悪夢の始まりと退屈の終わり
一章終わりまでです!!!
少しだけいつもより長いかもしれません。
サブタイトル使いたいがために最後まで詰めたくて。
最後の語りはその先の展開を知る人からすると残酷に映る...かも?
最近は痛い目に遭っても「でもスバルくんはもっと痛いよ?」と脳内で叱られます。
自分に。
二章へ突入したいところですが、ifをやりたい気持ちも...。
アヤマツルート放映してからの二章というのも捨て難いですね。
時系列もわかりやすい気がしますし。
次からはもう少し手短にまとめられるよう努めます。
一章だけですごい使っちゃいましたからね。
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『――備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解』
『まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じの展開!?』
『それも面白いのだけれど、事実はもっと単純なこと。――私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。命拾いしてしまったわね』
「...そうだった、この時はすごーくびっくりしたもの。完全に仕留めたと思ったから」
エミリアは苦い過去を思い返すようにうにゅーと顔を顰める。
『精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、恐いんだから』
『攻撃と防御の役割分担――実質、二対一の状況だ』
『アレが精霊使いの厄介なところじゃ。片方が攻撃して、片方が防御。場合によっちゃ片方が簡単な魔法で時間を稼いで、もう片方が大技をぶっ放す……なんてのもできる。『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな』
「その通りなのよ、精霊使いはただの魔法使いとは違う。精霊がベティーのような大精霊なら尚更かしら!」
どやっと文字が出そうな顔をし、ツッコんでくれるスバルがいないことを思い出し、少し不満そうな顔をする。
『戦い慣れしてるなぁ、女の子なのに』
『あら。女の子扱いされるなんてずいぶんと久しぶりなのだけれど』
『ボクから見れば大抵の相手は赤ん坊みたいなものだからね。それにしても、不憫なくらい強いもんだね、君は』
『精霊に褒められるなんて、恐れ多いことだわ』
「...まぁ、精霊からしたらそりゃ大抵の人間なんて赤子も同然でしょうね」
ラムがそう言い、ベアトリスが頷く。
『あ、マズイ。ちょっと眠くなってきた。むしろ、今ちょっと寝ながら戦ってた』
『ちょっとパック!しっかりやってよっ』
『……はっ!寝てない!寝てないよ!ボク、全然寝てないよ!』
「...時間切れとは、難儀なものだ〜ぁね」
ロズワールの呟きにベアトリスが少し苦い表情で目をやる。
『楽しく、なってきたのに。心ここに非ずなんて、つれないわ』
『もてるオスの辛いところだね。女の子の方が寝かせてくれないんだから。でもほら、夜更かしするとお肌に悪いからさ。そろそろ幕引きといこうか。同じ演目も、見飽きたでしょ?』
『――足が』
『無目的にばらまいてたわけじゃ、にゃいんだよ?』
『……してやられたってことかしら?』
『年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいとも。オヤスミ』
「...足を取れば動きは少し鈍る。さすがの戦術だな」
クルシュが感心し、柔く笑う。
『嘘、だろ……』
『嘘じゃないわよ。ああ、素敵。死んじゃうかと思ったわ』
『……女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ』
『早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ』
『それだけでも相当、痛いだろうに』
『ええ、そうね。痛いわ。素敵。生きてるって感じがするもの。それに……』
『ちょっと動きづらいけど、十分よ』
「うえぇ...フェリちゃん的にはこういう戦い方は良くないかな〜なんて思うんですけど」
フェリスが顔を顰め、クルシュもそれに頷く。
「...覚悟が決まっている、とも評価出来るが、これはそれとは少し違いそうだな」
『パック、いける?』
『ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう』
『あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとね』
『君になにかあれば、ボクは盟約に従う。――いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ』
『――ああ、いなくなってしまうの。それはひどく、残念なことだわ』
「...少し劣勢だな...」
ユリウスがそう囁き、顔をしかめる。
少し劣勢のエミリアにロム爺とフェルトが加勢するが、蝶のように舞いながら戦うエルザの前では無力に等しい。
『覚悟も戦う力もない。ならばせめて部屋の隅で、小さくなっているべきだったのに』
動けないフェルトと、それを見つめるエルザ。
その状況を打破できるのは
『はいだらぁぁぁぁぁぁーーっ!!』
そう叫び、スバルがフェルトを抱えて避ける。
「スバル!」
ぱあっと明るい顔でラインハルトがそう叫ぶ。
「危機一髪だったが...さすが、と言ったところかな」
少し満足気にユリウスが言う。
『よし、どうにか動く。いっぺん死にかけて逆に覚悟決まったか。空元気でも元気、蛮勇も勇気。やる、やるとき、やらねば、やるべし、やったらんかい!』
『お、おい、兄ちゃん……』
『よく聞け、リッスンミー。いいか、フェルト。俺は今から、討ち死にしたロム爺とおんなじ感じで時間を稼ぐ。どうにか隙の一個でも作ってみせっから、その間にお前は逃げろ。わき目も振らずに入口から全力疾走。エスケープだ、いいか?』
『――!よくねーよ!なんだそりゃ、アタシにケツまくって逃げろってのか!?』
『そうだ、ケツまくって尻尾巻いて逃げちまえ。本当なら俺がそれやりてぇんだぜ。こんな暴力空間、一秒だって長居したくねぇよ。お前は十五で、俺は十八。たぶん、お前が一番年下ってことになる。したら、お前が生きる確率が一番高いとこを選ぶのが当たり前だ。当たり前なんだよ』
「スバル殿...流石です」
「流石ですスバルくん!レムは感服しました!」
レムとヴィルヘルムがスバルの行動に優しく笑う。
「スバルくんは素晴らしい...自分も怖いのに人を助けられる優しさを持っています」
やや盲信気味にレムがきらきらと瞳を輝かせて言う。
『狙いは上々。でも、殺気が出過ぎてて見え見えなのが残念』
『殺気か! それの制御方法は知らねぇや!』
『今だ! いけよ、フェルト――!!』
スバルの叫びにはじき出されるようにフェルトが走り出す。
『行かせると思う?』
『行かせてほしいなってのが願いだ!!』
机を蹴り上げ、ナイフの軌道をずらす。
『珍しく、少しだけ腹立たしいと思ったわ...いいわ、乗ってあげましょう。その代わり、ダンスの退屈はさせないでね』
『言っとくが、俺と踊るなら覚悟しろよ。教養ねぇからバンバン足踏むぜ』
「頑張ってくださいスバルくん!ちなみにレムは足を踏まれてもそれすら楽しめます!」
真剣な表情でそんなことを叫ぶレムに「それはそれでおかしいのよ!?」とベアトリスがツッコミを入れる。
『こっちの相手も、忘れないでよねっ!』
『そのお遊びもそろそろ見飽きたのだけれど……まだ私を楽しませられそう?』
『秘められた真の力とかがあるなら、今のうちに出しといた方がいいと思うぜ』
『……切り札はあるけど、使うと私以外は誰も残らないわよ』
『まだやれる!まだやれるよ!カード切るの早いって!なんでそこで諦めちゃうの!こっからこっから、まだまだイーブンだよ!ファイト俺!』
『やらないわよ。まだこんなに一生懸命、あなたが頑張ってるのに。足掻いて足掻いて足掻き抜くの。――親のすねをかじるのは最後の手段なんだから』
『ノーカウントだ……』
『――え?』
『さっきの俺の言葉はなし!全部なし!マジ燃えてきた、バーニング!!やってやるぜ、クソだらぁ!切り札なんざ、絶対に切らせねぇ!!』
『んな面すんじゃねぇよ、美人が台無し!そんでもって、そんな面させてんじゃねぇよ、空気読めや、サディスティック・オブ・ジ・イヤーが!美人が台無しアゲイン!』
『……元気が有り余っているようね』
『今回は一回も流血沙汰してないかんね!でも、今宵の棍棒『虎鉄』はお前の血に飢えてるぜ?ふん!ふん!』
『おふざけはもうけっこうよ。踊りを始めましょう。ちゃんとついてきてね』
『お前の方こそ、早々に沈むんじゃねぇぜ。右投げ左打ち、舐めんなよ』
スバルに勝ち筋の風が吹き、レムたちはきゃあきゃあと騒ぐ。
「流石ですスバルくん!気遣いが素敵です!」
「ナツキさんは不器用な方ですからね...無理しないで欲しいですけど」
「頑張るのよスバル!」
『蜘蛛女が――!』
『糸に絡め取られたのは間違いないけれどね』
伸び上がってくる刃が見えて、とっさに体を後ろへ倒す。
が、追ってくる刃の攻撃範囲からはまるで逃れられていない。
瞬きすら忘れそうになる刹那の瞬間、スバルの脳裏をよぎったのは自分が初めて二本の足で畳みの上に立ち、両親が「この子は天才かもしれない」と手を叩いた記憶。
『走馬灯な上に今の状況顧みると申し訳なくなることこの上ない思い出――!!』
エルザの放った刃の軌道が僅かにズレる。
『氷の盾――ナイスカバー!!』
『狙ったところに作るのは得意じゃないの。――危うく、氷の彫像ができるところだったわ』
『俺じゃなくてエルザのだよね!?』
「小さい時のスバルくん可愛いです!!」
「そんなこと言ってる場合かしら!?エルザの攻撃を避けたことについて述べるべきなのよ!!」
「2人とも落ち着いて」
ラムとレム、ベアトリスが騒ぐ。
エミリアはこの先の展開を記憶しているのに、ドキドキしてしまっている。
エルザに蹴り足を叩き込むも、
『はい、掴んだ』
そんな無情な言葉と共に、足を掴まれてしまう。
『ぬおおお! 燃え上がれ俺の中のなにかーーー!!』
そんなことを叫ぶも、防御が間に合わない。
『――そこまでだ』
凛とした声と共に、空間に圧倒的な「正義」が君臨する。
『危ないところだったようだけど、間に合ってなによりだ。さあ――』
『お、お前は……』
『舞台の幕を引くとしようか――!』
「...!僕だ!」
「ラインハルト!」
ーー勝ちが、約束された。
逃げたフェルトが助けを求めた。
それを聞いたのがラインハルトだと、どうやらそういうことらしい。
『……ラインハルト、か?』
『そうだよ、スバル。さっきぶりだね。遅れてすまない』
『黒髪に黒い装束。そしてくの字に折れた北国特有の刀剣――それだけ特徴があれば見間違えたりはしない。君は『腸狩り』だね』
『なんだその超物騒な異名……』
『その殺し方の特徴的なところからついた異名だよ。危険人物として、王都でも名前が上がっている有名人だ。ただの傭兵という話ではあるけど』
『ラインハルト――そう、騎士の中の騎士。『剣聖』の家系、ね。すごいわ、こんなに楽しい相手ばかりだなんて。雇い主には感謝しなくてはいけないわね』
『色々と聞き出したいこともある。投降をお勧めしますが』
『血の滴るような最高のステーキを前に、飢えた肉食獣が我慢できるとでも?』
『仕方ない。スバル、少し離れていて。できればあの老人を安全圏へ。そのあとはあの方の側にいてくれると助かる』
『かしこまり。……化け物みてぇな女だから、油断しないでな?』
『幸いなことに、怪物狩りは僕の専売特許でもあるんだ』
ラインハルトは気負う様子もなく歩き出す。
『女性相手に、あまり乱暴はしたくないんですが……』
踏み込みで床が破裂し、その圧倒的な力にその場にいた全員が言葉を失う。
『噂通り……いえ、噂以上の存在なのね、あなたは』
『ご期待に添えるかどうか』
『その腰の剣は使わないのかしら。伝説の切れ味、味わってみたいのだけれど』
『この剣は抜くべきとき以外は抜けないようになっている。鞘から刀身が出ていないということは、そのときではないということです』
『安く見られてしまったものだわ』
『僕個人としては困らされる判断ですよ。ですから――こちらでお相手させてもらいます。ご不満ですか?』
『――いいえ。ああ、素敵。素敵だわ。楽しませてちょうだい、ね!』
化け物と渡り合うラインハルトに、皆が少し引く。
「...俺ッ様ァ、コイツに随ッ分苦戦した記憶があんだがなァ...」
「...あれと比べては、自信がつく方が難しいのよ...」
『当然、生じた隙には乗じさせてもらうわ』
『すまないが――飛び道具は僕には届かない』
『矢避けの加護――!』
『生まれながらに与えられたものでね……不公平とは思わないでほしい』
ラインハルトはエルザのナイフを刃元から折る。
『武器を失ったのなら、投降をお勧めします』
場面は切り替わり、スバルがロム爺を看る。
『その人、大丈夫そうなの?』
『おいおい、言っとくけどこの爺さん。お前の徽章を盗んだ一味だぜ?』
『だからよ。無事に治ってもらって、その恩を逆手に情報を聞き出すの。命の恩人相手なら嘘なんてきっとつかないわ。これも私のための行為よ』
ラインハルトの方へ目をやり、エルザの動きに叫ぶ。
『二本目があるぞ、ラインハルト!』
『よくわかったわね』
『実体験があったんでな!』
『ただし、牙は二本だけではないの。……仕切り直しに付き合っていただける?』
『全ての武器を切り落とせば、満足してもらえるかな』
『牙がなくなれば爪で。爪がなくなれば歯で。歯がなくなれば骨で。骨がなくなるのならば命で。――それが戦闘狂というものよ』
『それなら、その看板を折らせてもらうとするよ』
エルザに劣勢にはならぬが優勢にもならぬラインハルトにスバルは慌てる。
『まさかラインハルトですら、決め手に欠けるってんじゃねぇだろうな……』
『……こっちに、気を遣ってるのよ、彼は。私が精霊術を使ってるから、彼は本気が出せないの。せめて、この人の治療が終わるまでは……。ラインハルトが本当に戦うつもりになれば、大気中のマナは私にそっぽ向くもの。――そろそろ治療が終わる。合図したら、彼に声をかけて』
いまいちエミリアの言葉に理解が出来なかったが、スバルは頷く。
やがてエミリアが治療を終え、顔を上げる。
『お願い』
『お任され。――ラインハルト!よくわからんが、やっちまえ!』
『――なにを見せてくれるの?』
『アストレア家の剣撃を――』
刹那、空間が引き歪むような感覚がする。
───────────────────
『ごめんなさい……ちょっと、肩を貸して』
『どうした、急に体調でも悪く……』
『違うの。マナが……わかるでしょ?』
スバルにマナ関連のことが分かるわけないのだが、とりあえず肩を貸す。
『『腸狩り』エルザ・グランヒルテ』
『――『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア』
まだ剣構えただけだったのかよ、と言いたい気持ちを抑え、スバルは息を呑む。
ラインハルトが剣を振るった瞬間、逆巻く風が家具や廃材を巻き込み暴風となって暴れる。
『なにが化け物狩りは自分の領分だ。お前のが十分、化け物じゃねぇか!』
『そう言われると、さすがに僕も傷付くよ、スバル』
「スバル...君は...」
「ナツキさん...命がいくつあっても足りませんよ...」
助けて貰っておきながらラインハルトに悪態を着くスバルにユリウスとオットーは呆れる。
『無事に、終わったの?』
『ああ、ホントの意味でどうにかな』
『じろじろと、どうしたの?すごーく失礼だと思うけど』
『手足はもちろん、首もちゃんとついてるよな』
『……当たり前でしょ?恐いこと言わないでくれる?』
『そうだな、当たり前だよな。もちろん、俺の手足もついてるし、背中にナイフが生えてもいなけりゃ、腹にでかい風穴が開いてたりもしないぜ!』
『生えてたり開いてたりした時期があるみたいな言い方するわね』
『そういや、ラインハルト。まだ礼を言ってなかった。マジ助かった。さっきの路地のことといい、俺の心の叫びが聞こえたのかよ、友よ』
『それができたなら僕も胸を張るんだけどね、友達くん』
ラインハルトは肩を竦め、すっと入口の方へ顔を向ける。
そこにはフェルトが立っていた。
『彼女が必死で路地を走り回っていたんだ。そして僕に助けを求めた。僕がここにこれたのは彼女のおかげだよ。その後は騎士の務めを果たしただけさ』
『騎士の務めって、ボロボロの廃屋を平たくすること?』
『それって意地悪過ぎやしないかい、スバル』
「スバルきゅんってほーんと命知らず...ラインハルトじゃなかったら斬られちゃうぞ」
「...まあ、そこはさすがに理解してるだろう」
『あの子は……』
エミリアがフェルトの存在に気づく。
『タンマタンマ。あいつがラインハルトを呼んでくんなきゃ、俺たちはきっと全滅してたんだぜ?ここは俺の顔に免じて、氷の彫像の刑は見送ってくれよ』
『そんな乱暴しないわよっ。というか、あなたの顔に免じてって……』
軽口をたたける余裕が生まれ、スバルは気を抜く。
『――スバル!』
ラインハルトの声に、危機はまだ隣にいたことを悟る。
黒い殺人鬼が、エミリアへと走る。
エミリアを突き飛ばすように庇い、棍棒を引き上げて腹の前でガードする。
「流石ですスバルくん!」
「流石だッ大将!」
「素晴らしいです、スバル殿...」
信じられないほどにギャラリーが盛り上がる。
エミリアを守るスバルを見るのは、スバルを大切に思う人たちからすると嬉しいのかもしれない。
『この子はまた邪魔を――』
『そこまでだ、エルザ!』
負けを悟ったのか、エルザはラインハルトにナイフを投げる。
それも当たることは無かったが。
『いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて』
跳ねて逃げるエルザを追わず、ラインハルトはエミリアに駆け寄る。
『ご無事ですか――』
『私のことはどうでもいいでしょう!?それより……』
『ちょっと大丈夫!? 無茶しすぎよっ』
エミリアの整った顔が焦りに歪む。
『お、ぉぉお……ら、楽勝楽勝。あそこってば無茶する場面だべ?動けんの俺しかいねぇし、あいつがとっさに狙う場所もこっそり当てがあったし』
ちらりと服を捲り、紫に打撲の跡が刻まれているのを見てスバルは顔を歪める。
『今度はもう、完璧にいなくなったよな?』
『すまない、スバル。さっきのは僕の油断だ。君がいなければ危ないところだった。彼女を傷つけられていたら僕は……』
『タンマタンマタンマタンマ!そっから先は言及無用だ。こんだけ色々ともったいぶったんだから、そこの部分を他人に委ねちゃ俺が報われん』
「スバルくん!お怪我が!!」
「無茶しすぎなのよ!」
スバル大好きガールズがきゃあきゃあ騒ぐ。
スバルが本当に叩きのめされていたら声も出なかっただろうから、騒げているのは安心している証拠なのだが。
『俺の名前はナツキ・スバル!色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!』
『な、なによ……』
『俺ってば、今まさに君を凶刃から守り抜いた命の恩人!ここまでオーケー!?』
『おーけー?』
『よろしいですかの意。ってなわけで、オーケー!?』
『命の恩人、レスキュー俺。そしてそれに助けられたヒロインお前、そんなら相応の礼があってもいいんじゃないか?ないか!?』
『……わかってるわよ。私にできることなら、って条件付きだけど』
『なぁらぁ、俺の願いはオンリーワン、ただ一個だけだ』
その願いを知っているから、眉を下げてエミリアは笑う。
『君の名前を教えてほしい』
オットーは口を開けて呆ける。
エミリアは愛しそうに笑う。
レムは無欲な愛しき人を想うように瞳を閉じる。
皆が様々な反応をする。
利益を優先するものからしたらこの願いは愚かに映るだろう。
スバルに救われたものからすれば、これはナツキ・スバルを表す言葉だと思うだろう。
エミリアからすれば、この言葉は世界で一番好きな言葉だと、思うだろうか。
エミリアは小さく笑い、手を差し伸べる。
『私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとう、スバル』
『私を助けてくれて』
ナツキ・スバルは思う。
(通算して三回、刃傷沙汰で命を落として辿り着いた結末。あれだけ傷付いて、あれだけ嘆いて、あれだけ痛い思いをして、あれだけ命懸けで戦い抜いて、その報酬が彼女の名前と笑顔ひとつ。ああ、まったく...わりに合わねぇ)
スバルも笑い、その手を握る。
「スバルくん!!!!」
「スバル!!!!」
過去最高潮に場が盛り上がる。
ベアトリスやレムは勿論、ユリウスも誇らしげに笑っている。
ナツキ・スバルの負け戦は無様そのものだが、勝つ時の彼は、まさに英雄だから。
『それにしてもスバル、よく無事だったね』
『そいつでとっさにガードしたかんな。それがなきゃ、今頃は胴体真っ二つだ』
『そうだね。これがなければ――』
その手の中で、棍棒は滑らかな切断面をさらして鈍い音を立てて落ちた。
ど真ん中で二つに切り落とされ、その役目を完全に終えている。
ゆっくりと、ラインハルトがスバルの方を切なげな目で見た。
スバルもその視線に従って、嫌な予感を感じつつもジャージの裾をまくる。
胴体は先ほどと同じ、真紫の打撲で超変色状態だが、そこに変化が生まれた。
『あ、やばい、これ、俺にも先が読めた』
刹那、スバルの腹から大量の血が吹き出る。
『――ちょ、スバル!?』
すぐ近くで、エミリアの切羽詰まった声が聞こえる。
視界が大きく傾く。
ラインハルトが焦りを浮かべ、すぐ近くで顔を覗き込んでくるエミリアがその整った面に悲痛な表情を象っている。
(――ああ、焦ってたりしててもマジ可愛いな、異世界ファンタジー。)
そんないつかと同じような感想を最後に、激痛とショックがスバルの意識を波濤の如く押し流していった。
「...以上で、第一部を終わります。1時間の休憩の後、第二部を放映致します。」
そんな声が場に響き、画面は一度暗くなる。
「...そう、スバル...そうだったわ...」
エミリアは思い出したように頭を抱え、レムは今にも倒れそうな顔をしている。
静かになった会場で、一同は考える。
ナツキ・スバルの死に戻りの中で、自分は一度でも、彼を殺していないのだろうか?と。
大切な人。
大切な人を救ってくれた人。
好きではないけど、認めている。
そんな感情すらも、彼の屍の上にある。
もし、彼の無数の命のひとつを、自分が潰していたのだとしたら、一体、どんな顔をすればいいのか?