深掘り

第2回「保釈のため」に被告と同居、SNSを監視 身体拘束と弁護士の苦闘

上保晃平 森下裕介

記事のポイント

①許可するのが原則の保釈、「証拠隠滅の恐れ」が壁に
②保釈を得るため、弁護人が容疑者や被告と同居することも
③長期の身体拘束で、裁判で争うことを諦める場合も

 もう7年以上、身体を拘束されている。東京・小菅の東京拘置所にいる男性被告(37)は2018年11月、詐欺事件を起こしたとして逮捕され、その後起訴された。

 一貫して無罪を主張したが、今年3月の判決の結論は「懲役14年」だった。判決宣告前の男性の勾留は7年超に及んだのに、刑期から差し引かれたのは1750日(約4年半)にとどまった。被告は判決後、拘置所での取材に「起訴内容を争えば身体拘束が長引き、事実上罪が重くなるのが現実だ」と話した。

 この7年で、94キロあった体重は20キロ以上減った。逮捕前は複数の企業を経営していたが、ほとんどが倒産。同居していたパートナーは財産を持ち出し、音信不通になった。

 過去5回の保釈請求は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」などとして退けられた。

有罪宣告の前に「人生を奪われている」

 被告の弁護人で、刑事弁護の経験が豊富な高野隆弁護士(69)は「無罪推定に反する勾留(身体拘束)を続けるのが、日本の刑事司法の現状だ」とため息をつく。

 刑事裁判には、有罪が確定するまでは容疑者や被告を無罪として扱うという「無罪推定の原則」がある。

 しかし現実には、判決前の身体拘束が常態化。24年に全国の地裁で判決を言い渡された人のうち、勾留されたのは全体の7割余りの約3万4千人だった。

 被告が無罪を主張する場合、公判前に争点を絞り込む手続きだけで数カ月から年単位の時間を要することもある。

 刑事訴訟法は、保釈請求があれば、裁判所は原則として認めなければならないと定め、保釈は被告の権利とされる。ただ、証拠隠滅のおそれが一定程度あるとして、請求を却下することも多い。

 裁判所に、証拠隠滅の可能性が減ったとして保釈を認めてもらうため、弁護側が様々な条件をつけることも珍しくない。

 例えば、アパートを借りて依頼者と同居し、一緒に行動。依頼者のSNSにログインして外部とのやりとりを監視。貸与したパソコンやスマートフォン以外使わないことを誓約――などだ。

 高野弁護士は、こうした工夫で保釈を許可された経験がある。だが、こうした取り組みは弁護人にも依頼者にも大きな負担だ。

 高野弁護士は言う。「権利である保釈が、恩恵のようになっている。有罪を宣告される前から、毎年何万人もが拘禁され人生を奪われている。そんな異常な現状を、裁判官は理解する必要がある」

不本意でも「争わない」選択

 勾留中の心身の衰えから、裁判で争わないケースもある。

 25年7月、東京地裁立川支部の法廷。60代の男性被告の国選弁護人を務める田中祥之弁護士(44)は初公判で、「なんとしても、きょう一日で審理を終わらせなければならない」と裁判官に訴えた。

 男性は、長く介護してきた母親(当時91)に頼まれ、首を絞めて殺したとする嘱託殺人の罪に問われていた。

 事件後、男性は自ら110番通報して逮捕された。約8年間も母親を1人で介護し、「殺して」「死にたい」と繰り返す母親を励まし続けた末に、事件を起こしたという。

 田中弁護士は「殺害するほかない状況に追い込まれていた」として、公判では、介護疲れによる安易な犯行だとする検察とたたかう構えだった。

 だが、男性と協議し、公判では争うことを諦めた。

 理由は、身体拘束がすでに2カ月に及び、男性が衰え始めたことだった。社会との接点を絶たれるうちに、男性の心身の状態が目に見えて悪化していた。

 保釈請求も考えたが、男性の経済状況では保釈金が払えない。男性は母親との2人暮らしで介護に明け暮れ、年金で暮らしていた。公判を早く終わらせるしかなかった。

猛暑の帰宅、電気は止められ

 通常の殺人罪と異なり、嘱託殺人罪に問われた男性には執行猶予がつくと見込まれた。

 公判では、供述調書をはじめ、検察側が用意した証拠の大半を受け入れた。被告人質問でも、事件の背景を深掘りすることは避けた。

 田中弁護士は法廷で、裁判官に訴えた。「これ以上閉じ込めておくことは不正義だ」

 10日後。執行猶予付きの有罪判決を言い渡された。男性の帰宅に田中弁護士は付き添った。真夏の猛暑のなか、自宅の電気は料金未払いのため止められていた。

 田中弁護士は強調する。「勾留が長引けば社会復帰は困難になる。勾留中に仕事や家を失い、家族が壊れることもある。身体拘束の重大さや弊害が十分考慮されているとはいえない」

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この記事を書いた人
上保晃平
東京社会部|裁判担当
専門・関心分野
社会保障、障老病異、社会思想
森下裕介
東京社会部|文部科学省担当
専門・関心分野
教育、司法、人権

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