『ToR - Promise Horizon -』(第八稿)Part.3

第三幕:開かれた未来

転移の暗闇は、これまでとは違う重さがあった。

体が意識を保ったまま、視覚だけが完全に消える。

そして光が戻った瞬間、
大地の視界を埋め尽くしたのは、
文字通りの「地獄」だった。

——ドォォォォォォン……ッ!!

激しい衝撃と重力震。

NOAのメインスクリーンが
外の映像を映し出した時、
大地は言葉を失った。

青空はどこにもない。

大気との摩擦で燃え盛る巨大な岩塊が地平線に激突し、
その周囲の大気が熱で赤黒く歪んでいる。

眼下の海は異常な引き潮を起こし、
やがて来るであろう数百メートル級の津波の前兆を示していた。

「現在時刻、約六千五百万年前……。」

操縦席の水原が、震える声で告げた。

「巨大隕石の衝突直後よ。」

「ここに、奴らの起源があるのか。」

NOAを低空で進めながら、
スキャナーが渓谷の岩肌に微弱な生命反応を捉えた。

ハッチから荒野に降り立つと、
強烈な熱風が肺を焼いた。

塵と土、そして有機物が焦げる匂い。

渓谷の奥へ進むと、
巨大な人工物の壁面が
岩肌から露出しているのが見えた。

「なんだ、あれは……シェルターか?」

大地が近づくと、
その分厚いチタン合金のゲートの前で、
異様な光景が広がっていた。

ゲートの前に群がっていたのは、
小さな爬虫類——恐竜の幼体や、
傷ついた小型の恐竜たちだった。

彼らは赤く燃える空に怯え、
開ざされたゲートに向かって
甲高い悲鳴を上げている。

そしてゲートの内側には、
高度な装甲を身に纏った、
人間ほどのサイズに進化を遂げている
「古代レプティリアン」の姿があった。

彼らは、外で怯える同族の弱者たちを見下ろし、
無慈悲にゲートの閉鎖レバーを引き下ろそうとしていた。

「どういうことだ……」

「生存者の選別よ」

水原が、スキャナーのデータを読み取りながら言った。

「あの中の資源と空間は限られている。

彼らは自分たち『強者』だけを生き残らせるために、
弱者を地表に切り捨てようとしているのよ。」

中世ヨーロッパで、自分たちだけが無菌室に隠れ、
地上の人間を見殺しにしたあの秘密結社の姿が重なる。

彼らはこの時代からすでに、
他者を蹴落としてでも自分だけが生き残るという
「囚人のジレンマ」に囚われていたのだ。

「水原。あのゲートをこじ開けるぞ。」

大地は、腰のEMP発生器を手に取った。

「待って、大地!」

水原が大地の腕を強く掴んだ。

その手は微かに震えていた。

「彼らを見捨てれば、
レプティリアンという種族はここで絶滅する。

未来のディストピアも、中世のパンデミックも、
最初から存在しなかったことになるのよ。

歴史の根本エラーが消えて……
あかりさんが目覚める確率は、格段に跳ね上がるわ。」

大地の足が止まった。

今、目の前でレバーを引き下ろそうとしている奴らを見過ごせば、
妹は助かる。

最も効率的で、確実な最適解だ。

空が赤く閃光を放ち、地響きが鳴る。

ゲートの外に取り残された三頭の幼体が、
互いに身を寄せ合って、震えながら鳴き声を上げた。

大地の脳裏に、病室の記憶がフラッシュバックする。

細胞崩壊の痛みに耐えきれず、
ベッドの柵を握りしめて声を殺して泣いていた
あかりの細い手。

理不尽な死の恐怖に怯える姿は、
目の前で震える小さな命と何一つ変わらなかった。

大地は水原の手を振り払い、駆け出した。

大地はゲートの制御盤めがけて
EMP発生器を投げつけた。

強烈な電磁パルスが古代の電子ロックを焼き切り、
閉まりかけていた分厚いゲートが重い音を立てて停止、
そして強制解放される。

ゲートの内側で、
古代のレプティリアンたちが
驚愕に目を見開いた。

「入れ! お前ら全員だ!」

大地が叫び、
外に取り残されていた恐竜の幼体たちを、
力ずくでシェルターの内側へと押し込んでいく。

強者も弱者も関係ない。

すべての命が、
暗い地底の空洞へと流れ込んだ。

その瞬間だった。

天空で砕け散った隕石の巨大な破片が、
炎の尾を引いてNOAの船体を直撃した。

——ズガァァァァンッ!!

「きゃああっ!?」

艦内に激しい警報が鳴り響く。

「エンジン出力低下!
コンテナセクション大破!
このままじゃ墜落するわ!」

水原の叫び声に、大地は空を見上げた。

眼下の地平線を、
すべてを飲み込む数百メートル級の
黒い大津波が迫ってきている。

開け放たれたシェルターのゲートにも、
容赦なく津波が流れ込もうとしていた。

「水原! コンテナを切り離せ!
あのゲートの入り口に落として、蓋にするんだ!」

「本気!?
コンテナにはNOAの機関部の一部も積んであるのよ!」

「やるしかない!」

NOAが急降下し、
シェルターの真上を通過した瞬間、
大地は強制パージのレバーを引いた。

巨大なコンテナが重力に従って落下し、
シェルターのゲートにピタリと嵌まり込む。

大地はすかさず特殊樹脂射出システムを起動し、
コンテナの隙間を完全に密閉した。

その直後、
黒い津波が
地表のすべてを飲み込んでいった。

身軽になったNOAは間一髪で急上昇し、
大気圏外へと逃れる。

だが、ナビゲーションシステムは
完全に大破していた。

「……行けた。」

水原が荒い息を吐きながら、
暗い海に沈んだ地表を見下ろす。

そして、ハッと息を呑んだ。

「大地……コンテナの中に残されたNOAの技術。

もし、彼らが地下の密閉空間で
気の遠くなるような時間をかけて、
あれを解析したとしたら……。」

大地の背筋に、冷たいものが走った。

「俺が、彼らを
『完全に密閉された無菌の地下空間』に押し込んだ……」

中世ヨーロッパで、
外気に触れて苦しみもがいていたレプティリアンの姿。

彼らは、あのコンテナで蓋をされた
巨大な無菌室で進化し続けたからこそ、
地上のウイルスに対する免疫力を完全に失ったのだ。

そして、彼らがNOAの残骸から
タイムトラベル技術を編み出し、
それが巡り巡って韮山の基礎理論へと繋がった。

「俺が彼らを助けなければ、
俺たちがここに来ることもなかった……。」

大地は、泥だらけの自分の手のひらを見つめた。

敵の最大の弱点を作り出したのも、
このタイムトラベルの物語を動かしたのも、
他でもない「自分自身の選択」だったのだ。

パラドックスの恐ろしくも美しい円環に、
大地はただ立ち尽くすしかなかった。

『警告。
時空ナビゲーション制御不能。

時間軸の慣性に流されます』

NOAのAIが無機質に告げる。

「どこに落ちるか分からないわ!」

水原が操縦桿を握り直した瞬間、
機体は激しい振動と共に、
制御不能のまま
新たな時空の暗闇へと転がり落ちていった。

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