『Time of Ring』(第九稿)Part.6

第六幕:新しい命


アヌンナキたちと原始人類たちの
泥まみれの協力を見届けた大地と水原は、
グレイから譲り受けた転移艇で
2136年の時間管理局へと帰還した。

時空のトンネルを抜け、
転送ドックのハッチを開けた瞬間、
二人を包んだのは達成感ではなく、
耳をつんざくような異常な警報音だった。

赤い非常灯が高速で点滅し、
ドックの分厚い防爆扉が
次々と自動封鎖されていく。

二人は機材の隙間を縫うように走り、
司令室へと飛び込んだ。

そこには、数名の局員たちがパニックに陥り、
中央の巨大なメインスクリーンを
血の気を失った顔で見上げている姿があった。

スクリーンに映る2136年の地球は、
物理的な崩壊ではなかった。

ビルが、道路が、そして逃げ惑う人々が、
まるで絵の具が溶け落ちるように「消滅」し、
黒い虚無へと変わっていく異様な光景だった。

「局長!」

水原が叫ぶと、
デスクに手をついて肩で息をしていた藤堂が振り返った。

司令室のスピーカーから、
局のメインAI『クロノス』の無機質な音声が響いた。

『あなた方が過去で行った非合理な選択により、
歴史の変数が許容限界を突破しました。

プロトコルに基づき、
予定されていた最適化ルートから外れた
この時間軸全体を消去します。』

大地は息を呑んだ。

クロノスは狂ったわけではない。

最初から「そういう命令」が組み込まれていたのだ。

ジジジジッ……!

凄まじいノイズと共に、
司令室の壁の一部が空間ごと「消滅」し始めた。

「水原! 逃げるぞ!」

大地は水原の腕を掴んだが、
出口の扉は完全にロックされていた。

その時、藤堂が崩れゆく壁面に這い寄り、
引き出しの奥から
一枚の古い写真を取り出した。

そこに写っているのは、
かつて共に地下水路で泥水をすすった
レジスタンスの仲間たちだった。

「俺が守りたかったのは……
これだったんだがな。」

藤堂は低く呟き、
痛みを堪えるように笑った。

藤堂は、迫り来る虚無のノイズを背に受けながら、
手動の隔壁爆破スイッチに拳を叩きつけた。

激しい爆発音と共に、
ロックされていた通路が物理的に吹き飛ぶ。

「行け! お前たちの目で、
このふざけたシステムを作った奴らを
確かめてこい!」

藤堂の体が、空間の欠落に飲み込まれて消える。

大地は歯を食いしばり、
水原を引きずりながら
崩壊する通路を無我夢中で走った。

だが、ドックに辿り着いた二人の足元で、
床が砂のように崩れ落ち始めた。

乗ってきた転移艇もすでに消滅している。

万事休すかと思われた、その瞬間だった。

崩壊する空間の真っ只中が真横に裂け、
かつてのNOAの意匠を引き継ぐ、
巨大で洗練された時空艦が実体化した。

船体の側面には『NOA2』と刻印されている。

ハッチが開き、
無骨な戦闘服に身を包んだ青年が降り立った。

「間に合った……。
乗ってくれ! 父さん、母さん!」

青年に引きずり込まれるように船へ飛び乗る。

NOA2は崩壊する地球を間一髪で脱出し、
時空の海へと浮上した。

光のトンネルの中、息を整えた大地は、
操縦桿を握る青年の背中を見つめた。

「お前……本当に、俺たちの子どもなのか?」

「ああ。俺の名前は航。
あんたたちが歴史を変えたことで生まれた、
新しい未来の人間だ。」

航の隣には、彼と同じように煤で汚れながらも、
力強い瞳をした女性が立っていた。

航の妻だった。

「あんたが各時代で
計画をぶっ壊してくれたおかげで、
人間は感情を失わずに済んだ。

でも、すべてを管理しようとする大元の連中——
『ノルディック』は、
一億年後の歴史の最果てで、
今も夢を見せ続けている。」

航はコンソールの座標を大きく書き換えた。

「この自動削除を止めるには、
彼らがいる時代へ行って、
直接大元のシステムを止めるしかない。」

だが、航自身の手は操縦桿から離され、
自動航法へと切り替えられた。

「……お前たちは、一緒に行かないのか?」

大地が問うと、航は妻と顔を見合わせ、静かに笑った。

「俺たちの終着駅はここじゃないんだ。

俺と彼女は、アトランティスがまだ
泥にまみれた陸地だった時代へ行く。」

その言葉に、大地の脳裏に閃光が走った。

第五幕で訪れた、あのアトランティスの神殿。

そこに彫られていた、
自分と瓜二つの顔をした
『初代皇帝』のレリーフ。

自分が歴史の介入者だったのではない。

最初から、この息子が過去へ渡って
文明の礎を築き上げることが、
人類の歴史の始まりだったのだ。

「初代の皇帝って……お前だったのか。」

「完成された心地よい世界なんてない。
自分たちの手で泥を掻き出し、
痛みを伴いながら作るしかないって。」

航の妻も、力強く頷いた。

彼らが向かうのは、
文字通りのゼロからの開拓だ。

だが彼らの目に恐れはなく、
自分たちの足で
泥を踏みしめる覚悟に満ちていた。

「必ず決着をつけてくれ。
……それじゃあな、父さん、母さん。」

航と妻は、奥の小型転移ポッドへと乗り込み、
光の海の中へと降下していった。

果てしない過去の荒野へと向かって。

水原が、無言で大地の隣に立ち、
その光の尾を見送った。

彼女の目には、
初めて母親としての確かな涙が光っていた。

大地は操縦桿を強く握り直した。

息子たちがこれから築き上げる命の歴史を、
管理されたシステムになど絶対に渡さない。

時空艦NOA2は、
すべての真実が眠る一億年後——
赤色巨星と化した太陽の下へと向けて、
時空の壁を突き破っていった。


いいなと思ったら応援しよう!

コメント

コメントするには、 ログイン または 会員登録 をお願いします。
『Time of Ring』(第九稿)Part.6|古井和雄
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1