昨日「毒電波」という言葉の系譜を追っていたのですが、1936年(昭和11年)に「毒電波」という言葉を使ったことで有名(?)な『宇宙の彼方へ』というSF小説があります。Wikipediaの「電波系」には次のような説明があります。
1936年、日本の古典SF『宇宙の彼方へ』(西森久記)において敵を追い払うために戦車の『毒電波』が使われる[9]。
古典SFということで「電波」モチーフくらい使われるかなと思ってたんですが、前編後編のタイトルを見ているとあれ?「涅槃境縦断記」って仏教テーマなの?
さらに以下のツイートを見ると仏教(法華経)の世界観で大きすぎるスケールのぶっ飛んだ内容だったみたいです。SFというよりむしろ、(私の知っているものでいうと)宮沢賢治のような仏教信仰的な世界観とか、「つぎはぎ仏教マンガ入門」で紹介されていた漫画『祝福王』みたいな宗教的世界観に近いものを感じます。
https://x.com/LGm9kmwW1g3975/status/1856630124789301278?s=20
西森久記「宇宙の彼方へ」。横田順彌がこてん古典で紹介した仏教宇宙SF。主人公は精神力で宇宙の外に飛翔するが、その描写は言葉を超越する。島津書房の奇想小説コレクションで復刊される予定だったが、白井喬二「東遊記」だけで終わってしまった。1つ函なしだか、前後揃うのに十年は掛かった。
ただ、調べてみても後編が全然売ってないし、古すぎて著者がなにものだったのかも全然わからない!不確実な情報が多いですが調べた結果をまとめていこうと思います。
「生長の家」関係者?
Yahoo!オークションに、「生長の家」という(当時の)新興宗教の関係者だというコメントがありました。
かつて、『地球ロマン』復刊2号「天空人嗜好」で、横田順彌氏が絶賛した戦前の「生長の家」関係者と思われる政治家、西森久記による『宇宙の彼方へ』前篇です。後篇は出版されなかった様で、これのみの様です。昭和11年、凾入。
当時の科学的宇宙論と、仏教的宇宙説を織り混ぜつつ、壮大な旅行記を描いたもので、素晴らしいですが、当時は余り売れなかった様で、古本屋でも余り見ません。
「後篇は出版されなかった様」っていうのは間違いなのでどこまで調べた結果なのかは記載がありません。国会図書館の検索によると「仮想年代記」という本で次のような内容がヒットしました。
』(昭和十一年八月・霊玄社出版部)がある。この西森久記は、〔解念光明法〕という心雲術師らしい
どうやらSFマガジンの中に次のような記載があるみたいです。最初の方のツイートにあった横田順彌の「日本SFこてん古典 1 (宇宙への夢) (集英社文庫) 」として以下の内容がヒットしました。
西森久記という人は生長の家と関係のある宗教家で、"解念光明法"という万病治療法をあみだした
出版元の「霊幻社」について調べてみたんですが、国立国会図書館サーチでも他の本はヒットせず、謎のままです。
国立国会図書館で「西森久記 政治」で調べたところ、1946年の『東條軍閥暴政録 : 六. ニ八事件をめぐりて』という本に次のような記載がありました。
岡田式靜座法の奧義に徹し、更に『光明思想普及』の爲『教化團體、生長の家」大森支部長として、名實共
また、同書に「『宇宙の彼方へ』の拙著に於いて」と記載があるため、同一人物であることが分かります。
私は、大正十一年、『宇宙の彼方へ』の拙著に於いて既に其の片鱗を漏してある如く、人類世
また、この文言の前後の文脈によっては、『宇宙の彼方へ』は大正11年(1922年)に発売されていて、大正時代には既に「毒電波」という言葉があった可能性が…っていうのは考えすぎか?
政治家?
「政治家」という面も、1941年という激ヤバな時期に『東條軍閥暴政録』というタイトルの本を出していることから確度は高そうです。また次のような投稿を見かけました。
これは戦後の時期だったので紙質がかなり悪いようです。
昭和16年(1941年)に『鬼神も哭く : 熱血の慰問行』という本を出版しています。
また1943年には『鵬程二万三千粁―南方文化決死視察記』という本を出していたらしい。
また、本人かはわかりませんが、1946年と1952年に高知選挙区から同名の方が出馬されているのは見つかりました。
『民生平等の国家』という本も出しています。
古書ワンダーランド 第 1 巻
Google Booksでも検索したら、横田順彌の『古書ワンダーランド』という2004年の別の本が見つかりました。
以下の箇所がヒットしています。
... 西森久記のこと」という紹介文があった。西森久記は明治三十二年、高知県生まれ。昭和十三年に日華親善を目的として財団法人新興亜会を興し、同時に新興亜学院を創立して各理事長に就任。日本人に「支那語馬來語を敎へ、駐日華僑の子弟に慈父の如く慕はれ ...
さらにこちら。『東條軍閥暴政錄』の話も出ています。
... 西森久記の紹介文も二十二年版より、少し短い。やはり版違いも買っておくものだと、にんまりしていたら、それからさらに一年ばかりのちに、神田神保町の某店の店頭均一台に、またもや『東條軍閥暴政錄』だ。刊行は昭和二十三年四月。これも版数の記載は ...
次の箇所もあります。やっぱり政治活動への転向は気になりますよね。
宇宙の彼方へ』の著者と同一人物としか思えない。とすると『宇宙の彼方へ』を書いた翌々年に政治活動に転向してしまったことになる。本文の第一ページは、次のように始まる。宇宙の彼方へ宇宙を翔んで鉄格子二九九 短夜の月が朝霧に包まれてうすれ.
また生長の家についても。
西森久記は〔生長の家〕と関係のある宗教家で、〔解念光明法〕という万病治療法を創案した人らしい。「序」によると『宇宙の彼方へ』は神のお告げによって書いたものだという。しかし後篇はともかく前篇には宗教的な匂いは、ほとんどなく、みごとな SF
この本は読んでみないとあかんな…。
日本SF年表
日本SF年表というのはこちらにありました。今のサイトからは削除されてしまっていたのですが、「青空文庫で読める日本古典SF」から辿れました。
まとめ
単に「毒電波」の古い用例となる奇怪なSF小説を追っていたつもりが、『宇宙の彼方へ』は、戦車から毒電波を放つようなSF小説である一方で、特に後編は仏教的宇宙観や宗教的啓示の匂いを強くまとった作品でもあったようです。
さらに著者の西森久記を調べていくと、生長の家との関係、解念光明法という治療法、日華親善を掲げた活動、南方視察記、そして『東條軍閥暴政録』のような軍閥政治批判まで出てきます。つまり「毒電波」という一語の背後には、昭和初期のSF、仏教的想像力、新興宗教、民間療法、戦時下の政治活動が入り混じった、かなり波乱万丈な人物と時代の断面があったようです。
ところで、「生長の家」関連でいうと法蔵館文庫の『谷口雅春とその時代』はけっこう面白くて、尻切れトンボで終わってしまうのがもったいない本でした。