Article

Conversation

Image
クリエイターvs生成AI。なぜここまでわかり合えないのか。「暗算大会」に「電卓」を持ち込むなという話。

クリエイターと生成AIはわかりあえないのか

SNSを開けば、連日のように「AI推進派」と「AI反対派」のクリエイターが激しい議論を交わしています。「AIはクリエイターの魂を冒涜している」「いや、AIを使わないのは時代遅れだ」と、互いの主張が交わることはありません。 なぜ彼らは、いつまで経っても平行線のままなのでしょうか。 結論から言いますと、両者は「全く違う競技」に参加しているからです。
前提となるルールが異なる者同士が議論を交わしても、永遠にわかりあえるはずがありません。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

AIとはつまりはただの計算機。電卓の強いやつです。

議論がこじれる原因の一つは、AIという存在を過剰に神格化、あるいは悪魔化しすぎていることにあります。「AIが人間の仕事を奪う」「AIには心がない」などと壮大な主語で語られがちですが、 AIとは、魔法でも脅威でもなく、ただの「計算機」です。過去の膨大なデータを学習し、確率論に基づいて最もそれらしい答えを出力するプログラム。
要するに、ものすごく性能が良くて、複雑な処理が一瞬でできる「めちゃくちゃ強い電卓」でしかありません。 電卓に対して「心がない」と怒る人間はいません。AIもそれと同じ、ただの便利な道具に過ぎないのです。 AIに「宇宙の起源について」と打ち込んで、宇宙についてのあらゆる最新の情報を丁寧に解説してくれること。 電卓に「1+1」と打ち込んで「2」という答えが返ってくる。 やってることは全く同じです。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

暗算大会に電卓を持ちこむとルール違反な理由

暗算大会という競技があります。選手たちは何年も訓練を重ね、己の頭脳の限界に挑んでいます。会場には、同じように己の限界に挑むライバルたちが集まっています。 いざ競技が始まり、全員が必死に頭をフル回転させているその時。一人の参加者がポケットから最新型の関数電卓を取り出し、ボタンを叩いて「はい、答え出ました。1秒です」と宣言したらどうなるでしょうか。 当然、「ふざけるな」「ルール違反だ」と非難され、失格になります。
暗算大会は「人間の頭脳でどこまで計算できるか」という過程と限界を競う場所であって、答えの正確さやスピードだけを求める場所ではないからです。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

クリエイター界隈に電卓を持ちこむとルール違反な理由

クリエイター界隈で起きているAIへの反発も、これと全く同じ構造です。 クリエイターにとっての創作とは、「人間の手と技術で、どこまで素晴らしいものを生み出せるか」を競う競技大会です。何十時間もかけてキャンバスに向かい、ミリ単位の筆のタッチにこだわり、試行錯誤を繰り返します。彼らはその「過程」そのものに価値を置いています。
「そんな競技に参加した覚えはない」というクリエイターもいると思いますが、クリエイターとはそもそもそういう業を背負っています。 意識するにせよしないにせよ、クリエイターを目指した瞬間、人間の限界に挑戦するというルールの中に放り込まれます。 そこに「AI≒強い電卓」を持ち込んで一瞬で作品を作ってしまうのは、クリエイターという競技ルールからすれば明らかな反則行為に他なりません。人間の限界を競う神聖な場所に、計算機を持ち込んで得意げにしている人間がいれば、激しく拒絶されるのは当然の反応です。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

クリエイターは無駄を突き詰めるもの、ビジネスは無駄を省くもの

ここが最も重要な違いです。 クリエイターという生き物は、本質的に「無駄を突き詰める」ことを尊びます。効率化とは無縁の、泥臭い手作業や終わりのない修正作業。その「人間の無駄」こそが楽しいのです。無駄であればあるほど、素晴らしいのです。矛盾していますよね?笑。無駄の蓄積こそがクリエイティブの源泉なのです。 一方で、ビジネスは「無駄を省く」ものです。結果が同じなら、10時間かかる作業を1秒で終わらせる方が圧倒的に正しい。暗算などせずに、さっさと電卓を使えというのがビジネスの基本ルールです。コストを最小化し、利益を最大化する。そこに過程の美学や感情は介入しません。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

AIを使ってる人たちはビジネスをしている。だからクリエイターとわかりあえない。

AIを積極的に活用している人たちは、無意識のうちに、あるいは意図的に「ビジネスのルール」で動いている人が大半です。いかに効率よく、コストをかけずに良質なアウトプットを出し、市場のニーズに応えるかを考えています。(とくにエロ作品。)
もしも、あなたが「AIに負けた」と感じたならそれは、無意識的にビジネスの視点で考えてしまっているからです。 冒頭でお話した「AIが仕事を奪う」というのならそうなのでしょう。だってビジネスに使ってるんだもん。 「無駄を愛するクリエイター」と「無駄を省くビジネスマン」。
この両者が交わることはありません。競技の目的が根本から違うのだから、わかりあえなくて当然です。クリエイターは「過程」を評価してほしいと願い、ビジネスマンは「結果」だけを見ています。
この視点のズレがある限り、議論は絶対に噛み合いません。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

あなたはクリエイターですか?それともビジネスマン?

ここで明確にすべきは、自分自身の立ち位置です。 イラストに関して言うなら、「素敵なイラストを自分の手で作りたい」のか、それとも「イラストという手段を使ってお金を稼ぎたい」のか。どちらなのでしょうか。 純粋に創作の過程を楽しみたいのであれば、クリエイターとしての道を歩めばいいのです。しかし、作品を販売し、利益を得ようとするのであれば、それはすでにビジネスの領域に足を踏み入れています。 ビジネスの土俵に立ちながら、クリエイターのルール≒無駄の美学を主張するのは完全に矛盾しています。お金を稼ぎたいのであれば、効率化のツールであるAIを否定する理由はどこにもありません。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

まとめ:クリエイターとAIの付き合い方

私は楽曲制作もしていますが、楽曲については進んでビジネスにしようと思っていません。なのでAI楽曲が台頭してきてもふーんすごいなー(ハナホジ)でおわりでした。別にAI楽曲が凄かろうがなんだろうが、私が作る楽曲と比べるものではなく、私が作る楽曲に何の影響もないからです。 でも、ごくたまにですが、私に対してAI楽曲を使って「ヒーリングミュージックすぐできるよね~」とか言ってくる輩がいます。そーゆーやつは叩き潰しますが。笑
AIでクリエイターヅラしてる人は言うなれば、電卓使って「私計算はやーい!すごいだろ~!」とドヤっているのと同じだからです。こんなに滑稽なことはない。電卓なんて誰でも使えるからです。 逆にAIを使ってビジネスとして売上を上げてる人はすごいなぁと普通に感心します。
もし、今私が楽曲制作を進んでビジネスにしようと思うならおそらくAIを使うでしょう。ネタだしとか。 趣味全開の楽曲制作なら、AIを一切使わず徹底的にこだわり、10年かけて一曲を作るかもしれません。 どちらの土俵にいるか、どちらの視点で考えるかの違いなのです。
これだけは覚えておいて欲しいですが生成AIにスピードで負けたからといって、あなたのクリエイターとしての作品がダメということには絶対になりません。そして、さらに安心してください。人間は誰にでもできることに対しては価値を感じないようにできています。
暗算大会もなくなりませんし、オリンピックもなくなりません。人間は人間の限界に挑戦することが楽しいのです。 今は「AIの進歩がすごい!こんな動画が◯◯秒で!」と進歩について評価されていますが、あくまでも評価されているのは「進歩」であって、「作品」そのものの価値ではありません。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・ クリエイターとAIの付き合い方は、自分がどちらの競技に参加しているかを自覚することから始まります。 純粋なクリエイターでありたいなら、AIを無理に使う必要はありません。自分の手で生み出す価値を信じて、人間の限界を目指せばいいのです。 しかし、「作品で稼ぐ」というビジネスの土俵に立つのであれば、意地を張らずに最強の電卓≒生成AIを使いこなす術を学ぶべきです。
自分が戦うべき場所を見極め、目的に合った道具を選ぶこと。それが、これからの時代における正しい立ち回り方だと私は思います。
Want to publish your own Article?
Upgrade to Premium