日立製作所発祥の「パンポン」が創業の地で人気…起源は100年前、手軽なプレーで市の大会に700人
日立製作所で昼休みに従業員らがプレーする「パンポン」が、手軽に楽しめるスポーツとして、創業の地・茨城県日立市で市民に広がっている。卓球とテニスを組み合わせたような球技で、約100年の歴史がある。普及振興のために企画された市パンポン大会は約700人が参加する人気行事となった。(日立支局 大垣裕) 【動画】「パンポン」 日立製作所従業員の人気スポーツが市民にも流行…茨城
「入った?」「アウトだよ!」。同市の日立事業所の昼休み、昼食を済ませた従業員らが続々と建物の外へ集まる。木の板を手に、ワイシャツや作業着のまま、白線が引かれた専用コートでボールを打ち合った。
グループ会社入社3年目の大谷雅広さん(25)は「普段はデスクワークなので、体を動かすと気分転換になる」と汗を流していた。
同社が“社技”と呼ぶパンポンは、縦7メートル、横2・5メートルのコート中央に高さ40センチの木製の「ネット」を置き、木製ラケット(縦30センチ、横20センチ)で軟式テニスのボールを打ち合う。短い休み時間に勝敗が決するよう、4点先取の3セットマッチで行われる。
起源は1921年頃。創業間もない日立製作所の市内の工場では昼休みにキャッチボールがはやったが、ボールがそれて窓ガラスを割ることも多く、禁止となった。そこで従業員が地面に線を引き、廃材の板でゴムボールを打ち合ったのが始まりとされる。
「パンと打って、ポンと弾む」として、29年、工場長だった高尾直三郎さんが「パンポン」と命名し、正式ルールも作られた。グループ会社勤務の加藤康広さん(53)は競技歴35年で、「ミスターパンポン」の異名を持つ。約20年愛用するラケットは、ホームセンターで杉板を購入して自作した。得意とするドライブ回転のサーブを打ちやすくするため、持ち手を狭くし、重さや球の弾み具合にもこだわった。加藤さんは「従業員同士の会話が自然と生まれ、職場環境も良くなる」とその効果を説明する。