「トイビト」というサイトを開設して、この10月で8年が経過しました。学問とは縁もゆかりのない人間の思いつきではじまったサイトが、細々とながらもここまで続いているのは、ほとんど奇跡です。ご協力いただいた研究者の方々、読者の皆様、そして貴重なご支援をいただいている方々に心よりお礼申し上げます。
学問(の世界)と一般社会の架け橋になること、それは開設当初から変わらない当方の願いです。しかし両者の距離はこの8年の間にも、近づくどころかむしろ遠ざかってしまったように感じています。
SNSを埋め尽くすデマや誹謗中傷、実証されている歴史の否定、差別や排除、そしてこれらを扇動する勢力の台頭……。こうした現象は、学問への興味関心はおろか、自説の理路や根拠を示したり、異論や反論に耳を傾けるといった、学問においては最も基本的な態度が世の中から急速に失われつつあることの証左であるように思えてなりません。
この「学問的態度」の喪失には、私たちを取り巻く情報環境の変化が少なからず影響しているように思います。一部のネット記事やSNS、生成AI等に共通しているのは、それがどのように書かれたのかがわかりづらいということです。
オリジナルなのか、引用なのか(どの部分がどこからの引用なのか)、まるっきりのコピペ(剽窃)なのかが判別できず、つまりは真偽のほどがわからない。そうした情報を、私たちは日々当たり前のように受け取っています。いや、受け取るというより、消費していると言った方が適切かもしれません。
閲覧数、再生数、クリック数が収益を生むアテンションエコノミーのもとで、情報は「注目」という貨幣を得るための商品に他なりません。そこに消費者が求めているのは目新しさや刺激、あるいは自分の「思想」と一致しているかどうかであって、事実か否かにはほとんど関心が払われない――ちょうど、映画や小説の価値がフィクションかノンフィクションかで決まらないように――。
こうした構造と私たちのふるまいが事実と虚構の区別を無効化し、自らの「正義」や感情の赴くままに他者を排撃する今日の社会状況をつくり上げているのではないでしょうか。
開設以来、トイビトはすべての記事を無料で公開すること、サイトに広告を入れないことのふたつを守ってきました。言うまでもないことですが、収益化すること自体を否定しているわけではありません。というより、事業や活動を継続する上で収益がどれほど重要かは、身に染みて理解しています。
ただ、これは私の思い込みかもしれませんが、事業にとって収益が重要であるからこそ、記事を商品に、サイトを市場にしてしまうと、やがてはPV至上主義に飲み込まれ、学問の根幹を成す自由や主体性が失われてしまうように思うのです(学問と社会をつなぐことは、学問を市場原理に還元することでは決してありません)。
トイビトがめざすのは市場ではなく公園です。膨大な情報の消費に疲れたとき、知的好奇心を満たしたいとき、この社会や世界のあり方に疑問を抱いたときに、ふっと立ち寄れる知の公園。それはたしかに、いま起きている戦争を終わらせたり、差別や不平等を(すぐに)解消することはできません。
それでも、人間とは社会とは何なのか、どうあるべきなのかを問い、その問いを共有し、考える材料を提供していくことはできる。それがいつか世界を変えることにつながると信じて、これからも、このささやかな活動を続けていきたいと思います。
加藤哲彦
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