「私はなぜJIP論文に疑問を抱くようになったのか」 告発者が明かす疑惑の発端と小田教授との『激論3時間』
本連載の第1回では、京都大学の小田裕香子教授による「JIP(ジップ)論文」の研究不正について、通報した博士研究員が約3カ月後に雇い止めを通知され、職を失った問題を取り上げた。
今回、告発したA氏が改めてインタビューに応じた。その内容を3回に分けてお届けする。初回は技術補佐員を経て博士研究員として採用されたA氏が、JIP研究に疑念を抱くようになった経緯と、小田氏との直接の話し合いでの緊迫したやりとりについて語る。
今回に限らず、研究不正事件で告発者が組織内で孤立し、守られないケースや、公正な調査が尽くされたのか疑問が残るケースは過去にも繰り返されている。ただし、告発者自身がメディアに対し、詳細な経緯を証言する機会は極めてまれだ。
須田桃子(科学ジャーナリスト)
ポスドクになって喜びを感じた
――最初に、Aさんが研究者を志した理由をお聞かせください。
子供の時からサイエンスの面白さに触れる機会があり、研究にも興味を持っていました。自然や生き物の真理を見つけていくための専門教育を受けたいと思って大学に入り、博士課程に進みました。
大学院時代に所属した研究室では、データを見ながら率直に意見を言い合える雰囲気があり、今考えるとすごく良い環境でした。私は実験ノートなどの記録を几帳面に取る方だと思いますが、ノートのつけ方も研究室で学びました。
――博士号を取得後の2020年4月、当時、京都大学のウイルス・再生医科学研究所(現・医生物学研究所)の助教だった小田氏の技術補佐員になったのですよね。
午前9時から午後4時まで、週4日のパートタイム勤務でした。JIP論文はすでに他の学術誌に投稿して不採用になり、後に掲載に至った(米学術誌の)サイエンス・アドバンシズなどへの投稿に向けた追加の実験などが行われている最中でした。
技術補佐員は基本的に、研究者に指示された通りに実験や解析の補助をする仕事です。私は、実験に使うマウスの世話や、実験で得られた組織を観察するための準備、論文の一部の図の作成、競争的研究費の申請のための資料作成の手伝いなどをしていました。
朝、指示された作業に優先順位をつけて一つひとつこなしていくのですが、作業量が多くて、帰宅後に翌日の仕事の準備をしていたほどです。おかげでタスク管理は得意になりましたが、当時は忙しすぎてじっくり考える余裕はなく、もちろん疑うこともありませんでした。
JIP論文が出た翌月の2021年12月、博士研究員(ポスドク)として採用されました。小田さんにとって1人目の博士研究員です。プロの研究者として働けることに喜びを感じ、全力で頑張ろうと思いました。
実験で芽生えた疑問
小田氏は22年5月にiPS細胞研究所(CiRA)の准教授になり、自分の研究室を構えた。A氏も引き続き、小田氏の下で研究を続けた。
――JIP論文に疑問を抱くようになったのはいつ頃からですか。
研究員になって初めて自分で実験できるようになり、小田さんの提案で、培養した上皮細胞にJIPをかけて観察する実験に取り組みました。正常な細胞なので元々タイトジャンクションはあるのですが、小田さんは、JIPをかけることでタイトジャンクションが強まり細胞の形が変わる、小田さんの言い方によると「足が出る」という仮説を持っており、その現象を解明するのがテーマでした。
実験をしていて悩んだのは、「足が出る」現象がJIP以外の薬剤でも再現されてしまうことでした。また、22年11月ごろ、JIPがもつ非常に凝集(互いに引き合い、集まって固まること)しやすい性質が、実験結果に強く影響しているのではないかと考えるようになりました。
――JIPの凝集が影響するとはどういうことですか。
細胞の形は確かに変わるのですが、それはJIPが細胞に作用した結果ではなく、JIPが凝集し、細胞がそれを足場にした結果であるように見えました。実際、凝集を取り除く処理をすると、細胞の変化は起こりませんでした。JIPと同じような変化を起こす薬剤も、細胞の足場をつくるための薬剤でした。
こうした実験結果と共に「JIPの凝集によるアーティファクト説」を何度か報告しましたが、小田さんは否定的でした。また、小田さん自身が行った実験では、凝集しにくいように改変したJIPでも現象が起こることなどを指摘されたり、「他の研究員や共同研究はみんなうまくいっている」などと何度も言われたりしたことから、私もアーティファクト説を次第に言い出しづらくなっていきました。
アーティファクト:本物の生物学的・物理的現象ではなく、実験や測定のプロセス自体が原因で生じた、本来は存在しない見かけ上の結果や現象のこと
23年9月、ある会議で外部の研究者と議論をしたのをきっかけに疑問が再燃しました。私がそれまで取り組んでいたのはJIP論文にはない実験ですが、小田さんや研究室のメンバーに聞いたところ、そもそも論文にある培養したがん細胞を使った実験も、小田さん以外誰も追試していないと言います。まずそれをやろうと思いました。
失敗に終わった追試とマウス実験の疑義
――追試の結果は。
小田さんからはタイトジャンクションの誘導が最も見やすいという種類の細胞を勧められ、論文とは少し異なるプロトコル(実験の手順書)を使うように言われました。独立した実験を3回以上行いましたが、タイトジャンクションの誘導は観察できませんでした。
私は「タイトジャンクションは誘導されるが、アーティファクトによるものだろう」と予想していたので、そもそもタイトジャンクションが誘導されないという結果に驚きました。この瞬間からJIP論文そのものへの疑義を抱くようになりました。
同じ頃、細胞のバリア機能を測定する実験の追試もしたいと申し出たのですが、小田さんが実験装置を他の研究室に数カ月の予定で貸し出すと言ったため、実現しませんでした。また、小田さんからJIPを凝集させることなく細胞の形を変えるのに成功したという写真を見せられたので、元のサンプル(実験試料)を見せてほしいと頼んだところ、「もう捨てた」と言われました。
A氏は追試の結果をどう小田氏に伝えようか悩んだという。23年10月10日に別の研究室メンバー1人の同席のもと、小田氏と話し合うことになるが、その数日前、自分がかかわっていなかったJIP論文中のマウス実験のデータで、不審な点があるのに気づいた。
腸炎マウスにJIPを投与すると回復するという実験で、実は以前から少し違和感がありました。技術補佐員になって1年目の頃、凝集しにくいよう少し改変したJIPで同様の実験をやったことがあります。コントロール(対照)群には論文と同じJIPを投与したのですが、論文のような傾向が得られなかったのです。
何気なく、以前小田さんに預けられたJIP論文のマウス実験のデータを確認してみたところ、仮説に合わない複数の個体のデータがグラフを作る際に除外された可能性に気づきました。一般的には改ざんにあたる行為で、突然のことに頭が混乱したのを覚えています。
「論文のコンセプトは正しい」と小田氏
――10月10日の議論では、失敗に終わった追試の結果と、マウス実験でのデータ除外に気づいたことを小田氏に伝えたのですよね。その際、どんなやりとりがあったのでしょうか。
小田さんは責任をもって対応すると述べましたが、自分自身は追試に成功しているとして「論文のコンセプトは正しい」と何度もおっしゃったのを覚えています。パワーポイントの図を見せながら、多くの共同研究ではマウス実験で目覚ましい予備データが出ていることを強調し、「今、人の役に立つような研究に昇華されようとしている最中で、どんどん前に進んでいるのだから、後ろを振り返るようなことはしたくない」というようなことも言っていました。
「培養細胞で再現性がとれないのはよくあること」と主張する一方で、「(培養細胞にJIPをかける実験での)コンロトール(対照群)が不適切」とか「バカな論文ですよ」といった、自分の論文を貶めるような言葉もありました。
私が論文の主な図で使用している種類の細胞で改めて追試をさせてほしいと頼むと、細胞が継代培養を繰り返して変化してしまっているため、小田さん自身も再現が難しいと考えているとのことで、許可してもらえませんでした。小田さんは「当時の結果は本当で、論文の条件でやったら絶対に成功する」と述べたものの、細胞の種類によっては再現性がないことを認めたことになります。
マウス実験のデータ除外については「大反省です。今後はやり方を大きく変えてしっかりとやっていきます」とおっしゃっていました。
私はこう尋ねました。「小田さんが今後ますます活躍の場を広げれば、海外も含む他の研究室がJIPの研究を始めて、再現できない、嘘じゃないかという報告をするかもしれない。そうしたとき、小田さんはどうするのですか」。小田さんは「その時は私がコレスポ(責任著者)としての責任をとってサイエンスを去ります」と答えました。
これらの発言を聞いて、私はJIP論文の核になる実験に再現性がなく、マウス実験のデータ除外の疑義についても、小田氏が暗に認めたのだと受け止めました。
最も理解しがたかったのは、他の研究室から再現できないと指摘されたら、サイエンスを去る、つまり闘わないと宣言したことです。私たちがこれまで取り組んでいた研究はいったい何だったのか、と思いました。それに、私が再現できないと報告しても抵抗するのに、外から言われたら責任をとるというのはダブルスタンダードです。
私に対しては「Aさんはラボを潰したいですか」「Aさんの将来を本当に心配していますよ」「私はこのまま研究を進めます。あなたは自分がしたい研究をすればいいじゃないですか。少額であれば研究させてあげますよ」といった発言がありました。
議論は3時間ほどに及んだという。A氏はインタビュー時、経緯や小田氏の発言内容について、話し合い当日や数日以内に自ら記録した資料を参照しながら語った。
ただし、京大の人権委員会は、この日の小田氏のA氏に対する発言のうち、自分自身がやりたい研究を少額にはなるがやればよいと思う、という趣旨の発言をしたことのみ事実として認定している。
京大は小田氏ら関係者への個別の取材を断っている。だが、A氏の証言に対する小田氏の見解も重要であると考え、小田氏に対し、小田氏の発言内容について確認を求める書面を京大と同報で送った。
依頼した期日までに両者からの返事はなかった。京大は以前の問い合わせの際、「個別の具体的な状況に関する問い合わせについては回答を控える」としている。
京大は細胞実験の再現性を「問題ない」と通知
ところで、培養細胞にJIPをかけてタイトジャンクションを誘導する実験が再現できなかった問題については、A氏が後日、京大の窓口に研究不正の疑いを通報した際、疑義の一つとして記している。
だが、京大は「特定不正行為(捏造・改ざん・盗用)」の疑いがあるとは判断せず、調査委員会による調査の対象に含めなかった。
A氏によると、26年3月30日、京大からのメールで「部局において事実確認を行った結果、他の客観的資料により再現性が確認されたことから問題がない」という見解が示された。しかし、A氏が「(どの部局の)誰が、いつ、どのような資料を調査したのか」を問い合わせたところ、具体的な回答はなかった。
一方、A氏の行った実験結果の客観的な評価も現時点では不明だ。
A氏は後日、CiRAの相談窓口やJIP研究が行われた医生物学研究所(研究当時はウイルス・再生医科学研究所)の教授2人に相談した際、「アーティファクト説」と再現性の疑義についても伝え、実験結果の生データも見せたが、相談に乗った研究者たちはこの問題にあまり言及しなかったという。
京大はこれまでの取材に対し「不正認定していない事項は公表事項ではないため、回答を控える」という方針を示している。
玄関から出ようとして足がすくんだ
――JIP論文は小田研究室にとっての根幹論文です。PI(研究室主宰者)である小田氏に直接、疑義を伝えることで、人間関係が壊れてしまうのでは、という恐れはなかったですか。
そこに至るまでに、追試をなかなかさせてもらえないことなどから不信感が積み重なっており、とにかくちゃんと説明してほしいという気持ちでした。本音で議論しない限り、この先、正常な科学を進めていくことはできないと。
また、私自身は、仮にJIP論文の段階でアーティファクトを見ていたのだとしても、それ自体は必ずしも悪いことだとは考えていませんでした。JIPの凝集が細胞や生体にどう影響するかを検証していくという方向で研究していくことも可能だと考え、小田さんにもそう提案しました。
小田氏は話し合いの翌日から、A氏と直接のコミュニケーションをとらなくなった。A氏も体調を崩したという。
自分としては気持ちを立て直さないと、と思っていたのですが、数日後の朝、いつも通り起きて支度をしたのに、足がすくんで玄関から出られなくなりました。出勤できなくなるほどの精神的なダメージを受けたのは初めてで、有給休暇をとって12月上旬まで休みました。
小田さん自身が一部、論文の不備を認めるような発言をしたことは、私にとってそれくらい大きな出来事でした。疑義の指摘に耐えられないような論文によって多額の研究費を受け、多くの共同研究者を巻き込んでいることに、強いショックを受けたのです。
私自身も、技術補佐員時代を含めたらもう3年半もJIP研究に携わっていたわけで、小田さんの態度はあまりにも不誠実だと思いました。
明日の中編では、A氏が2部局への相談を経て通報に至るまで、さらに研究員としての職を失った際の状況が語られる。
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