野澄
特集ドキュメント 徳仁皇太子妃・小和田雅子 川口素生
特別評論 「皇室典範」と女帝問題の新論点 所功
特別資料 三后一覧〈皇后・皇太后・太皇太后〉 橋本義彦
メインはむろん「特別企画」の「総覧」だが、じつのところ「巻頭史論」のほかはすべて「特別」であって、そのため逆に「特別」感が失われている。それはさておき、そのなかにあっても、太字で示した所氏の論攷は「特別」に異彩を放っている。どう見ても、総タイトルとは無縁だからだ。それかあらぬか、所氏の「特別」な論攷のタイトルは表紙には載っていない。
企画・編集の常識からすれば、ふつうはこんな誌面の構成はあり得ない。編集方針が首尾一貫していない。見ようによっては、編集権の途中放棄である。もしくは筆者による乗っ取りである。編集者と書き手のふつうではない関係性をも夢想させる。実際、どんな経緯があって、掲載に至ったのか?
所氏は、既述したように、「別冊に執筆を求められたから、寄稿した」と説明しているが、事実がそれほど単純だとは思えない。編集者だった私の経験から推測すると、総タイトルに見合う「歴代皇后の通史」を書くよう依頼されたものの、素直に応えなかったということではなかろうか?
当然、その後、編集者から修正、加筆を求められたけれども、それにも応じず、今度は「『別冊』の論攷『新論点』を踏まえたうえで、『新論点』では説明されていない3点」について執筆し、「歴史読本」平成17年5月号に「検証」が掲載されたという変則的経緯があるのではなかろうか?
その際、最優先されているのは、女系派官僚たちの暗黙の要請である。編集者の注文でもなければ、皇室の原理原則でもない。それとも、そう考えるのはゲスの勘ぐりだろうか?
3 「はじめに」が抜けている
問題はむろん中身である。すでに書いたとおり、「別冊」の論攷には、男系継承に関する「何ゆえ」は言及されていない。であれば、この論攷を取り上げる必要性はもはやないわけだが、あえて取り上げるのは、所氏の問題意識を探りたいからである。
何十年間も皇室研究に没頭し、皇室論に精通しているはずの所氏が、いかなる問題意識から、過去の歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設を提唱することになったのか、私はそこが知りたいのである。この論攷には謎解きのヒントが隠されているかもしれない。
論攷「新論点」の全体的構成は、以下のようになっている。
はじめに──いま何が問題か
1、「日本国憲法」第1章「天皇」の意義
2、憲法第2条と「皇室典範」の対応関係
3、皇位の男系男子継承を可能にした側室
4、皇位継承の男系男子主義を補った独身女帝
5、旧皇族男子の皇族復帰と即位の可能性
6、皇位継承資格を皇族女子に認める要件
7、皇族女子に入婿する一般男性の処遇
8、男女皇族が皇位を継承する優先順位
9、皇位継承に伴う伝統的儀式の明文化
10、皇位の安定的永続性を保持する英知
この構成は、前回、紹介した、「歴史読本」の論攷「検証」に「骨子」として載っている。ただ、中身が少し違う。「検証」では「新論点」の「はじめに」が抜けている。まさか意図的にだろうか?
「はじめに」は重要である。ズバリ「いま何が問題か」と発問しているからだ。そして、所氏は早々と、女系容認の皇室典範改正を呼びかけている。
ならば、何を「問題」としたうえでの、典範改正なのか?
所氏には、「別冊」のテーマに沿って、皇后の歴史を振り返り、皇室について学びましょうなどという教養番組的な発想はさらさらない。「別冊」のテーマとはまったく無関係に、はじめに女性天皇・女系継承容認のための皇室典範改正ありき、で強引に論を進めている。これは暴走というほかはない。
所氏は、冒頭、「待望の皇長孫として愛子内親王が誕生された」という「慶事」から、書き起こしている。そして、「現行の『皇室典範』に関心を懐く国民は、ふたつの意向を示している」と続けている。
ひとつは、「第一子が出生された以上、男児が誕生される可能性もあるから、現行典範の原則を維持すればよい」というもので、もうひとつは、「皇族女子にも、皇位継承の資格を認める必要があるから、典範の原則を改正しなければならない」という主張のふたつである。
4 皇室を研究する歴史家の問題意識なのか
「しかし」と、所氏は前節を否定し、そして、前者は「不確実な可能性」に過ぎない。もし皇族男子に恵まれなければ、皇位の世襲が不可能になりかねない、と決め付け、典範改正を主張するのである。
所氏の論攷は、過去何年にもわたり、それまでに行われてきた皇位継承問題に関する議論の過程が省略されている。
すなわち、文仁親王(秋篠宮)が昭和40(1965)年にお生まれになって以来、男子皇族が久しく御誕生にならず、次の次の代の皇位継承者の候補がおられないという皇統の危機を背景に、政府内で女帝容認の皇室典範改正研究が潜行してきたこと、皇室に関する知識など皆無に等しいような政治家が「女性が天皇になるのは悪くない」と公言し、小出しにリークされた情報をもとに情報誌や書籍による世論の誘導が試みられただろうことなど、所氏なら百も承知のはずなのに、この「別冊」の論攷では内親王御誕生という「慶事」を逆手にとって、女系派官僚たちのニーズに寄り添うかのように、はじめに女帝論ありきの論陣を張っている。
所氏はすでに、平成10年10月、高橋紘・共同通信記者との共著で、『皇位継承』を書いている。文春新書の創刊第一号という鳴り物入りで、新書の帯にも、序章にも、「増補改訂版に寄せて」(平成30年)にも、皇統の危機が強調され、読者を煽っている。
そして4年後の14年にこの「新論点」が書かれた。内親王御誕生に、「典範の原則を維持すれば良いという見方がある」などととぼけている場合ではない。本心に従い、「慶事とはいえない」と素直に書くべきだろう。そして、そこまで考える根拠をきちんと説明すべきである。
「新論点」の「はじめに」は、最後に、「なお、女帝の来歴については、『皇位継承』に概述した」などとあるが、文春新書の『皇位継承』を読むと、記述されているのは、なるほど、まさに「来歴」であって、皇位の男系継承の理由はどこにも書かれていない。
女系容認論を主張する所氏の問題関心は、歴史を深く探って、男系主義の理由・根拠を解明し、一方で、困難な現実を見定め、そのうえで万やむを得ぬ選択肢として、女系継承を容認しようというのではない。最初から最後まで、歴史論的理由なき、論理の飛躍としての容認論なのである。
だから、おかしいのである。いみじくも『皇位継承』には「むしろ危ない綱渡りを繰り返してきたとさえみられる」(第1章)と明記されている。「綱渡り」をしつつ、それでも、男系継承が固持されてきた理由を、皇室研究者としての所氏は深く探りたいとは思わないのだろうか? 読者が、国民が、求めるのは「綱渡り」のhowではない。男系継承のwhyである。
所氏はwhyを巧みに避けている。所氏には、深い問題意識などないのかとさえ疑われる。まさにそこが問題なのである。男系主義に問題があるのではなく、男系主義が問題だと飛躍して考えることが問題なのである。
ただ、権力者の要求には応えている。要はそれだけかも知れない。所氏の女帝論は権力への追従が最大の目的なのかも知れない。まさか所氏は、天皇および皇室の未来ではなく、権力の顔色をうかがっているだけなのだろうか? だとすれば、内親王御誕生を「慶事」と表現したのは、社交辞令か演技だったということになる。
5 天皇=祭り主の立場に立たず
論攷の要点を、所氏は、前回、紹介したように、各節ごとにまとめ上げている。重複を厭わずに、以下、転載することにする。
1、天皇は、現行憲法でも、一般国民と区別される格別な存在であり、国家・国民統合の「象徴」として重大な公務が課されている
2、しかも、憲法にその皇位は「世襲」と明記され、具体的な継承方法(資格・順序など)が法律の「皇位(ママ)典範」に定められている
3、しかし、その典範に、一方で皇位継承の有資格者を「男系男子に」限定しながら、他方で従来それに寄与してきた側室所生の「庶子継承」を否定している
4、そのうえ、明治以前は男系継承を貫くため、独身(寡婦か未婚)の男系女子が「女帝」に立ち、「中継ぎ役」を果たしてきたが、現典範ではそれもできない
5、そこで、今後とも男系継承を維持するには、臣籍降嫁した「旧宮家の男性子孫」を皇族に復帰せしめるのも一案だが、もはや難しい現状にある
6、そうであれば、むしろ皇族女子が一般男性と結婚されても「女性宮家」を創立し、そこに生まれる御子にも継承資格を認めるようにすべきである
7、ただ、それでも皇族男子がえられない状況を仮定して、皇族女子に継承資格を広げ、一般男性との結婚も認めるとなれば、その「入婿」の処遇などを定めておかなければならない
8、また、皇統に属する皇族が男女とも継承資格をもつ場合、その順序は、従来どおり直系・長計(年長者の系統)優先原則のもとに、「男子>長子(あるいは長子>男子)優先」とするのか、それとも一挙に「男女平等・長子優先」とするのか、慎重な検討を要する。
所氏に私が関心を懐くのは、むろん個人攻撃ではない。どんな生き方をしようが自由である。繰り返し申し上げるが、世間をリード、もしくはミスリードしてきた氏の女帝論の論拠が純粋に知りたいのである。
関係性があるところを以下、拾い読みしてみる。
まず、第1節「『日本国憲法』第1章『天皇』の意義」である。「天皇は、現行憲法でも、一般国民と区別される格別な存在であり、国家・国民統合の『象徴』として重大な公務が課されている」と要約されている。
論攷の本文では、所氏は、皇室典範の在り方を論ずる前提として憲法の根本原則を熟考する必要があると述べ、男女同権だとか、男女共同参画社会の実現というような観点ではなく、皇室固有の特別な地位・役割を引き継ぐことであって、したがって皇位継承有資格者はかならず皇統に属する皇族であることが絶対条件となるだけではない、と畳みかけている。
指摘すべき第1点は、前にも書いたように、皇室研究家らしからず、憲法論が起点になっていることである。
伝統主義的立場では、天皇=祭り主であり、天皇第一のお務めは祭祀のはずだが、所氏の女帝論では、「国事行為」をなさるのが天皇なのである。所氏は、なぜ「祭り主」天皇論の立場で、皇位継承を語らないのだろうか? この問題意識が、私には理解できない。
想像力を膨らませれば、「祭り主」天皇論では、女系派の官僚たちには嫌われる。憲法の政教分離がネックになるからだ。「1.5代」「象徴」天皇論に立つ官僚たちに取り入るには、「祭り主」論は封印しなければならない。もしやそういうことであろうか?
ただし、私は、天皇の祭祀が憲法の政教分離原則に違反するとは思わない。宮中祭祀には教義もなければ、布教の概念もない。信者もいない。宗教団体ではない。
もうひとつ、蛇足ながら、所氏は、男女同権論の立場から、女帝容認論を展開しているのではない。そのことをご自身で明言しているのは注目される。
6 男系継承のwhyを語らずに女系を容認
所氏は、第3節「皇位の男系男子継承を可能にした側室」、第4節「皇位継承の男系男子主義を補った独身女帝」で、過去の男系継承がどのように行われてきたかを綴り、側室や女帝の存在と役割に目を向け、ひるがえって、現行典範を批判している。
すなわち、「一方で、皇位継承の有資格者を『男系男子に』限定しながら、他方で、従来、それに寄与してきた側室所生の『庶子継承』を否定している」、「明治以前は男系継承を貫くため、独身(寡婦か未婚)の男系女子が『女帝』に立ち、『中継ぎ役』を果たしてきたが、現典範ではそれもできない」というのである。
論攷の本文で、所氏は、女系継承について、「過去の女帝がすべて独身だったのは、皇位の男系主義を貫くため、男系の女子が中継ぎ役として即位することはあっても、女系を生じないように1代限りで男系の男子に後を譲ることが前提だから、結婚を認められなかった」と説明している。
それなら、なぜ「女系を生じないように」しなければならないのか、なぜ女系は認められないのか、所氏は核心部分を語ろうとしない。
そして、所氏は、男系継承のwhyを語らないまま、第6節「皇位継承資格を皇族女子に認める要件」で、「むしろ皇族女子が一般男性と結婚されても『女性宮家』を創立し、そこに生まれる御子にも継承資格を認めるようにすべきである」と、一気に女系継承容認に論理を飛躍させるのである。
もうこれでは読むに値しない。長い人生をひたすら皇室研究に捧げた知識人の論攷とはとても思えない。所氏は、もしかして、女系派官僚たちの代弁者を演じているだけではないのだろうかとさえ、疑われるのである。
7 何が「特別」なのか?
長くなったので、以下、とくに気づいた3点のみを、簡単に指摘する。
1、所氏は、第2節「憲法第2条と『皇室典範』の対応関係」で、憲法が定める「皇位の世襲」について、マッカーサー・ノートを引用し、憲法は女性天皇を想定していないという考え方があると説明している。
しかし、そうではないだろう。「世襲」はもともとdynasticの和訳であり、「王朝の支配」を意味すると解釈すべきで、であればこそ、王朝の変更をもたらす女系継承は認められないのである。
2、所氏は、第6節「皇位継承資格を皇族女子に認める要件」で、「皇位世襲原則を末永く維持していくためには、男系男子原則を修正して、皇族女子にも皇位継承の資格を認める必要がある」と書いている。
しかし、女子の継承は「末永く」とはならない。女系継承は皇位継承にはならない。だからこそ、過去には認められなかったのである。とくに明治以降は、終身在位制がある。終身在位制と女帝否認はセットで考えなければならない。所氏の論理は破綻している。
3、所氏は、第7節「皇族女子に入婿する一般男性の処遇」で、女性天皇の夫君の敬称について言及し、イギリス王室に倣うなら、皇婿(皇配)「殿下」としか呼ばれないなどと述べている。
しかし、日本では、皇后「陛下」と呼ばれるようになったのは明治になってからで、以前は「殿下」だったことについて説明がない。イギリスでは父母の同等婚(王族同士の婚姻)が原則であったことについて言及がない。
イギリス王室に倣うというのなら、皇族同士の婚姻を訴えるべきだろう。それなら女子の継承も認められ得る。古代の皇后の多くが皇族であることは、「別冊」の「三后一覧」を見れば、一目瞭然である。
以上、「別冊歴史読本」掲載の「特別評論」と銘打った所氏の論攷を深読みし、女帝論の論拠を検証したのだが、結局のところ、所氏は、長年の学問研究に基づく歴史論的論拠を何ら示し得ていない。何を問題にしたいのかも、分からない。女帝容認の結論に至る論理の展開にも無理がある。この論攷の何が「特別」なのか、なぜ場違いな雑誌に載せるのか、私にはまるで理解できなかった。
ただ、何かウラがあるという疑いは、確信に変わりつつある。私には壮大なスキャンダルのニオイがする。


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