『ToR - Promise Horizon -』(第4稿)Part.2
第2幕:秘密結社
時空転移のリングが、
耳障りな高周波を発して回転を始める。
「座標、14世紀ヨーロッパ。
ペストが猛威を振るう暗黒時代だ」
コンソールを叩く藤堂の横顔は、青白い光に照らされ、
ひどく強張っていた。
「奴らはこの時代に蔓延した死の恐怖を利用し、
当時の巨大な宗教結社のトップとすり替わった。
そこから歴史の裏舞台を牛耳り始めたんだ」
「そのすり替わったトカゲどもを、
俺がぶっ飛ばせばいいんだな」
「単純な力押しは通用しない。
奴らは未来の武装を隠し持っている。
……気をつけて行け。」
閃光。
そして、全身をミキサーにかけられるような
圧倒的な重力場が大地を飲み込んだ。
——ドサッ。
冷たく、ぬかるんだ石畳の上に投げ出される。
肺に入ってきた空気は、未来のオゾンよりもさらに酷く、
腐敗と汚物の入り混じった強烈な死の匂いがした。
「……ゲホッ、最悪の空気だな……」
重い身を起こし、周囲を見渡す。
石造りの建物が並ぶ薄暗い路地。
道端にはボロ布に包まれた何かが転がっており、
巨大なネズミがその間を這い回っている。
ペスト——黒死病によって
人口の三分の一が失われたと言われる、
中世の絶望の只中だった。
藤堂から渡された旧式の修道士のローブを深く被り、
大地は街の中心にある巨大な修道院へと向かった。
そこが、歴史を裏から操る秘密結社のアジトだ。
夜闇に乗じて石壁をよじ登り、
ステンドグラスの窓から内部へと侵入する。
薄暗い回廊には、松明の火が頼りなく揺れている。
だが、結社の「最高幹部」たちが集まるという
最奥の区画へ近づくにつれ、
大地は奇妙な違和感を覚え始めた。
(……なんだ、ここは?)
外の街はあんなにも不衛生で死臭に満ちていたのに、
この区画だけが異常なほど「無臭」なのだ。
松明の煙の匂いすらない。
床には塵一つ落ちておらず、
石壁の隙間は
正体不明の透明な樹脂で完全に密閉されている。
大地は息を殺し、通気口の格子を外して
幹部たちの集会所を覗き込んだ。
円卓を囲む数人の修道士たち。
だが、その会話はラテン語でも英語でもなく、
未来の研究所で聞いたあの耳障りな摩擦音
——爬虫類の言語だった。
さらに驚くべきことに、
円卓の中央には中世には絶対に存在しない、
青白く発光する円筒形の機械が鎮座し、
静かな駆動音を立てている。
『……大気の浄化フィルター、出力安定。
この時代の空気は、我々の肺には有害すぎる』
『忌々しい。なぜ誇り高き我々が、
猿どもの病に怯えねばならんのだ』
『耐えろ。
この時代を掌握すれば、
地上は我々の無菌の楽園となる』
修道士の一人がフードを下ろした。
人間の皮膚のマスクの境目から、
硬質なオリーブドラブの鱗と、
縦に割れた黄金の瞳孔が覗いている。
(無菌の楽園……? 有害すぎる……?)
大地の脳裏で、
これまでの情報が一本の線に繋がった。
奴らは未来の世界でも、
異常なまでに密閉された「無菌スーツ」を着込んでいた。
なぜ圧倒的な武力と技術を持ちながら、
表立って人類を滅ぼさないのか。
なぜ歴史の裏側から、
コソコソと人間に化けて操作する必要があるのか。
答えは簡単だ。
(あいつら……「免疫力」が極端に低いんだ!)
途方もない時間を地底の閉鎖空間で過ごした代償。
彼らは超文明を手に入れた代わりに、
地上のウイルスや細菌に対する抵抗力を
完全に失っていたのだ。
大地はニヤリと笑い、
腰のポーチから藤堂に渡された
小型のEMP(電磁パルス)発生装置を取り出した。
奴らのプラズマ・ライフルと正面から撃ち合えば、
一瞬で消し炭にされる。
だが、相手の「急所」が分かれば、
戦い方はいくらでもある。
大地は通気口から身を乗り出し、
集会所のど真ん中、
あの大気浄化装置に向けて
EMPデバイスを放り投げた。
——カアァァァン!!
強烈な電磁波が室内を乱反射する。
『何事だ!?』
『フィルターが……浄化システムがダウンしたぞ!』
「お前らには、この時代の空気は少し『濃すぎる』だろ?」
大地は天井から飛び降りると同時に、
部屋の巨大なステンドグラスに向かって
重い木椅子を蹴り飛ばした。
ガシャァァァン!!
色鮮やかなガラスが粉々に砕け散り、
そこから中世の冷たい夜風が、
死臭とペスト菌をたっぷり含んだ生の空気が、
密閉された空間へと一気に雪崩れ込んできた。
『ガァァァッ……!』
『息が……外の空気が……ッ!』
レプティリアンたちは喉を掻き毟り、パニックに陥った。
彼らの強靭な肉体は、物理的な攻撃には耐えられても、
数億年分の変異を経た地上の細菌兵器(生の空気)には
全くの無防備だったのだ。
武器を構える余裕すらなく、
彼らは次々と痙攣してその場に倒れ伏す。
「歴史泥棒の結末にしては、随分と惨めだな」
苦悶にのたうつ爬虫類たちを見下ろし、
大地は転送デバイスのスイッチを叩いた。
歴史の分岐点は、今、破壊された。
視界が再び強烈な光に包まれ、
大地は中世の暗闇から弾き出された。
第3幕:開かれた未来
光が収まり、大地が目を開けると、
そこは、あのカビ臭い地下水道でも、
レプティリアンのシンボルが輝く
ディストピアでもなかった。
研ぎ澄まされたガラスと、
継ぎ目のない金属で構成された、
巨大で無機質な空間。
窓の外には、
空力制御で滑るように飛び交う流線型の車両と、
美しく秩序立った未来都市が広がっていた。
「ミッション・クリアだ。
見事な手際だったよ、特異点」
背後から、落ち着いた女性の声がした。
振り返ると、黒いロングコートを身に纏った、
少し年上の女性がタブレットを見ながら立っていた。
切れ長の目に、どこか皮肉めいた笑みを浮かべている。
大地の知る若き「藤堂」はいなかった。
「……あんたは?」
「水原。
この『時間管理局』の観測司令だ」
水原はタブレットを操作し、
空中にホログラムの年表を展開した。
「君が中世の結社を潰したことで、
歴史は本来の軌道を取り戻した。
トカゲどもは地下へ引っ込み、
ここは人間の手による未来社会として再構築された」
「藤堂は?
地下でレジスタンスをやってた奴だ」
水原は小さく笑い、
部屋の奥にある重厚なデスクを顎でしゃくった。
「レジスタンスではなくなったが、元気にやってるよ。
随分と老けたけどね」
デスクでコーヒーをすすっていたのは、
白髪交じりの初老の男
——時間管理局の局長となった、
未来の藤堂だった。
「よくやってくれた、久我山大地くん。
君のおかげで、我々はこの管理局という
歴史の防波堤を取り戻すことができた」
藤堂局長は深く頭を下げた。
「歴史が元に戻ったってことは……
あかりは!
妹の意識は戻ったのか!?」
大地が身を乗り出すと、
水原が静かに首を横に振った。
「彼女の脳波は劇的に安定したわ。
でも、まだ目覚めない。
……レプティリアンが歴史の土台に干渉した『根本の傷』が、
まだ過去に残っているのよ」
「根本の傷?」
「ええ」
水原はホログラムの地球儀を映し出した。
「奴らがなぜ極端な無菌体質になったのか。
なぜ人類を憎み、地上を奪おうとしたのか。
……すべての因果の始まりは、
奴らが地下へ逃げ込んだ時代にあるわ」
「それは、いつだ」
「約3億年前。
巨大隕石の衝突によって、
地球の生態系が一度完全にリセットされた時代よ」
水原はコートのポケットから、
電磁加速式ハンドガンを取り出して
大地に投げ渡した。
「さあ、支度して。
次は私が一緒に行ってあげる。」


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