効率的に世界を牛耳ることができるからなのです。
つまりじつは、
これまで言われてきたような
「悪魔の世界支配計画666」
といった「陰謀論」ではなく、
なんと
まったく逆の、
「悪魔による666世界封印計画」
だったのです。
そして、
まさにこれこそが
本当の「陰謀」であると、
澤野氏は仰ってました。
しかし、ひょんなことから
東北最奥の一体どこに、
その「本体」が秘匿されているのかを、
しらみつぶしにあたっていきました。
そして彼は見つけた。
そして「封印」した。
しかし彼は、
そのパワーの源泉を封印するだけではなく、
秘密裏に平安京大和朝廷に持ち帰り、
「ある場所」にて
ちゃっかり隠して使っていたのでした。
そして、
666ヤハウェの存在、
そして介在を知覚するためには
純粋な目を持たなくてはなりません。
「入り口と出口は純粋でなければならない」
と澤野氏。
それはキネシオロジーでも同様に、
たとえばお人好しで気弱な被験者は、
講師に恥をかかせたくないがために、
またはその場の空気を白けさせたくないがために
かなりの精神的な負担を抱きながら、
忖度してしまうケースが多々あります。
ですので、
ダウジング、Oリング、キネシオロジーなどの大半は、
「誤診」となってしまうのです。
誰でも安価に
そして気軽にできてしまえそうに思えますが、
じつはかなりの意識レベルと、
広範な知見と、
さらに人格形成が適切になされた人でないと、
正確な結果は得られにくいでしょう。
――澤野さんはダウジングの経験があるのですか?
ありますよ。
夢中でやっていました。
今から25年前に、
日本のダウジングの元祖であり第一人者であり、
日本ダウザー協会会長の
堤裕司先生に教えてもらいました。
懐かしいですね~。
――キネシオロジーも流行っていますよね?
キネシオロジーにしても、
その「本質」とはかけ離れたケースが多く、ある意味「コックリさん」みたいになっています。
どの霊団とコネクトするか、
素人の生兵法では危険すぎます。
無意識のうちに、
気が付かないうちに、
「契約」を締結してしまっている危険性もあります。
あとになってから、
「知りませんでした」では済まない。
“あちらの存在”はきわめて律儀ですから。
――それは危険ですね。
大変大変危険危険。
技術云々よりも
まずこのことを先に徹底しなきゃね。
肝心なのは、
被験者の質問レベルに見合った“存在”が
その人を喜ばせるような甘美な解答を
もたらすことが多いので
じつに気をつけたいものです。
己の人格の涵養がないままに、
またはそれを最初から放棄した状態で
高貴なる存在からサジェスチョンを
受けようとすることは
これ、きわめて傲慢な行為です。
そして、自らの外側に解答を求めることは、
広義において偶像崇拝に直結します。
それは自らの宇宙性の否定であり、
自らの存在を矮小化させ、
「ひとつ」から独立するための行為となります。
ダウジングも、Oリングも、キネシオロジーも本来は、
自己内在の宇宙との対話が目的でしょ。
でも現状はそうはなっていないのですよ。
いや、目的はみなわかっているのだけれど、
必ずしもそうはなっていないケースが
大半であるということです。
つまり自己内在の宇宙ではない、
別の存在と対話してしまっているということです。
“彼ら”は弁舌に長けていますから、
口先でどうにでも神を装うのです。
“彼ら”は私たちが思い浮かべる「理想的な神」の姿と言い回しで登場します。
――澤野さん、ありがとうございました。
いくら正しき方法をもって、
あなたが何者かについて、
思っていたり考えている者とは、
澤野さん曰く――、
「欲さず欲し、力を入れて力を抜く」
という訓練を意図的に積み、
それが無意識でできるようにならないと。
とのこと。
ということを
まず自分をアラハバいていくしかありません。
自分をアラハバくということは、
非常に辛い峠を越える経験となります。
見たくないものを見て、
触れたくないものに触れ、
封印してきたものの蓋を開けるのですから。
「アラハバく」とは一掃することだけを
意味しているわけではありません。
「アラハバく」とは、
「垢」を一掃することはもちろんですが、
そんな「垢」が取り払われたあとに、
それまで自分自身で封印してきた
「本当の自己」というものが
本来の位置へと浮上し
回帰するところまでがワンセットです。
「一掃する」ことだけに注目してしまうと、
それは「浄化」と勘違いしてしまう人が必ずいます。
「浄化」と「アラハバキ」は違います。
「浄化」というのは、
弥生ケガレ思想に起因するものですので、
縄文とは関係のない考え方です。
ヤハウェは「姿も形もない概念」です。
宗教などで、
そこには「良い」「悪い」はありません。
(この場合は請求書ではなく
みなさんに強くお伝えしたいことがあります。
これからの時代、いろんところでいろんな人がいろんなことを言うと思います。ですので、そのようにいろんなことを言う人たちが「何を言っているのか?」を、きちんと吟味していかなければなりません。その吟味にはポイントがあります。その発言なり、内容が、私たちを三次元現実世界に縛るものなのか、さらに、私たちのマインドの覚醒を阻害するものなのか、それとも、私たちの気が付かなかった呪縛から解き放つものなのか、という部分です。そして、私たち自身が自らに言い聞かせなくてはならないことがあります。それは、私たちはつい、分かった気になり、正しいと思い込んでしまいます。自らは善意のつもりで善かれと思って、自信をもって行動したとしても、それが、他者を路頭に迷わすことに繋がるかもしれません。自らの善意が、他者を地獄に導くようなことがあってはなりません。それを防止するための方法はただひとつ。「自らの無知に対して謙虚になること」です。常に、振り返り、俯瞰し、現在地を確認していくという繊細な作業を行うということです。
これからの新しい時代」がが具体的にどのような世界なのか
みなさん気になると思います。今の世の中の現状とは「逆位相」に位置する不思議な世の中です。「お金」はなくなることはありませんが、その扱いと意味が変わります。
物質的な貨幣を無くせば時代が変わると思ったら大間違いですよ。
貨幣はそもそもが「この世のもの」ではないのですから。
どのように変わるのかというと、厚みと深みと奥行きが格段に増すのです。お金というものが「この世のものではない」ことに主眼が置かれますから、単に、三次元枠内での右から左への物理的金銭の移動目的のビジネスが衰退します。
それはつまり、多次元世界の裏付けを必要としない、これまでのような、「いかに隣の人からお金を合理的に横取りするか」という不毛な争いが衰退していくことを意味します。
「お金」が無くなるわけじゃない。「お金」の意味合い、
「お金」というものをどう解釈するかが変わる。そしてその解像度が変わるのです。キーワードは「逆位相」です。私たちが想像する「限定ライン」からはこれからことごとく外れていきます。
私たちがこれまで己を勝手に規定してきた
その「限定」が意味をなさなくなります。そして、物事の本質や
これまで気にもとめなかったものが解像度を高めて存在感を増します。
それはこれまで「肉の目」(肉体的視覚)で
見てきたものとはまったく違うものです。これまでの行き過ぎたそして突出し過ぎた三次元物質主義によって、多次元世界を隔絶した人たちというのは、三次元物質世界しか知覚することはできません。すると、彼らの考える「愛」と多次元世界をも含めた「本当の愛」との間に大きな違いが出てきます。彼らの考える「自己愛」は三次元世界限定のものですね。彼らの自己愛は、他者と隔絶であり「自分だけが中心」という考え方です。
それはつまり、
ヤハウェから独立した肉の「ひとり」です。
多次元的自己愛にとどまっている人は、「孤独」という意味での「ひとり」を味わうことになる。
この「ひとり」を「ひとつ」だと勘違いしてしまう。そして、
その「ひとつ」だと思い込んだ「ひとり」が
当たり前だと思い、
世知辛いこの社会をただ嘆くだけとなります。
それは次第に強固な厭世観を生みます。
すると己の内在の神性は、
「どうして私を無視するのですか?」と
「私」と「宇宙」の間で齟齬が生じます。
内在の神性(ヤハウェ)を無視するということは、
完膚なきまでの自己否定ですので、
それは宇宙の破壊、
つまり、自己存在の消去へと繋がっていきます。
孤独である「ひとり」は無意識的な寂しさを感じるので、とにかく、表層的な群れを求めるようになります。
みんなでお揃いの標語を作ったり、徒党を組んで人数の多寡を誇ろうとします。いわば「かりそめのひとつ」ですね。
つまりそのような「ひとつ」は幻想で、
「私はひとりなのだ」という、
深い催眠状態を意味します。このような「表層的な群れ」のことを、
つまり「かりそめのひとつ」のことを私は「疑似ワンネス」と呼んでいます。
私たちは孤独としての「ひとつ」なのではありません。宇宙そのものヤハウェそのものと
「ひとつ」なのです。
孤独としての「ひとつ」に埋没してしまいますと
その人たちは途端に群れ始めます。
「擬似ワンネス」の集団を動かすために、
センセーショナルに登場したスターが使われます。
この暗い世の中において、
「真実」をもたらすとみんなが叫び支持する者は、
偽預言者でありカバールによって
用意された最終扇動要員でしょう。
「本物」は「盗人のように来る」のです。
「盗人のように」とはどういうことか?
それは、
「誰も気がつかない」ということです。
肉の目で誰にでも確認できて、
みんなが飛びついていきなりムーブメントに
なるような場合は、
非常に注意して観察しなければなりません。
「覚醒」とはそんなに甘いものではないのです。
この「疑似ワンネス」の集団は、
多次元世界、宇宙、ヤハウェとの「ひとつ」を
遮断してしまっていますから、
いくら自己実現のテクニックを学んでも、
一向に実現しないという状況を招きます。
それどころか、
見ず知らずのどこかの誰かの
夢の実現のためのエキストラとして、
無意識に演じさせら使役されてしまうのです。
また現代スピリチュアルの多くが、
この「擬似ワンネス」の提供を
ビジネスにしています。
だから永遠に「ひとり」のまま、
そして永遠に「顧客リスト」に
名を連ねることになるのです。
多次元的自己愛に溢れる人は、ひとりぼっちになっても「すべて」を感じることができるので、寂しさを感じることはない。つまり、表層的な群れを必要としない。
これが本当の意味での「ひとつ」ですね。三次元的自己愛しか持たない者は、根源的な「ひとつ」を
体感することができないため、常に寂しさを感じ、誰よりも愛情を求め、表層的な群衆の中に身を置きたいと思う。
こういう状態のことを「有象無象」といいます。
「疑似ワンネス」は、三次元に縛られ
寂しさにもがき続ける「有象無象」を生み出すシステムだといえます。このように、
この世界を思うがままに
クリエイトできる「主人公」とクリエイトできずに、見ず知らずの
誰かの夢の実現のためのエキストラになってしまう人に、
今後大きく分かれていきます。これが本当の意味での格差社会だといえます。(澤野大樹)
それは「カーナビ」とまったく同じ。
交差点で曲がるのを忘れ、
たとえルートを外れても、
カーナビはすぐに
新しいルートを検索し案内しますよね。
でもゴールは決まっているわけです。
ただし、道を間違い続ければ、
ゴールには辿り着けませんよね。
でもそれもまた一興かもしれません。
この列島にやってきた「失われた10部族」として
そんな北イスラエル10部族の人たちは、
「ユダヤ人」でも「ユダヤ教」でもありません。
70年にも及ぶ「バビロン捕囚」を経ていませんから。
バビロン捕囚されたのは、
南ユダ王国2部族(ユダ族、ベニヤミン族)です。
この南ユダ2部族は、
70年に及ぶ「バビロン捕囚」を経て
「ユダヤ教」を生み出しました。
そしてさらに、バビロニア・タルムードを携え、
遥かこの列島まで
「北イスラエル10部族」を追いかけてきた。
そして彼らは
「キリスト教」をクリエイトしました。
彼らは猛烈なグローバリストでした。
バビロンで身につけた
あらゆるオカルト神秘思想を携え、
歴史を乗っ取り、改竄し、
ロンダリングしました。
彼らは全世界を欺き、
全人類に気づかれぬよう
ヤハウェを裏切った民たち。
この途轍もない瞬間の
多次元世界と三次元世界が同時リンクします。
もっと言えば、
波動グッズをはじめ、
あらゆるスピリチュアル霊感グッズは
まったく必要のないものだとわかります。
霊性の回帰による発露は、
団体や組織、
仲良しクラブとはまったく関係のないもの。
お免状もマスタークラス資格もいらない。
ましてや第三者から「伝授」など
できるはずもないのです。
それらはみな形を変えた偶像崇拝ですね。
これまで「南回り」で学んできた
スピリチュアルの本質がわかれば、
その途端に、
これまでまったく考えたこともなかった、
「北回り」のルートの存在が
浮かび上がってきます。
私たちは宇宙そのものなんです。
つまり己の内在の神性と、
誰かによって技術的に
もたらされるものではないことがわかります。
私たち自身とヤハウェは、同一存在なのですから。
そのヤハウェは、宇宙そのものだから
「YHWH」(YHVH)=ヤフヤー(Yahya)。
まっさらな自分史のスタートが
常に「謙虚」であること。
暖かい眼差しを向け、心を手向けること。
次回、
封印されていた本当の日本の岩戸の秘密が
明かされます。
誰も見たことも聞いたこともない
予想を遥かに超えた事象がまた、
青森で繰り広げられることでしょう。
どうぞ、次回もご期待ください。バチカンと、
封印された「PETRO」(岩)の
「PORTE」(戸)の秘密が解かれた
【青森講演会第④回】活字版原稿は、
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※澤野講演会での内容が一からわかる、バックナンバーもぜひ。
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