<福島第1原発事故を見つめた15年>㉘
福島の原発事故を追い続ける山川剛史編集委員が、事故後、この道一筋にやってきた1人の記者としての思いをつづります。
◇
◆山菜たちが教えてくれた「お告げ」
ご無沙汰してしまい申し訳ありません。山菜に含まれる放射性セシウムの定点調査を10年間続けてきましたが、今回は放射線量の高い帰還困難区域にまで調査範囲を広げました。
前回のコラムでも少し触れましたが、あらためて実感させられた帰還困難区域の厳しい現実について、記事では書ききれなかったことなどを書きたいと思います。
まずは一覧表を見てください。誰も住んでおらず、どこにどの山菜が出るのか事前の詳しい情報がほとんどない帰還困難区域で、我ながらよく30以上もの試料を集めたものだと思います。
まずは一覧表を見てください。誰も住んでおらず、どこにどの山菜が出るのか事前の詳しい情報がほとんどない帰還困難区域で、我ながらよく30以上もの試料を集めたものだと思います。
正直に告白すると、フキノウトウやワラビなら見つけやすいし、2種類を各所で採れば、何とか紙面にはなるかも。この辺で手を打とうかと思っていました。
ところが、現場を回り始めるうち、何か背後から視線のようなものを感じます。「ん?」。振り返ると、特定の場所でしか見つからないコシアブラの若芽があるではありませんか。
ゼンマイも場所が分かっていないと採取は難しいのですが、各所で見つかってくれました。
「ちゃんと調べてくれよ、とのお告げだな」
そう感じ、手を抜かず何日もかけて山菜を集めました。
そう感じ、手を抜かず何日もかけて山菜を集めました。
◆見た目はきれいに一変したけれど
山菜のセシウム汚染実態を把握することが調査の目的ですが、はからずも除染の効果と限界、一段上の汚染に見舞われた帰還困難区域の厳しさを数字が教えてくれました。
例えば、既に除染が終わった浪江町津島地区の知り合い宅の事例です。
2025年秋、やぶに埋もれた知り合い宅を通りがかると、何台もの重機が入り、生い茂った雑木を次々に伐採し始めたのに気づきました。通りがかるたびに姿が変わり、やぶがなくなり農地とおぼしき平地が見え始め、数日たつと、きれいに畝が造られ、山砂が入れられていました。
2025年秋、やぶに埋もれた知り合い宅を通りがかると、何台もの重機が入り、生い茂った雑木を次々に伐採し始めたのに気づきました。通りがかるたびに姿が変わり、やぶがなくなり農地とおぼしき平地が見え始め、数日たつと、きれいに畝が造られ、山砂が入れられていました。
次の機会には、工事車両は全ていなくなり、家屋の周りには山砂が敷かれ、除染したての感じとなりました。とてもお金(税金)がかかったと思いますが、2カ月ほどのうちにやぶが、きれいな宅地と農地に一変する様にはあらためて驚かされました。
◆「これで除染は終わり?」あぜに残る高い数値
ところがです。敷地に入らせてもらうと、家屋と農地の間の砂利道では毎時2〜3マイクロシーベルトはあります。裏山に一歩入ると6マイクロシーベルトを超えていました。農地の真ん中でも1マイクロシーベルトを超えていました。
「除染はやったんだよな。この目で見ていたものな」
線量計の値...
線量計の値...
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