『ToR - Promise Horizon -』(第4稿)Part.4
第4幕:天空の神々
「時空ナビゲーションシステム、完全沈黙!
次元の壁を維持できません!」
巨大タイムマシン『NOA』の艦橋に、
水原の悲痛な叫びと
けたたましい警報音が鳴り響く。
恐竜時代から脱出する際、
隕石の破片が船体の機関部を直撃した代償は、
想像以上に致命的だった。
もともと韮山の理論をベースにしたNOAは、
過去へ力任せに遡るパワーには長けていたが、
細かい座標を特定する「精度」が極めて低かったのだ。
「どこでもいい、一旦実数空間に抜けろ!
船が時空の波に潰されるぞ!」
大地は操縦桿を強引に引き倒した。
——ドッゴォォォォォン……ッ!!
激しい衝撃と共に、
NOAは時空のトンネルから吐き出され、
硬い地表へと激突しながら
長く無惨な轍を刻んで停止した。
艦内は真っ暗になり、
予備電源の赤い光だけが点滅している。
「……水原、無事か」
「ええ、なんとか……。
でも、NOAは完全に死んだわ。二度と飛べない」
コンソールから立ち上る黒煙を払いながら、水原が呻いた。
大地は強引にハッチをこじ開け、
外の空気を吸いに出た。
だが、そこに広がっていた景色を見て、
二人は言葉を失った。
空は薄暗く、太陽は本来の黄金色を失い、
病的なまでに膨張した赤黒い光を放っている。
大気は極端に薄く、
地表はひび割れたプラチナホワイトの
幾何学的なパネルで覆い尽くされていた。
「ここは……西暦何年だ?」
「信じられない……。
ナビゲーションの暴走で、
私たち、未来へ飛ばされすぎたのよ。
ここは……今から約50万年後の地球だわ」
その時だった。
音もなく、灰色の影が瓦礫の向こうから現れた。
身長は低く、極端に細い手足。
だが、頭部だけが異様に発達しており、
瞳孔のない漆黒の巨大な目が、
大地と水原を静かに見つめていた。
「——グレイ」
大地は反射的にハンドガンを構えた。
『旅人よ。武器は不要だ』
大地の脳裏に、
直接テレパシーのような無機質な音声が響いた。
彼らは襲いかかってくる気配を見せない。
それどころか、
ひしゃげたNOAの残骸を見るその漆黒の目には、
「計算通り」と言わんばかりの静かな納得が浮かんでいた。
『我々は、貴様たちがここに墜落するのを待っていた。
我々は人類の末裔だ』
グレイの代表者が、
ゆっくりと歩み寄ってくる。
『度重なる環境の激変を生き抜くため、
我々は感情というノイズを切り捨て、
演算能力に特化した。
だが、地球の環境崩壊は
最終局面に達している。
我々の演算能力をもってしても、
この星で生き残る確率はゼロだ。
我々には、この危機を乗り越えるための進化プロセスが、
歴史上から欠落しているのだ』
グレイは、足元のプラチナホワイトのパネルを開いた。
そこからせり上がってきたのは、
流線型の美しい涙滴型をした、
数メートルほどの小型の機体だった。
『我々が生き残るためには、
我々の祖先である「アヌンナキ」が、
正しい歴史のルートを辿らねばならない。
これは、我々が組み上げた
高精度な小型の時空転移艇と、
タイムトラベルの基礎理論だ。
大破したその巨大な船とは違い、
任意の時代へ誤差ゼロで跳躍できる』
敵だと思っていた存在が、
自分たちの絶滅を回避するために、
最新の移動手段と技術を
「意図的に」手渡してきたのだ。
介入合戦の裏側に潜む、
途方もなく入り組んだ因果の糸。
「……お前らのご先祖様を、
どこへ連れて行けばいい?」
『まずは、我々と貴様の時代の中間……
数万年後の未来へ向かえ』
グレイから託された小型の時空転移艇は、
NOAの激しい揺れが嘘のように、
静かに、そして滑らかに時空を滑った。
到着したのは、
人類の時代とグレイの時代の中間に位置する、
数万年後の地球。
そこには、
大理石のように白く透き通る肌を持つ超人類
——「アヌンナキ」たちが存在していた。
だが、彼らの黄金の都市は、
地球環境の急激な悪化によって
完全に崩壊しかけていた。
不老不死に近い肉体を持つ彼らもまた、
種族としての限界を迎え、
絶望の中で滅びを待っていたのだ。
「このままじゃ全滅だ!
全員、俺たちの船に乗れ!」
大地は、
アヌンナキの指導者であるエンリルたちを説き伏せ、
時空転移艇に収容した。
「水原、この時代もダメだ!
もっと安全な過去の時代へ彼らを逃がす!」
大地は、グレイから託された高度なコンソールに向かった。
だが、未来すぎるそのインターフェースは、
現代人の大地にはあまりにも複雑すぎた。
「くそっ、次元座標の入力軸が多すぎる!
ええい、この辺りの安全な時代へ跳べ!」
大地が強引にレバーを押し込んだ瞬間、
転送艇のAIが鋭い警告音を鳴らした。
『警告。座標入力に重大なエラー。
目標空間を大幅にオーバーランします』
「なっ……!?」
転送艇は制御を失い、
激しいスピンと共に時空の海を転げ落ちた。
——ドォォォォン!!
機体が激しく弾み、未知の地表へ不時着する。
ハッチを開けると、
そこは緑に覆われた豊穣な大地と、
透き通るような青い海が広がる、
手付かずの巨大な大陸だった。
「水原、ここはどこだ!? どの時代に落ちた!」
「……なんてこと。
大地、あんた操作を間違えて、
予定よりずっと過去に飛んだわよ!
ここは、今から約2万年前の地球……
存在しないはずの『アトランティス大陸』だわ!」
「2万年前だと……!?」
大地の顔から血の気が引く。
アヌンナキたちを、
こんな人類の文明すらない時代に
連れてきてしまったのか。
さらに悪いことに、
コンソールの赤いランプが点滅を始めた。
『エネルギー残量、危機的低下。
これ以上の多人数転送は不可能です』
「……嘘だろ」
大地は愕然とした。
転送艇のエネルギーでは、
アヌンナキの一族を乗せて
もう一度跳躍することはできない。
大地と水原の二人だけで、
現代に帰還するのが限界だった。
アヌンナキの指導者、エンリルが
静かに歩み出てきた。
『気にするな、旅人よ。
この豊かな大地ならば、
我々の技術で
十分に文明を再構築できる』
彼らはここで生きるしかない。
だが、大地は歴史の収束を知っている。
「エンリル、よく聞け」
大地は、彼らの肩を強く掴み、
未来への「預言」を託した。
「お前たちはここで技術を発展させ、文明を築け。
だが、今から約1万年後……
このアトランティス大陸は、
歴史の収束による『超巨大な大洪水』によって
必ず海に沈む」
エンリルの美しい瞳が、微かに見開かれた。
「その時が来たら、メソポタミアの地へ渡れ。
そして……空に輝く赤い星、『火星』へ逃げるんだ!
そこに、お前たちが生き残る道がある!」
大地は、苦渋の決断とともに転送艇のハッチを閉めた。
「……すまねえ。生き延びてくれ!」
転送艇が青白い光を放ち、
2万年前のアトランティス大陸から飛び立つ。
眼下では、エンリルたちが
大地の言葉を「神託」として胸に刻み、
新たなる文明の礎を築こうと歩み始めていた。
彼らはこの後、
1万年をかけてアトランティスから
メソポタミアへと文明を発展させ、
大洪水と共に火星へと去る。
そして火星の過酷な環境で
気の遠くなるような時間をかけて進化し、
やがて地球へ帰還して「グレイ」となるのだ。
「俺の操作ミスが……
アトランティス伝説と、
神々が星へ去った神話を作っちまったのか……」
時空のトンネルの中で、大地は呆然と呟いた。
失敗すらも、すべてが
巨大な歴史のタペストリーの一部として織り込まれていく。
その途方もない因果の円環に、
大地は身震いするしかなかった。
「さあ、帰ろう大地。
私たちの時代……2136年の時間管理局へ」
水原の言葉に、大地は深く頷いた。
だが、彼らはまだ知らない。
帰還した未来で、
人類最大のクライシスと、
自分たちの血脈に関わる
想像を絶する運命が待ち受けていることを。


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