私の見た一番高齢な、独居者は100歳でした。その方は喫煙者で、いつもラッキーストライクを吸っていた。買い物も自分でやっており、たまに人の分のカニなども買って人に渡しているぐらい。
『どこか痛いところとかはないのですか?』と訊いたところ、
『膝も腰も痛い。とくに膝はずいぶん我慢して歩いている。』とのこと。
みたところ、かなり骨太にみえた。戦争中は『甲種』で数百人のうちでトップの数人にいたということなので、生まれつき肉体的な資質には恵まれていたのだろう。
これは中学時代に気が付いたのだが、同じ身長でも膝頭の大きさにずいぶん個人差がある。ヘンな話、自転車乗りをみかけると、膝の大きさを観察する。膝の大きい人は膝を壊すことが少ないように思える。少なくとも私のまわりではそうだ。受ける面積が大きい分、面圧が下がるのかもしれない。後は身体の使い方だろう。あまり体重を増やさない。あまり底の固い靴をはかない。あまり重いものを無理して運ばない。自転車で重いギアを無理してふまない。
それでも難しい。何がその人の運動機能を奪うかわからない。骨折をきっかけに高齢者が寝たきりになることは多い。骨折をきっかけに寝たきりになった人が、私のまわりで5人もいる。食生活やサプリメントも大事だが、まずころばないことが第一だろう。
自転車に乗っている人は、筋肉はよく使っているのだが、骨に重さをかけていないので、選手の中にも骨がスカスカの人がけっこういる。私がシングルギアにたまに乗り、押して歩くこともけっこうある。これは意図的に歩くことも織り込もうと思っているから。高校生の時に体育の教師に『ランニングの後は必ずしばらく歩け!そうしないと痔になるぞ!』と脅かされた。果たして根拠があることなのかどうか知らないが、気になってランニングの後は歩き、自転車も家へ帰り着く前はしばらく押して歩く。近所の人は『いつも私が押しているところを目撃している』ので、かなりのヘタレだと思われている(爆)。それでもかまわない。
意外なことは、高齢者の自転車の事故のかなりのパーセンテージが”ケンケン乗り”をしている時の転倒、あるいはまたがるときの立ちごけ。身体を柔軟に保って、さっそうとまたがる。そして、トップチューブにまたがった状態からペダルをこぎだす。基本は重要です。歳を取るほど基本の中に安全の要素があることを感じる。
高齢になって転倒して骨折した人の話を聞くと、ほんとうに些細な油断で骨折してしまっている例が多い。身体的なものだけではなく、脳の老化が転倒や事故を引き起こしているようにみえるケースがある。
幸いにして、私はまだ立ちごけとか、大転倒というのはやったことがない。ただ、一度、右へ降りようとして、ひやりとしたことがあった。普通なら右へ降りるなどと言うことはない。自己過信です。道路の工事現場でのこと。そうした場所は無理して乗らず、あっさり押したほうがよい。出来ると思うことと出来ることにギャップが出来てきている。そういえば、じゃんさんもブログの中で立ちごけしたことを最近書いていた。NCの今井さんも東サイの板倉さんも立ちごけをしたところに私は居合わせた。立ちごけはある年齢になってくると、熟練者でも起こりえる。
オリンピック・チャンピオンのジャック・ラウッターワーサーは、台所で転倒して大腿骨を骨折、以来自転車に乗れなくなってしまった。
私の古い自転車仲間と電話で話した。いまは自転車に乗れず、散歩がせいいっぱいだと言っていた。残念だなと思う。80歳代半ばまで自転車い乗っていられる人は、じつはものすごい少数派のようだ。柔軟性の問題、腰の問題、膝の問題、平衡感覚の問題。脳梗塞や視力などの問題。
いまほど自転車に乗るのが愉しいと感じることは、若いころには考えられなかった。この愉しさを引き延ばすために身体を酷使せず、食事を節制し、何を食べ、何を食べないか、よく考えるようになった。それはまた、出来れば、最後の最後まで、自分でしっかり自分のことができるようでありたいと思うからだ。
さらにいうと、ただ物理的、動物的に年齢の数だけが増えて行っても仕方がない。健康法と言うのは科学的知識だけでもなく、ノウハウでもなく、もっとこころの持ち方全般がかかわってくることのように思える。