クラウディクラウドファンディング
1 魂の死について
故ウィリアム・レーネンさんは、当時四十代の私にズバリと言った。
両親が入院している上に姉もがんになってしまい混乱している、と相談したときのことだ。
「お姉さんが生きようが死のうが、それが君に何の関係があるんだ?」
私はその瞬間撃ち抜かれたようになって、ぎっくり腰になった。
そのくらい、それは真実だったのだろう。
今現在も、家族や親しい友だちや大勢の人が私に言ってくれる。もう充分やった、あとは行政にまかせろ、自分の人生を生きろ。
私はそれはそうだと思う。心から同意するし、自分の人生に足りないのはそのきっぱりした「ない袖は振れない」「己を大切にする」ニュアンスだということもわかっている。
それでも、どうしても向いてないことというのはある。
私にとってそれは、人の死を願うこと。
それだけはどうしてもできない。命というものが好きだからだ。
私は母と折り合いがどうしても合わず、決してものすごく仲が悪かったわけではないが、最後まで大きな葛藤と共に過ごした。
母が急に死んだ午後、私は悲しみよりも先に「やっと終わった!」と思った。「終わったらあっけないものだな」と。
私の性質上、決して死を願ってはいなかったが、母とはどんなに大変な人物だったことか。私はやっと解放されたと思った。これからは自由だと。
しかし、全然終わっていなかったのだ。
人が人を支配し、魂を殺してしまう。その恐ろしい問題の根っこはずっと残ることをまだ知らなかった。
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