『Time of Ring』(第九稿)Part.7

第七幕:宇宙意志


時空艦NOA2が実体化した先は、
すべての歴史の最果てだった。

分厚いハッチが開き、
大地が足を踏み出したその場所は、
かつての地球の面影を
微塵も残していなかった。

空の半分を、
赤色巨星と化して膨張した太陽が
不気味に覆い尽くしている。

地表は煮えたぎるマグマの海となり、
その中に、
天を突くほど巨大な「水晶の森」が
どこまでも広がっていた。

大地は、
熱波に耐えながら
水晶の森の奥へと歩みを進めた。

探索するうち、
大地は足元に生える巨大な水晶の柱に違和感を覚え、
そっと表面に手を触れた。

ただの鉱物ではない。

触れた瞬間、微弱な熱と共に、
言葉にならない「記憶の波」が流れ込んできた。

それは、大地がこれまでの旅で出会ってきた者たちの、
その後の姿だった。

薄暗い部屋で、
泥水にまみれながらも
必死に手記を書き残し続けるイザベラの横顔。

プラチナの都市で、
隣の個体と不器用に肩を並べ、
古いホログラムを見つめるディアの姿。

火星の荒野で、
原始人類と共に泥にまみれながら
ドームを建設するセリアの汗。

「宇宙に生きるすべての命の、
意識の海だよ。」

不意に、透き通るような声が響いた。

水晶の森の奥から、
一人の人物が歩み出てくる。

白く透き通るような肌と、
色素の薄い髪。

転移の暗闇の中で、
常に大地を次の時代へと導いてきた、
あの夢の中の案内人——シグルだった。

「よくここまで辿り着いたね、大地。」

シグルは、穏やかな微笑みを浮かべて出迎えた。

「我々は『ノルディック』。
君たちが過去の時代で切り捨てを否定し、
命の繋がりを守ったことで、
感情を失わずに到達できた
人類の最終進化形態だ。」

大地の背筋に、
すべてを理解した冷たい戦慄が走った。

「韮山に設計図を見せたのも……
グレイたちに自死を命じたのも、
アヌンナキに人間を見捨てろと囁いたのも……
すべて、あんたたちが見せていた『夢』だったのか。」

「歴史の『最終最適化』だよ」

シグルは周囲の水晶を愛おしそうに撫でた。

「我々は、我々を救ってくれた君の
妹を助けたかった。」

シグルの声には、確かな悲哀が混じっていた。

「だから、すべての時代の悲劇や痛みをなくすために、
最も美しく無駄のない『完璧な歴史』への道筋を、
夢として過去へ送り続けた。

君が我々の夢の通りに動いていれば、
時空は安定し、あかりは無事に目覚めるはずだった。」

シグルは手を差し出した。

「だが君は、すべての時代で我々の導きを壊し、
無駄な命を救ってエラーを増やした。

……大地。

今からでも遅くはない。

我々の完璧な計画を受け入れろ。

そうすれば、宇宙の負荷は消え、あかりは助かる。」

完璧な歴史の管理者による、完全なる救済の提案。

それを受け入れ、
彼らの見せる心地よい夢の中に沈めば、
妹は助かる。

だが、大地の脳裏に浮かんだのは、
水晶から伝わってきた
あの「ノイズ」のような記憶だった。

他者を切り捨てる完璧な計画の中には、
あの泥臭い連帯も、
不器用な優しさも存在しない。

痛みをなくすということは、
痛みを乗り越えて誰かと手を繋ごうとする、
命の本当の輝きすらも
消し去ってしまうということだ。

大地は水晶から手を離し、
静かにシグルの顔を真っ直ぐに見据えた。

「……断る。」

「なぜだ!
君は妹を救うためにここまで来たのだろう!」

シグルが初めて感情を露わにして叫んだ。

「痛みをなくすために、
他人の選択の自由まで奪うな!」

大地は腰のEMP(電磁パルス)発生器を起動し、
森の中枢である巨大な『中央管理の水晶塔』に向かって歩き出した。

「お前らが『理想』だの『完璧』だの言って、
心地よい夢で他人の人生をコントロールしようとするから、
世界が歪むんだ。

あかりの脳を焼き切っているのは、
お前らが数百万年かけて繰り返してきた
『身勝手な歴史介入』そのものだ!」

大地は、言葉による議論ではなく、
自らの手で
EMP発生器を
中央の水晶塔に力強く叩きつけた。

強烈な電磁パルスが炸裂し、
一億年後の水晶の森に、
ガラスが砕け散るような
甲高い音が響き渡る。

管理システムが物理的に破壊された瞬間、
ノルディックによるすべての介入プログラムが
リセットされた。

赤い太陽の光が歪み、
一億年後の世界が、
そして時空艦NOA2の船体が、
光の粒子となって分解され始める。

タイムマシンという宇宙のバグが、
すべての時代から消え去っていく。

介入というノイズが消滅し、
宇宙の歴史は、ただ泥臭く、不確定で、
痛みに満ちた本来の自然な姿へと収束していった。

最終幕:約束の地平


消毒液の匂いと、
静かな心拍モニターの電子音。

大地が目を開けると、
そこは2026年の、
国立医療センターの
プラスチック製の椅子の上だった。

窓の外には、
見慣れた冬の青空が広がっている。

赤い太陽も、鉛色のスモッグも、
空を割る巨大な箱舟も存在しない。

初めからこの世界には
タイムマシンなど存在していなかったかのように、
完璧な日常がそこにあった。

「……お兄ちゃん。」

ガラス越しの無菌室。

かすれた、しかし確かな声が聞こえた。

大地は弾かれたように立ち上がり、
ガラスに駆け寄った。

ベッドの上で、
三週間以上目を閉じていたあかりが、
ゆっくりとまぶたを開けていた。

数百万年にわたる歴史介入の負荷から解放された彼女の脳は、
細胞崩壊を完全に停止し、正常な機能を取り戻していたのだ。

医師たちが慌ただしく病室に駆け込み、検査を始める。

落ち着きを取り戻した数時間後。

防護服を着て病室に入った大地は、
あかりの細い手を両手で強く握りしめた。

「……ひどい顔だね、お兄ちゃん。
何日徹夜したの?」

あかりが、少しだけ口角を上げて笑った。

「そっか……。私もね、
すごく長くて、不思議な夢を見てた気がする。」

あかりは、窓の外の青空を眩しそうに見つめた。

「いろんな時代の、いろんな人たちが……
最初はケンカして、自分だけ助かろうとしてたんだけど。
最後はみんなで力を合わせて、
一つのものを作ろうとしてる夢、かな。」

宇宙からの直接の通信も、
神のような存在からの心地よい啓示もない。

ただ、異なる時代、異なる場所に生きた命たちが、
同じ宇宙の中で不器用に影響を与え合い、
痛みを伴いながら互いに手を取り合ったという「事実」だけが、
彼女の記憶の底に暖かく残っていた。

「……ああ。いい夢だったな。」

大地は、ポケットの中に手を入れた。

そこには何も入っていない。

未来からの証拠も、超常的な力もない。

あるのは、誰かに管理されることなく、
自分たちの手で選び、泥にまみれながら進んでいく
不確定な世界だけだ。

「さあ、帰ろう。あかり。」

無限に広がる新しい地平線を前に、
大地の静かで、しかし確かな日常が、
再び動き始めた。

(了)

いいなと思ったら応援しよう!

コメント

コメントするには、 ログイン または 会員登録 をお願いします。
『Time of Ring』(第九稿)Part.7|古井和雄
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1