「お誕生日おめでとうございます閣下!天下の花形役者であるこのセシルス・セグムントがお祝いに来ましたよー!」
筒状の様なものから飛び出る糸を引っ張ると、突然爆発音のようなものが聞こえた。かと思えば次の瞬間には頭の上にヒラヒラと宙を舞った筒の中からでてきたリボンが着地する。
「…セシルス」
「あは、びっくりしました?」
「たわけが。それよりもなんだそれは」
「これですか?これは『くらっかー』です!ボスに教えてもらいました!」
「またあれの仕業か」
セシルスがこうしてアベルの仕事の邪魔をするのにはもう慣れたが、今日はそんなセシルスの能天気さに溜息をつく。セシルスは誕生日だと言うのに機嫌の悪いアベルに対して、首を傾げる。
「閣下が誕生日に浮かれるような人じゃないのは僕も知ってますが、何をそう毎年カリカリしてるんです?」
「カリカリなどしておらん。ただ、誕生日などたかが生まれただけの日を何故こうも盛大に祝わねばならぬのか甚だ疑問ではあるがな」
「閣下らしい考えですね。でも僕は誕生日好きですよ、誕生日というだけで色んな人からタダでプレゼントが貰えるんですよ!なんと最高な日でしょう!」
そういってさり気なく机の上に座るセシルスに「どけ」と短く注意するが、当然セシルスが聞き入れるはずもない。すると、セシルスは何かを思い出したかの様に懐をゴソゴソと漁り始める。
「あ、そういえばどうぞ」
「…なんだこれは」
「あ、僕からじゃないですよ?彼女からです」
「あの娘か。余計な真似を」
セシルスの指す彼女というのが、今セシルスやアラキアと共に行動し、その使命を全うしようと奮闘する童女であることがわかる。しかしアベルはセシルスの差し出すプレゼントに眉を顰めた。
「そうなこと言わずに貰ってあげてくださいよ。彼女ってば健気に閣下が喜びそうなものは何か選んでくれてたんですから。それにここで受け取って貰えないとこれを渡すよう託された僕がアーニャに怒られちゃいます!」
「はあ。もういい。そこに置いておけ」
アベルはセシルスの言葉に溜息をつき眉を揉む。誕生日は憂鬱だ。生まれたというだけの日なのに手放しに喜ばれ、貢物を渡される。それら全てに目を通し、相応の相手には返礼品を送る。ただでさえ目を通さなければならない書類が山のようにあるというのに、手間が増えて敵わない。
そして、そんなプレゼントの仕分けは、毎年アベルの妻であるミディアムが率先してやっている。別にアベルが強要した訳ではなく、贈られてきたプレゼントに全く興味を持たないアベルに対し「贈られてきたプレゼント達が可哀想!」とミディアムらしい言葉で勝手に始めたことだ。その中でもミディアムがアベルと親しいと思った人からのプレゼントは毎年わざわざ渡しにくる。
「六回目」
「なんだ」
「僕がこの部屋に来てから閣下が溜息を吐いた回数ですよ。ダメですよ。溜息をつくと幸せが逃げちゃうんだとか。これもボスが言ってました」
「ただの空説であろう。仮に本当だろうと幸せなど幾ら逃げようが何とも思わぬ」
元々死ぬために生きてきたのだ。今更、生きて幸せになるなんて大層な願いは持ち合わせていない。
そんなアベルに対し、セシルスは考える素振りを見せたかと思えばぴょん、と机から降りてパチンと指を鳴らす。
「人生は長く短い。人とは生きていればいずれ死にます。僕はそんな人生を世界の花形役者として生きていくと決めました!それは僕の意思で、僕が決めたこと。──閣下が誰に言われるでもなく、自分の意思で皇帝になったように」
「………」
「どんな人の最後にも、その人の生き様や信念が垣間見えます。それは十人十色、千差万別!どんな境遇でどんな人生を歩んできたのか!その人が望んだにしろ望まなかったにしろ、最後に至るまでの生き様を僕たちが推し量ろうとするのは無粋だと思うのですよ」
「…何が言いたい」
「いえ、ただ閣下が後悔しているように見えたので」
そういって気の抜けた笑顔を見せるセシルスに、アベルは確かに苛立ちを感じた。それはセシルスに対しての苛立ちだったのか、はたまたセシルスの言葉を否定できない自分自身に対しての苛立ちだったのか。
「仕事仕事では息が詰まりますよ。僕を見習って少しくらいサボってみては?」
「貴様を見習ったらこの国は終わりだ」
「酷い言われよう!」
そういってけらけらと笑うセシルスを見ているとなんだか気が抜ける。本当に疲れが溜まっているようだ。誕生日は憂鬱だ。贈られる祝いの言葉に、自分が生まれてきた意味を考えさせられる。皇帝として国のために死ぬことを決意したあの日から、死んだ後の事ばかり考え、準備を進めてきたのに。それもこれも全てが唯一信用していた友人の手によって崩壊した。
結果的に帝国は大災を乗り越え、今も完全な復旧に向けて手を進めている。しかし、本来であればこの位置にいたのは自分ではなくその友人のはずだった。どうしてあんな馬鹿な真似をしたのか、どうしてあの時満足そうに笑っていたのか。
自分が死ぬことへの決意はとうに固まっていたというのに……
「──アベルちーん!」
すると執務室の扉が突如勢いよく開けられる。その声にアベルは思考を一時放棄して確認せずともわかる来訪者に向かって「ノックをしろ」と苦言を呈する。
「あ、ごめん。お客さん来てたんだ!…って、セッシーじゃん!久しぶりだね!」
「どうもどうも。それにしても、あの閣下に対してこの扱いができるのなんてボスと貴方ぐらいですよ。嫌いじゃないです。むしろ好き」
「ありがと!私もセッシー好きだよ!…ってそうじゃないそうじゃない!アベルちんに用があって来たんだった!はい、これ!」
そうしてはっとしたミディアムが両手に抱える紙袋をアベルへと手渡してくる。今回は随分と量が多いな。と心の中で溜息をつきながらも口にするとミディアムが煩いので黙って受け取る。するとミディアムはやりきったという顔でふうと息をついた。
「おー、すごい量のプレゼントですねぇ」
「これでも結構仕分けしたんだよ!ほんとにすっごい量のプレゼントが届いてたんだから!毎年目も通さずに捨てちゃうなんて勿体ないや」
そういって唇を尖らせるミディアムを無視してアベルも手渡されたプレゼントには一通り目を通す。たしかに、アベルのよく知る者たちからのプレゼントばかりだった。その中から、自然とアベルの意識は一枚の手紙へと吸い込まれる。
「………」
「あ、これボスからですね!」
「勝手に覗き込むな」
「そんなこと言わずに。開けてみてくださいよ!」
いつの間にか背後に回り込んでいたセシルスがナツキ・スバルから送られた手紙に食いつく。アベルも珍しいという好奇心から机の上に置いてあるペーパーナイフで封を開け、手紙を読む。
『この手紙読んだらすぐに広間に来い。p.s.絶対無視すんなよ!』
「…は?」
▽▲▽▲▽▲▽▲
「…せーの」
「「「アベル、お誕生日おめでとうー!!」」」
「………」
あの手紙の内容的に、ナツキ・スバルが何故か帝国に来ていて、広間に居ることまでは予想していた。しかし、入ってそうそうパーン!という派手な音と共に顔を覆い尽くすほどのリボンが降ってくるのは予想外であった。
アベルはそれを不機嫌な顔で退け、今一度よく広間を見渡す。すると、そこにはスバルを初めとした大災の時に顔を合わせた面々に加え、九神将やシュドラクの民、プレアデス戦隊の面々まで加わって、豪勢に飾り付けられた広間の中央の横断幕にでかでかとアベル誕生日おめでとうと書かれていた。
「やっときたか!待ちくたびれるところだったぜ」
「色々と聞きたいことはあるが。まず、何故貴様がここにいる」
「はあ?祝われて第一声がそれかよ!つってもサプライズだから混乱するのも当然か。そんでさっきの質問の答えだけど…俺がここにいる理由はお前の誕生日を祝うためだ!」
「…何故?」
「話聞いてた?!」
アベルの疑問に盛大なツッコミを入れるスバルへとアベルは何故突然誕生日を祝われているのか聞きたかったのだが、その前に何故か号泣しているゴズに疑問を投げかける。
「貴様らは一体何をしている」
「我らが閣下の誕生を祝える喜び。このゴズ・ラルフォン、この先も一生閣下にお仕えさせていただく所存です!!」
「あー、あのおっさんは準備の時からずっとあんな感じなんだよな。怖いんだけど何とかしてくれない?」
「貴様ァ!閣下に馴れ馴れしく話しかけるなど、不敬の極みであると何度言えば…!」
「うわあ!矛先がこっち向いた!」
泣いていたかと思えば突然怒り出したり、スバルはそんなゴズから隠れるようにアベルを盾にする。するとそれがまたゴズの逆鱗に触れて怒りを爆発させる。正しく茶番である。アベルは会場で追いかけっこを始める二人を無視して着いてきたミディアムとセシルスに振り返る。
「知っていたな」
「まあ。でもここまで盛大な宴になるとは思ってませんでした!さすがボスです!」
「えへへ。騙すつもりはなかったんだけど、アベルちん普通に言っても素直に許可してくれないから」
くだらない宴に参加している暇は無い。と立ち去るにはあまりにも見知った面々が集まりすぎている。恩があるエミリアやスバルが主催なのも何ともいやらしい。このまま無情にも立ち去ってもいいが…
「ちょ…!見てないで誰か助けて?!」
今日の仕事は全て片付けた。ならば、あの男の好意に付き合ってやるのも悪くはないと、アベルは正式に招待された客として会場に足を踏み入れた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「お誕生日おめでとう。なんだか痩せた?ちゃんと食べてる?」
「貴様は相変わらず無駄に元気が有り余っていそうで羨ましい限りだ」
「ふふ、ありがとう」
「…たわけ。今のは皮肉だ」
「えっ!そうだったの?」
驚くエミリアにアベルは呆れる。スバルに似てお人好しなエミリアは人を疑うということを知らない。その分周りの連中が苦労していることだろう。
「あれからもう随分経つのね。なんだか昨日のことみたい」
「あれだけの激戦だったのだ。そう簡単に忘れられるものでもなかろう」
「そうね…」
そういって顔を伏せるエミリアが誰を思っているのか、聞かずとも容易に予想出来た。エミリアからしたら敵だった相手の死を今でも引きずり、こんな顔するのはどうかと思うが、自身の愛する妹の死を悔やんでくれる人間がいるのは存外悪い気はしないものだと思った。
「貴様は貴様の心配をしたらどうだ。死人に口は無いと言うが、あいつの事だ。いつまでも貴様がそんな調子では夢にまで出てきて小言を言ってくるぞ」
「………」
「…なんだ」
アベルの言葉にエミリアは目を見開いている。何にそんなに驚いているのか。理解できないアベルにエミリアが泣きそうな顔で笑って「ううん」と首を横に振った。
「なんでもないの。ありがとう、アベル」
「礼を言われるようなことをした覚えは無い」
「そういうところはプリシラにそっくりなんだから」
そういって舌を出して笑ったエミリアは満足そうな顔でその場を離れていく。すると、その隙を見計らっていたかのように「誕生日おめでとう」と背後から聞き覚えのある声で呼びかけられる。
「いやぁ、もうあれから一年が経ったか。時間の流れとはあっという間だね!」
「貴様も相も変わらず間抜けた事を言うものよ」
「ん?貴様も?」
そういって近寄ってきたのはミディアムの兄であるフロップだ。奥でシュドラクの民が酒を囲んで盛り上がっているが、もはや誰を祝いに来たのか忘れてしまったのではないだろうか。
「貴様はあれに混ざらんのか」
「混ざりたい気持ちもあるけど、僕はお酒はあそこまで飲めないから。遠慮しておくよ」
「貴様の妻も乗り気のようには見えんが」
「あはは!その通り!でも折角の姉妹水入らずなんだ。僕が邪魔をするのも無粋だろう?」
そう言って人好きのする笑みを浮かべる男に、アベルは呆れて溜息をつく。確かに、フロップの言う通りミゼルダに酒を押し付けられ嫌々と首を横に振るタリッタだが、本気で嫌がっているようには見えなかった。あれがあの姉妹なりのコミニケーションのとり方ならば、アベルがこれ以上口を挟む事でもないだろう。
すると、遠くでフロップの名を呼ぶミディアムの声が聞こえてくる。
「あんちゃーん!見てこれ!でっかいケーキ!」
「ああ、妹よ!僕も近くで見たいからまだ切り分けないでくれたまえよ!」
「わかったよあんちゃん!」
ミディアムに呼ばれ嬉しそうにそう叫んだフロップは誰が用意したのか、会場にいる全員で食べても余りそうなほどに大きいケーキの前ではしゃぐミディアムを愛おしそうに眺めている。それからフロップは視線をアベルに戻すと……
「どうか、この国の平和がいつまでも続くように。そして僕の妹が幸せであることを願っている」
「貴様に言われずとも、余の責務は果たすつもりだ」
「その言葉が聞けて安心だよ。──でも、僕は君にも幸せになって欲しいと願っているよ」
「…そうか」
フロップの言葉に、なんと返すのが適切か分かりかね、当たり障りのない返事を返す。幸せ、とは一体どんな時のことをいうのだろうか。アベルの返事に苦笑したフロップは、ミディアムに催促されると早足で去っていった。
セシルスもフロップも、口を開けば幸せ幸せと。今のアベルの生活は充分充実しているというのに。既に最大の脅威であった大災を払い除け、生きている。皇帝としての責務を全うした今、これ以上何を求めろというのだろうか。
「だから、何…説明……理……るで…んすか…」
「ええ?だって……ボス…言ってた……が」
「?」
アベルは、会場の隅で集まり何やら話し合っている九神将の面々を見つける。こそこそと怪しさ満点の内緒話をする九神将達に、「そこで何をしている」と話しかける。
「か、閣下…!お、お誕生日おめでとうございます。挨拶が遅れて申し訳ありんせん」
「閣下、来た。この話、やめる」
「ちょっ、モグロ!おだまりんす!」
「なんだ。余に聞かれては困る内容か?…ゴズ、申してみよ」
その場にいた最も口を割りそうな男を指名すると、ゴズは案の定慌ててアベルの問に答えようとする。が、それをヨルナがぶんぶんと首を振って止める。すると、ゴズはヨルナとアベルに交互に視線を往復させ、徐々に身体が小刻みに震えはじめる。
「ゴズ」
「ゴズ!!」
「ご、ゴズは…閣下に忠誠を…しかし…」
アベルからの早く言えという圧とヨルナからの絶対に言うなという圧。その二つに挟まれ、遂に爆発したゴズは「閣下!申し訳ございません!!このゴズ、今回ばかりは口を割れませぬ!!」とその場を走り去り、泣きながら窓を割り広間から飛び降りていった。
「「「………」」」
すると、窓が割れる音とゴズの大音量の言葉を聞いていた会場の人たちが一瞬で静まり返る。アベルはゴズの行動が意味不明すぎて眉を顰め、ヨルナは呆れ顔で溜息をついた。
「一体何をしてるでありんすか…」
「ゴズがあれ程まで口を割らぬとは。揃いも揃って何を企てている?」
「別に悪いことでは無いですよ?」
「ゴズの反応から余に危害が加わるようなものでないことは察しがついている」
しかし、よくよく会場のを見渡してみると、皆の雰囲気が何やらソワソワしている気がする。どうやらこのパーティにはまだ、サプライズが残されているようだ。わかり易すぎる反応に、アベルは溜息をついてから違和感に気づく。
「グルービーはどうした?」
「そ、それは…今は少し席を外してござりんす」
「先程からなんだ。何をそこまで隠し……」
いい加減茶番に付き合うのも馬鹿馬鹿しくなり、口を割らせようとした瞬間「アーベル!」と後ろから聞き覚えのありすぎる少年の声が聞こえたかと思えば勢いよく肩を組まれ「ぐっ」と息苦しさから声を洩らす。
「貴様……」
「なんだよそんな怒るなって!折角めでたい日なんだから、今夜は無礼講だろ?」
「それを貴様が言うか。その理屈がまかり通るのであれば貴様の日頃からの無礼は不敬罪が適応されるが」
「ああ言えばこう言う!一から十まで説明しなくても大体のニュアンスでわかるくない?!」
「にゅあんす…?なんだそれは」
「説明は面倒臭いからパス!それよりこの城って都市全体を見渡せる場所とかある?」
すっかり場の空気に溶け込んだスバルの言葉に、何故突然そんなことを…と聞き返そうとするが、どうせ大した理由ではないだろうと切り捨てて首を縦に振る。
「あるにはあるが。それがなんだ」
「まじ?それじゃあそこまで俺の事案内してくんね?」
「は?断る」
「即答すぎんだろ!」
突然馬鹿なことを言い出すスバルの言葉を一蹴すると、スバルはズコー!とその場に転げる。そんな二人の会話を聞いていたヨルナの身体がプルプルと小刻みに震え出す。その隣ではセシルスが大爆笑しているが。
「貴様ら…不敬にも程があるぞ」
「だはは!いいじゃないですか案内してあげれば!どうせ閣下はこういった人が沢山集まる場で羽目を外して楽しむタイプでもないですし、気分転換に外の空気でも吸ってリラックスしてきては?」
「ほらー、セッシーだってこう言ってるじゃん」
「何故貴様らが正しいような……はあ、もういい。貴様らと口論するだけ時間の無駄だ。さっさと来い、特別に俺直々に案内してやる」
「わーい」
アベルの言葉に棒読みで喜びを口にするスバルにここまで不敬だといっそ清々しいなと思いつつも、セシルス同様言っても治らないので無駄に時間を浪費しないよう無視することに決めた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ひぃ〜、風がちべたい」
「そんな軽装では風邪を引くぞ。ああ、馬鹿は風邪を引かないんだったか」
「ああん?!喧嘩なら買うぞ?!」
外に出て寒さに身を震わせていたスバルは、アベルの言葉に噛み付いてくる。そんなスバルの数年前と変わらぬ態度に、アベルはふっと僅かに頬を緩め「冗談だ」と口にした。
「貴様と俺とでやり合ったとて、精々部屋を盛大に散らかすことしかできまい」
「それは同意。まあ陽剣使われたら流石の俺も敵わないけど」
「たわけ。この先どんなことが起きようと、貴様に陽剣は抜かん」
「ふーん?あのアベル様がどういう風の吹き回しだよ」
「一々鼻につく言い回しだが…まあいい。貴様には恩がある。帝国を立つ前にも言ったはずだ、神聖ヴォラキア帝国の剣狼は受けた傷を忘れぬ。その傷が憎悪のものでも、友誼のものでも。忘れたとは言わせぬぞ」
「まあ、その話は覚えてるけどね?でもアベルの方がその話を覚えてたのはちょっと意外」
そう言って視線を空にずらしたスバルに、アベルは目を細める。
「貴様は俺をなんだと思っている」
「うーん。ムカつく奴?」
「ほう。今ここで首と胴を泣き別れにされたいと?」
「あー!冗談冗談!全く、おっかないこと言ってくれるなよな…」
手を合わせて謝罪を口にするスバルに、アベルもスバルに並びアベルの自室にあるバルコニーから都市を見下ろす。すると、下の階の広間から、微かに残してきた面々の楽しげな話し声が聞こえてくる。きっと先程ゴズが窓を割ったせいだ。
「アベルはさ、今幸せ?」
「は?」
突然、突拍子のない質問を投げかけられ、アベルは反射的に返事をしてしまう。しかしそんなアベルに見向きもしないスバルは、尚も星空を眺めていた。
「俺はさ、今すごい幸せ。だって仲間達はみんな生きてて、楽しそうに毎日を過ごしてる。それって当たり前の事じゃないことを俺はよく知ってる」
「…幸せ。という言葉が、俺にはよく分からない。今日一日だけでも散々幸せになれなどと言われたが、何故そこまで幸福であることに固執するのか理解に苦しむ」
スバルの言葉に、思わず思っていたことをぶつけてしまう。そんなアベルの言葉を聞いて視線だけアベルの方へ寄越したスバルと目が合う。
「幸せになりたいってのは、割と普通の欲求だと思うけど……まあお前は物心ついたときから皇帝になるために公私の私の字のない生活送ってきたくらいだし、普通と感覚がズレてるのはおかしな話じゃねぇか」
そう言って仕方ねぇなとアベルへ向き直ったスバルの髪を風が悪戯に揺らす。外の寒さに鼻を少し赤くしたスバルがアベルの目を見据える。
「幸せって言うのは、嫌な事とか苦しい事より、楽し事とか嬉しい事が多い生活のことだと、俺は勝手に思ってる。人生楽しいことだらけの方がいいだろ?でも楽しいこともあれば嫌な事もある。それが人生だ」
「………」
「だから人は嫌な事より楽しい事を増やそうとする。多分それが幸せになろうとするってことなんじゃないか?」
スバルの言葉に、アベルはそんな簡単な事なのかと眉を顰める。するとスバルはその場でクルッと回り振り返ったかと思えば、声のボリュームをあげて続ける。
「例えば、自分の大切な人とか好きな人には嫌な事より楽しい事が起きて欲しいと思うだろ?俺も仲間やエミリアに対してそう思ってるし、そうなるようにこれからも頑張り続ける」
「それが、人を幸せにするということか?」
「俺の自論だけどな。で、この理論で行くとお前は相当周りに恵まれてることになる」
続くスバルの言葉に、アベルは首を傾げる。確かにアベルの周りにはアベルの選び抜いた人しか居ないが、それが今までの話となんの関係があるのか。すると顔だけで振り返ったスバルが「そういえば、誕生日プレゼントがまだだったな」と得意げな顔で笑った。
「なに…を…」
また何か企んでいるな、とアベルが問いただそうとした瞬間、突如都市の空に爆発音が鳴り響く。何者かの襲撃かと驚いて空を見上げ、アベルは更に目を見開く。
「これは…」
「──改めて誕生日おめでとう、アベル。お前の顔を見るに、俺のサプライズは大成功だったみたいだな!」
夜の空に咲く大きな花のような火の玉。打ち上がる度にどん、どん、と大きな音を立て、夜の星空をキラキラと照らしていた。スバルの言葉から、これが皆が企んでいた仕掛けかと納得するのと共に、柄にもなく目を奪われる。
「これは花火って言うんだ。すごいだろ?グルービーと試行錯誤すること1ヶ月!何とか当日に間に合ってよかったぜ」
「これは、魔法なのか」
「いんや。魔法は使ってないよ」
スバルの言葉にアベルは有り得ない。と目を細めるが、その顔が見たかったとでも言わんばかりに得意げなスバルの顔がムカつくので口を閉じる。すると、下の階が何やら騒がしくなっている。
「わ〜!あんちゃんあんちゃん!何あれ?!」
「僕にもさっぱりだ!しかし、何とも幻想的な光景だろう!」
「成功したみたいで安心したでありんす。ほら、タンザも前の方に行きんさい」
「あ、私よりもヨルナ様を…」
「シュバルツの奴、なかなかやるな」
「すげー!こんな魔法初めて見る!」
「魔法は使ってねぇって、説明されてただろうが」
「すごいすごいすごい!期待を遥かに超える出来です!やっぱりボスと居ると飽きないですねぇ!」
「セシルス、うるさい。みんな、静かに見てる」
「姉さン、見てくださイ!あれは一体…」
「はっはっハ!やはり私が見込んだ男なだけはあル!今夜は気分がいイ、もっと酒を持ってこイ!!」
「見て見て!あれがスバルの言ってた花火なのね!すごーく綺麗」
「ふふん。悪くない出来なのよ」
「流石スバルくんです!レムは感服しました!」
「はっ!バルスにしてはやるじゃない」
「これは…正式に商品として売り出せばかなりの利益が見込めるのでは……」
「おいおいオットー兄ぃ、こんッな時まで金ッの話するこたァねぇだろよ」
「見て見てメィリィちゃん!まるで絵本の中の世界みたい…!」
「もぉ、ペトラちゃんはまだまだお子ちゃまなんだからぁ」
「ふふ、二人とも、そんなに走り回って転ばないようにしてくださいまし」
「夜に咲く花、か。スバルくんにしてはなかなか粋だぁーね」
どうやら今日来た皆にも花火は好評だったらしい。アベルは広間のバルコニーから洩れる楽しげな話し声を聞きながら、ふと何故スバルはアベルだけをここに連れ出したのか気になった。
「何故わざわざこんな場所まで俺を連れてきた」
「ん?だってここが一番見晴らしがいい場所なんだろ?実際そうだし」
すると、スバルは視線を花火に向けたまま何を当たり前のことを。とアベルの言葉にそう返してくる。しかしそれはアベルの求めていた答えではなかった為黙っていると、スバルがはあ、と溜息をついて視線をアベルに向けた。
「これは、俺がお前のために用意した誕生日プレゼントなんだよ。だから、お前は特別なの」
「俺だけ、特別だと?」
「そうだよ」
すると、突然胸が苦しくなる。動悸が収まらない。まるで、心臓が自分のものでは無くなったかのようだ。アベルがそんな錯覚に陥っていると、スバルは「それと」と花火の咲く夜空に背を向けてアベルと向かい合う。
「今回俺に手紙くれたのセッシーだから。お前はあいつにもちゃんと感謝しろよ」
「は…」
「言っただろ?お前は周りに恵まれてるって。お前がどう思ってるかは知らないけど、お前の周りの人達はお前を慕って、愛してくれてる。この花火だって、俺一人じゃ絶対実現できなかったのを、お前のためだからって帝国のみんなが手を貸してくれたんだぜ」
スバルから告げられた真実に、アベルが瞠目する。そんなアベルの反応に、スバルは一歩アベルに歩み寄る。
「過去の事も亡くした人の事も、忘れる必要なんてない。俺だって、プリシラの事を今でもずっと…これからも一生引き摺るし、後悔し続ける。それでも、忘れない。絶対。あいつの選択を、人生を、忘れてやらない」
「………」
「だけど、これだけは覚えとけ。お前の死を悲しむ奴が、この世界には少なくとも一人はいる。そして、お前が生まれてきたことを祝福する人も」
「俺は……俺は、後悔しているのか?」
わからない。常に最善を取り続けようと、その為の努力は惜しまなかった。だから、あのとき、初めて友を失ったあの瞬間、何が正しかったのか、他に正しい道があったのではないかと否が応でも考えてしまう。
それから、昔以上に誕生日が憂鬱になった。友の亡骸の上に成り立つこの命が、今も尚のうのうと生きながらえていることを祝福されることへの抵抗が拭えない。
「さあ、それはお前次第だろ。でも、一つ言えるのは後悔してるにしろしてないにしろ、過去は変えられないってことだ」
スバルの言葉に、アベルは目を細める。過去は変えられない。その通りだ。今更幾ら悔やもうが、どうしようもないことなのだ。
「チシャさんのこと、今でも引き摺ってるのか?」
「わからない。あれの選択が俺にとっては全く理解出来ぬことであったのもそうだが、そうして死ぬことを受け入れていた彼奴に、無性に腹が立つ」
「…ぶっ、ははは!お前それまじで言ってんのか?!」
「はあ?」
アベルの言葉に突然腹を抱えて爆笑するスバルへと、アベルは嫌悪感を露わにして低い声を出す。すると、スバルは「違う違う」と首を横に振りながら涙を拭いながら顔を上げる。
「だって、そんなの特大ブーメランじゃん」
「特大ぶー……なんだ?」
「だ、か、ら!それってそっくりそのままお前にも言える話じゃねぇのってこと!」
スバルの言葉に、アベルは思考を働かせる。そっくりそのまま……チシャが、アベルに対して同じ気持ちを抱いていたと、スバルはそう言いたいのだろう。
「勘違いするな。俺とチシャとではそもそも立場が……」
「違わねぇよ。だって、普通友達が死のうとしてたら止めるもんだろ」
スバルの言葉に、アベルは言葉を詰まらせる。当のスバルはスッキリした顔で息を吐き、再び花火に視線を移していた。
「なんか似たもの同士だったんだな、お前とチシャさんって人は。だって二人ともやり方が回りくどいし、結局相手に全く気持ちが伝わってないし」
「貴様、俺を愚弄するか」
「するね。俺は命を粗末にするやつがこの世で一番大っ嫌いだからな」
アベルの言葉に、真っ直ぐそう言い返してくるスバルに、アベルはちっと舌打ちを零す。するとスバルは「でもいいな」とポツリと呟く。
「何がだ」
「だって、お前がそこまで腹を立てるのも、チシャさんがそんな行動に出たのも、結局はお互いを大切に思ってたってことだろ。ま、話を聞いた感じチシャさんのはアベルへの意趣返しにも思えるけど…」
「ふん。最後まであの男は生意気であった。…だが」
「だが?」
「──大義であった」
アベルのその言葉に、スバルはほんとに素直じゃないやつ。と内心で思いつつ、身体ごと振り返りすっかりいつもの調子に戻ったアベルに尋ねる。
「それで?少しはスッキリしたのかよ」
「回りくどい言い方はよせ。何がだ」
「別に言ったままの意味だけど。お前気づいてなかったのか?帝国にこっそり来てた時から思ってたけど、お前まじでここ1ヶ月顔色最悪だったぞ?」
「は……」
スバルの言葉に、全く身に覚えがないと顎を引く。すると、スバルはお前まじかよ…とドン引きしている。
それからスバルは深いため息をついてアベルをびしっと指さした。
「あのな!あんまりなんでもかんでも抱え込みすぎんな!お前はただでさえ顔に出ずらいんだから!もっと周りの人を頼れよな!」
「貴様に心配される謂れは…」
「だー!お前が皇帝って立場で、誰も叱ってくれる人がいないだろうから俺が言ってやってんの!ほんと、折角助けてやったのに過労で死んだらたただじゃおかねぇぞ」
「俺だって自己管理ぐらいは…」
「うるさーい!お前はもう何も言うな!大人しく俺の言うこと聞いとけ!」
スバルの余りの剣幕に、アベルは思わず押し黙る。確かに、スバルの言う通りこの様にアベルに意見してくる人間は帝国にはいない。強いて挙げるとすればミディアムやセシルスだろうか。
「あーもー、まじでお前はぽっくり死にそうで怖ぇな。……よし決めた。これから毎年お前の誕生日に様子見に来るから」
「は?」
「は?じゃねー!もし来年もまた今年みたいに今にも死にそうな顔してたらぶん殴ってやるからな!」
スバルの言葉に、僅かに浮き立つ自分自身に驚く。アベルがそれに対して困惑していると、ドォーン!と一層大きな音を立てて花火が打ち上がる。
「あ……!」
するとスバルが何かを思い出したかのように慌ててバルコニーの塀のギリギリまで駆け寄るとこちらを振り返り腕を大きく広げて「一回しか言わないならよく聞け!」と叫ぶ。
「──誕生日おめでとうアベル!生まれてきてくれてありがとう」
「───」
すると、今までよりも一回りも大きい花火が帝都の空を覆いつくし、月下、満面の笑みで祝福を口にする少年を照らす。
長く、短い夜は終わりを迎える。憂鬱だった誕生日。しかし、今日に限って、今この時間が終わるのは惜しいと思った。そう考え、気づいたらアベルは歩き出していた。
「…? アベル?」
「………」
「な…」
んだよ。続くはずだった言葉は飲み込まれ、スバルは目を見開いて呆然と立ち尽くす。暫くして顔を離したアベルは、スバル以上に驚いた顔で何が起きたのか分からず固まるスバルを見下ろしていた。
「……俺は、今何をした?」
「そ……」
「そ?」
「──そんなの俺が聞きてぇよ、アベルの馬鹿ーっ!!!」
その日、夜空を幻想的に照らした花火の余韻に浸る帝都へと、一人の少年の叫び声が木霊するのだった。